地球温暖化による生物多様性への影響

～気候変動と生物多様性は相互に依存～

2024年2月14日

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はじめに

2022年度の温室効果ガス濃度が過去最高を更新したというWMO （世界気象機関）の発表については、2024年1月15日付け本コラム「2022年の大気中温室効果ガス濃度は過去最高を更新」でも紹介しましたが、NASA（米国航空宇宙局）、NOAA（米国海洋大気局）も1月12日付でそれぞれ、「NASAの分析により、2023年は観測史上最も暖かい年であることが確認された」、「2023 年は記録上最も暖かい年だった、南極の海氷面積が過去最低に」と発表しました。

2023年の世界平均気温は産業革命以前（1850～1900年）と比べて1.45 ± 0.12 ℃の高い値を記録し、パリ協定で上限としている1.5℃に既に到達してしまったという衝撃的な事実ですが、NOAAは「エルニーニョ現象の発生もあり、2024年以降も気温が上昇し続けるだろうが、連続して1.5℃を越え続けるかはわからない」と述べています。

このように、「温室効果ガス濃度」も「世界の平均気温」も過去最高を記録していますが、一方で生物多様性の損失における種の絶滅数が急速に増加する状況が危惧されています。従来は地球温暖化と生物多様性損失は別々に対応されてきましたが、ここにきて地球温暖化による気候変動と生物多様性の損失は相互に依存する関係があるため、IPCC（気候変動に関する政府間パネル）とIPBES（生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学・政策プラットフォーム）とが共同で報告書を作成するなど連携を深めています。

今回は、地球温暖化による気候変動と生物多様性がどのように影響し合っているかについて考えてみました。

1.　生物多様性とは（2010-11-26付け本コラム「生物多様性とは」参照）

図1　生物多様性とは（出典：COP10生物多様性条約第10回締約国会議資料）

2.　なぜ生物多様性の保全が必要なのか（WWF：世界自然保護基金などの資料より）

生物多様性の保全が必要なのは、生物多様性が私たち人間にさまざまな恩恵をもたらしているからです。生物多様性は、食料や水、医薬品、気候調節、防災、レクリエーションなどの生態系サービスを提供し、私たちの生存や健康、幸福に不可欠なものです。生物多様性が失われると、生態系サービスの供給も低下し、人間の福祉や持続可能な開発に悪影響を及ぼすことになります。また、生物多様性は、地球上の生命の豊かさや歴史を表すものであり、それ自体がかけがえのない価値を持っていると言えます。このように、生物多様性の保全は、自然の恵みを守ることと同時に、私たち自身の未来を守ることにもつながります。

3.　気候変動と生物多様性の関わり（環境省、WWF：世界自然保護基金などの資料より）

生物多様性の損失の原因は必ずしも地球温暖化による気候変動だけではなく、人間の活動による森林破壊、化学物質や廃棄物による汚染、乱獲・密猟などの問題もありますが、その中でも気候変動が、生物多様性にとって大きな脅威となっています。気候変動によって、種の絶滅や生息域の変化、生態系の機能の低下などが起こり、人間にとっても重要な生態系サービスが失われる可能性があります。気候変動による生物多様性保全への影響は、以下のようなものがあります。

3.1　気温の上昇

気温の上昇によって1種類の生物が死滅すると、周辺の多くの種類の生物に影響を与えます。
気温の上昇は、植物や動物の生理や生活環境の変化、種間の相互作用の変化、病原体や外来種の拡散などに影響します。特に、高山や極地などの気温変化に敏感な地域では、種の絶滅リスクが高まります。また、サンゴ礁などの海洋生態系では、海水温の上昇によるサンゴの白化や死滅が深刻な問題となっています。

サンゴの白化は、気候変動によって海水温が上昇し、これが原因でサンゴに共生する褐虫藻が減少してサンゴの白い骨格が透けて見える現象です。サンゴは褐虫藻から光合成によって生産されたエネルギーを受け取って生きているので、白化が続くとサンゴは死んでしまいます。

サンゴが死ぬと、サンゴ礁生態系に大きな影響を与えます。サンゴ礁は、多様な魚や無脊椎動物の住み処や産卵場となり、海の生物多様性を支えています。サンゴ礁が失われると、これらの生き物も生息地を失い、食物連鎖や生態系のバランスが崩れます。

