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情報発信日:2015-06-29
2015年2月18日付け本コラム「生物多様性保全と企業活動 #1」において、「現在地球を取り巻く3つの重要環境問題は、①温室効果ガス排出量の増加に伴う気候変動問題、②資源やエネルギー枯渇に対応するための循環型社会形成問題及び③生物多様性の破壊防止問題」であることを述べました。いずれも人口増加や経済活動の増大が原因となっています。
このような状況において、①及び②は経済活動や企業活動と密接に関係しているため、各企業も事業活動の中において様々な対策を進めていますが、③の生物多様性問題については、経済活動との関わりが複雑であるため、企業活動の中において、どのような対策を取るのが効果的なのかは難しい問題といえます。
このため、生物多様性保全活動を活発に行う企業は未だ多いとはいえない状況にありましたが、環境省が2010年9月に、事業者が自主的に生物多様性の保全と持続可能な利用に取り組むための「生物多様性民間参画ガイドライン第1版」を発行し、また続けて2014年10月「生物多様性に関する民間参画に向けた日本の取組」を発行しました。
これらの資料には、民間企業が生物多様性保全のためにどのような活動をすればよいか、また具体的な活動事例が紹介されています。また、2008年に発足した生物多様性保全活動に取り組む企業の団体「企業と生物多様性イニシアティブ」への参加企業も増加し、企業の生物多様性保全活動が、ここに来て一歩二歩と進み始めたといえます。
今回は、以上の資料を基に、民間企業がどのように生物多様性保全に向けた取り組みを行っているか紹介して行きたいと思います。
「生物多様性」とは一言でいえば、人間を含めた様々な種類の生物がお互いに関わり合い、バランスを保って存在している状態のことです。私達の日々の安全で豊かな生活は、これら生物抜きには成り立ちません。例えば、私達人間の生命維持に最も必要な水を浄化してくれるのは微生物ですし、酸素を作ってくれるのは植物です。三度の食事に生物以外の物質を食べている人間は居ません。さらには、紙や繊維製品、木材、燃料、医薬品、安定した気候、自然災害防止など様々な恩恵を生態系より日々受けて生活をしています。
一方で、近年において日本の国土面積の約1/5に相当する森林が、毎年世界から失われていますし、ここ数百年の人間の活動によって、生物種の絶滅速度は、それまでの1,000倍にも加速され、毎年3〜4万種の生物が絶滅しているといわれており、生物多様性を取り巻く状況は極めて深刻な状況といえます。
特に日本は、食料の約60%、木材の約80%などを始めとして、多くの生物資源を輸入に頼っており、このまま生物多様性の大規模かつ急速な損失が進めば、私達の暮らしに大きな影響が生じる危険性があるといえます。
しかしながら、「生物多様性」の損失原因が人間の経済活動であることは明らである反面、「生物多様性」の概念がある意味「抽象的」であり、その「保全と持続可能な利用・関わり」の対象も広範囲に渡ることから、企業活動の中において、生物多様性保全に対する積極的な取組は過去において、あまり行われずに来ました。
私達が生態系から受けるサービスや生物資源は自然に再生することが出来るため、上手く使えば持続して半永久的に恩恵を受けることが出来ます。この恵みを今後も受け続けるためには、生物多様性の過度の損失を防ぐ「自然共生社会」を作る必要があり、事業者、市民団体、地方自治体や国などの行政、そして国民一人一人が、生物多様性の重要性を認識し、それぞれの立場で行動を起こす必要に迫られて来ています。
特に、民間企業などの事業者は、自然からの恵みを製品化したりサービスを社会に供給したりする重要な役割を担う反面、ともすれば生物多様性に大きな損害を与える可能性も持っています。直接的に生物資源を扱わない事業者であっても、その事業活動の多くは、間接的に生物多様性の恩恵を受け、または生物多様性に少なからず影響を与えています。事業者が、消費者と連携を取りながら自然共生社会の構築に向けて活動することは、将来に渡って自らの事業を継続して行くために重要なことといえます。 .