また、サンゴ礁は人間にも多くの恵みをもたらしています。サンゴ礁は漁業や観光の資源となり、経済的な価値があります。サンゴ礁は自然の防波堤として、海岸線の浸食や高波の被害を防ぐ役割も果たしています。サンゴ礁がなくなると、結果として、人間の生活にまで悪影響を及ぼすことになります。

サンゴの白化を止めるためには、温暖化の原因となる二酸化炭素の排出を減らすことや、サンゴの生息環境を保護することが必要です。

3.2　降水量の変化

降水量の変化は、水資源の枯渇や洪水などの水災害、土壌の乾燥や塩分化などに影響します。これらは、植物の生育や動物の分布に影響を与えるだけでなく、農業や漁業などの人間の生活にも影響を及ぼします。特に、乾燥地や湿地などの水に依存する生態系では、生物多様性の損失が顕著になります。

3.3　気候変動の不確実性と極端現象

気候変動は、気温や降水量の平均値だけでなく、その変動や極端現象の頻度や強度も変化させます。これは、生物の適応能力を超えるほどのストレスを与えることがあります。例えば、熱波や寒波、干ばつや豪雨などの極端現象は、植物や動物の死亡や繁殖の失敗、生態系の構造や機能の変化などを引き起こすことがあります。

気候変動による生物多様性保全への影響は、生物多様性自体だけでなく、人間の福祉や持続可能な開発にも影響を与えます。生物多様性は、食料や水、医薬品、燃料、素材などの物質的な恵みだけでなく、気候調節や水質浄化、土壌肥沃化、防災、レクリエーションなどの非物質的な恵みも提供しています。これらの恵みは、「生態系サービス」と呼ばれ、人間の生存や健康、幸福に不可欠なものです。気候変動によって生物多様性が損失されると、食物連鎖の崩壊や生態系サービス（生物多様性の恵み、自然の恵み）の供給も低下し、人間の福祉や持続可能な開発に悪影響を及ぼすことになります。

図2　生物多様性、気候変動、良質な生活の相互関係（出典：IPBES-IPCC 合同ワークショップ）

4.　企業活動が生物多様性保全に与える悪影響

企業活動による温室効果ガスの排出によって、気温や降水量などの気候要因が変化し、生物の分布や生活サイクルに影響を与えます。※本コラム「生物多様性保全と企業活動　#1」、（2015年3月26日）、「生物多様性保全と企業活動　#2」、（2015年6月29日）もご参照ください。
気候変動以外にも企業活動が生物多様性に与える悪影響は、以下のようなものがあります。

4.1　物理的な環境変化

市街地化、森林伐採、河川改修、埋め立て、護岸建設などの開発行為によって、生物の生息地や生育条件が損なわれ、種の減少や絶滅につながります。

4.2　過剰な生態系利用

乱獲、乱伐、過放牧などの繁殖力を超えた利用によって、生物資源の枯渇や生態系の崩壊を引き起こします。

4.3　外来種の侵入

貿易品への野生種子、昆虫、病原体の混入、また国際取引された外来生物の野生化によって、在来種に競争圧や捕食圧を与え、生物多様性に影響を及ぼします。

4.4水質汚濁

農薬、肥料、廃水、プラスチックなどの化学物質によって、水中の生物や水生生態系に悪影響を与えます。

5.　WMOと国連の警告

世界の平均気温差。
図3　世界の6つの機関による世界の平均気温変化（出典：世界気象機関）

図4　日本の年平均気温の経年変化（1898～2023年）と順位表（上位10年）（出典：気象庁）
注：1991～2020年の30年平均値からの偏差で表示。2023年は1～11月の期間から算出した速報値

5.1　2024年1月1日にWMOの事務総長に就任したセレステ・サウロ教授（アルゼンチン）の声明

（1）気候変動は人類が直面する最大の課題です。それは私たち全員、特に最も弱い立場にある人々に影響を及ぼしています。
（2）これ以上待つわけにはいきません。私たちはすでに行動を起こしていますが、さらに多くのことを行う必要があり、迅速に実行する必要があります。私たちは温室効果ガス排出量を大幅に削減し、再生可能エネルギー源への移行を加速しなければなりません。
（3）長期的な気候変動は激化しており、これが人間の活動によるものであることは明らかです。気候危機は不平等危機を悪化させています。それは持続可能な開発のあらゆる側面に影響を及ぼし、貧困、飢餓、健康不良、避難民、環境悪化に取り組む取り組みを台無しにします。

5.2　アントニオ・グテーレス国連事務総長の声明

（1）人類の行為が地球を焦がしている。2023 年は、今行動しなければ破滅的な未来が待っているという単なる予告にすぎませんでした。私たちは記録的な気温上昇に画期的な行動で対応しなければなりません。
（2）最悪の気候変動を避けることはまだ可能です。ただし、地球の気温上昇を摂氏1.5度に抑え、気候正義を実現するという野心を持って私たちが今行動する場合に限ります。

5.3　2024年1月12日のWMO報道資料より

（1）地球の気温を長期的に監視することは、気候とその変化を示す1つの指標にすぎません。その他の重要な指標には、大気中の温室効果ガス濃度、海洋の熱と酸性化、海面、海氷の範囲、氷河の質量バランスなどがあります。
（2）2023年11月30日に発表されたWMOの2023年の地球気候の暫定報告書は、記録が全面的に破られたことを示しました。
（3）海面水温は年間を通じて異常に高く、深刻で有害な海洋熱波も伴いました。南極の海氷面積は、2月の夏の終わりの最小値と9月の冬の終わりの最大値の両方で、記録上最も低かった。
（4）こうした気候の長期的な変化は、日々の天気に影響を及ぼします。2023年、猛暑が健康に影響を与え、壊滅的な山火事の発生につながりました。集中豪雨、洪水、急速に激化する熱帯低気圧は、破壊、死者、そして巨額の経済的損失の痕跡を残しました。
（5）WMOは、2024年3月に「2023年地球気候状況に関する最終報告書」を発行する予定である。これには、食糧安全保障、避難民、健康に対する社会経済的影響に関する詳細が含まれる。

6.　まとめ

（1）2024年1月12日付けでWMO（世界気象機関）、NASA（米国航空宇宙局）、NOAA（米国海洋大気局）が、2023年の世界の平均気温は過去最高を記録し、その値は産業革命以前（1850～1900年）と比べて1.45 ± 0.12 ℃上昇したと発表した。
（2）日本の気象庁も2023年の日本の平均気温（速報値）は1898年以来最高値を記録し、その値は+1.34℃であったと報告した。
（3）地球環境に関する二つの問題は気候変動と生物多様性であるが、この二つは深い関係性がある。
（4）気候変動がもたらす、気温上昇､降水量の変化、熱波や寒波、干ばつや豪雨などの極端現象が生物多様性に多大な負荷を与える。その結果は人間の生活にも影響する。
（5）企業の活動も、生物多様性に直接的、間接的に影響を与えていることを認識するべきである。
（6）地球温暖化を防ぐことは生物多様性を保護することにもつながる。

引用・参考資料

NASA Analysis Confirms 2023 as Warmest Year on Record　（NASA, 2024-1-12）
A Global Biodiversity Crisis: How NASA Satellites Help Track Changes to Life on Earth　（NASA, 2023-5-22）
What’s in a number? The meaning of the 1.5-C climate threshold　（climate.gov/米国海洋大気局）
2023 was the world’s warmest year on record, by far　（NOAA:米国海洋大気局、2024-1-12）
WMO confirms that 2023 smashes global temperature record　（WMO世界気象機関）
2023年の天候のまとめ（速報）　（気象庁、2023年12月22日）
生物多様性と気候変動の連関　（東京都環境局/東京大学、2021年8月20日）
生物多様性×気候変動 −同時解決に向けた科学のいま− 　（国立環境研究所、地球環境研究センターニュース、2021年12月号Vol. 32 No. 9（通巻373号））
サンゴ礁の保全・再生～気候変動による影響～　（国立環境研究所/気候変動適応情報プラットフォーム、2023年10月20日）
第1章　気候変動と生物多様性の現状と国際的な動向　（環境省／環境白書、2022年度）
生物多様性とは？　その重要性と保全について　（WWF：世界自然保護基金、2019年10月21日）
IPBES-IPCC CO-SPONSORED WORKSHOP BIODIVERSITY AND CLIMATE CHANGE WORKSHOP REPORT　（IPBES-IPCC 合同ワークショプ､2021/6）
生物多様性と気候変動（IPBES-IPCC* 合同ワークショップ報告書: IGES による翻訳と解説版）
2022年の大気中温室効果ガス濃度は過去最高を更新～COP28では何が決まったのか～　（日本バルブ工業会、2024-1-15）
生物多様性について　（日本バルブ工業会、2010-11-26）
生物多様性保全と企業活動　#1　（日本バルブ工業会、2015-03-26）
生物多様性保全と企業活動　#2　（日本バルブ工業会、2015-06-29）

　
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