※本項は、環境省が2014年に発行した「生物多様性に関する民間参画に向けた日本の取組」に記載された、民間企業における生物多様性保全活動の事例を紹介します。
民間企業における生物多様性保全活動を製品の原料調達、生産、輸送、使用、廃棄・リサイクルなどライフサイクルや研究開発、土地利用などの事業活動の各段階に分類して事例を紹介します。
<複数企業>
・原材料の使用量の低減
・サプライチェーンに対して、自社が影響を及ぼしうる範囲で配慮を依頼
・生物多様性に配慮された原材料(認証取得済みなど)を優先的に調達
<複数企業>
・廃棄物の減量、リサイクルの実施
・排水、排気等に含まれる化学物質の種類や量等の確認、生物多様性への影響の把握及び低減対策等の実施
・騒音の低減、光害の抑制
<複数企業>
・生物多様性配慮の認証の取得や認証取得した製品の優先的購入
・遺伝資源の利用において関係法令を遵守
<味の素株式会社>
・自社事業の生物資源依存度が高いことから「生物多様性への取組を最重要課題の1つと位置付け
・サプライヤーCSRガイドライン作成 (原材料調達における生物多様性、生態系への配慮を取引先に求めることを明文化して盛り込み、ほぼ全ての取引先に周知徹底)
・重要原料の持続可能な調達に向けた調査、確認に尽力
・RSPO(Roundtable on Sustainable Palm Oil:持続可能なパーム油のための円卓会議)への加入と2018年までに認証パーム油への全面切り替え
・主要原料のカツオの標識放流調査を通じたカツオ資源保全のための国際的合意への貢献
・紙の環境配慮調達ガイドライン策定
・その他
<ミサワホーム株式会社>
・本業において、森林資源から多大なる恩恵を受けていることを配慮し、生物多様性保全の為の調達方針とし2009年「木材調達ガイドライン」を策定
・積極的に調達する木材について3段階のレベルで数値目標を設定(最も厳しいレベル3では森林認証材の調達率を2014年までに70%とする目標を掲げましたが、2011年に目標達成。以降85%以上を維持。)
※注:森林認証材:適正に管理された森林から産出した木材などに認証マークを付けることによって、持続可能な森林の利用と保護を図ろうとする制度である。環境ラベリング制度のひとつ。独立した第三者機関が評価・認証する制度である。木材産出地域の森林管理を評価する制度であることから木材認証制度とも呼ばれる。
1993年に林業者、木材引取業者、先住民団体、自然保護団体などが集まり設立された国際NGO「森林管理協議会(FSC)」によって、提案された。
<日本製紙株式会社>
・「生物多様性に配慮した企業活動」を環境憲章の理念に
・木質資源の原料調達に対して「持続可能な森林経営」を重視、サプライチェーンマネジメントで持続可能性評価ツールとして第三者審査による「森林認証制度」を積極活用
・海外における植林事業と国内外で管理する森林に「森林認証」の取得など
<住友林業株式会社>
・グリーン調達基準に「木材調達基準」を設定、仕入れ先の合法性確認審査の実施
・木材、木材製品の海外調達先に対する合法性、環境面、CSR(人権、労働慣行など)をチェック
<複数企業>
・株主、投資家に対して自社の生物多様性への取組を積極的にアピール
・投融資の審査基準に生物多様性の配慮を盛り込んでいる
<三井トラスト・ホールディング株式会社>
・2012年Rio+20で国連環境計画-FIが提唱した「自然資本宣言」に署名した国内唯一の金融機関
・2013年より企業の環境に対する取組を評価する環境格付けの評価プロセスに「自然資本評価型環境格付け融資」を開始
<イオン株式会社>
・2010年「イオン生物多様性方針」を、2014年に「イオン持続可能な調達原則」(自然資源の違法な取引、採取、漁獲等の排除等、5つの原則により構成)を策定し、認証商品の販売等を推進
・持続可能な漁業で獲られた認証水産物(MSC認証)について、日本の小売業として初のMSC認証商品加工ライセンスを取得
<複数企業>
・生物多様性に与える影響が小さい製品、サービスの研究開発
・生物多様性に与える影響が小さい生産方法や工法の研究開発
<富士フィルム株式会社>
・環境配慮設計規則を制定し、生物多様性の保全に関する評価項目を設定
*自然環境の保全と生物多様性の維持を図るための、生物系への影響回避または最小化に向けた取組(製造)
*長期的視点から生物資源の持続的供給に関するリスクマネジメント(生物資源の調達)
・製品開発の初期段階で、環境品質目標シートを用い、製品ライフサイクル全体を考慮した環境品質目標の設定と開発完了後の目標達成度の審査の実施(環境品質が承認されないと製品化されない仕組み)
<複数企業>
・低公害車の利用等により温室効果ガスや黒煙等の排出削減の実施
・温室効果ガスや黒煙等の排出削減に取り組んでいる輸送業者の起用
<日本郵船株式会社>
・バラスト水管理条約の発効に先駆けて2010年、自動車専用船「EMERALD LEADER」に初めてバラスト水処理システムを搭載し、以降50隻に搭載。(海洋における生物多様性保護)
<複数企業>
・事前に当該地及び周辺の⽣物多様性の状況について調査し、⽣物多様性の保全上重要な地域である場合開発を避ける等、影響の回避・低減を実施している
・緑地創出の際には郷土樹種の利用や外来種の侵入防止等の配慮を実施
<大成建設株式会社>
・札幌ドーム建設に際し、計画地周辺10km四方の環境調査を実施、出現する鳥類との関係性を定量的に解析し、多様な生物の利用する環境創出するための計画条件を提供。竣工後10年以上に渡り、鳥類、チョウ類、トンボ類など様々な生物群で種類数の増加を確認。
<住友商事株式会社>
・マダガスカルにおける世界最大のニッケル鉱山開発にて、同国政府やNGOと協力し、鉱山サイト周辺における貴重な自然環境保護のための環境配慮の開発、運営を推進。希少動物生息地迂回パイプライン敷設変更などを実施。ビジネスと生物多様性オフセットプログラムとして、鉱山サイトと植生の似た築を中心に同サイトの約15倍に当たる面積超の保全を実施。
<複数企業>
・地域の生態系保全や社員に対する環境教育等を目的として自然環境を保全・整備
・郷土樹種の利用や外来種の移入防止、生息地のネットワーク等、周辺地域の生態系との関連性を考慮
企業単独の活動ではなく、事業者団体として、方針や方向性を持って活動している団体として、以下の例があります。 ・(一社)日本経済団体連合会…経団連生物多様性宣言
・生物多様性民間参画パートナーシップ…2014年9月時点で507団体が参加
・企業と生物多様性イニシアティブ(JBIB)…2015年6月1日現在、37社が正会員、12社がネットワーク会員
・名古屋商工会議所…COP10開催都市としてスタート
・(一社)日本建設業連合会
・日本製薬工業協会
・日本製紙連合会
・地方自治体など
私達の日々の生活は、衣食住および空気や水に至るまで、生態系からの恩恵を受けて成り立っています。一方、私達の生活や企業による事業活動は、直接的または間接的に生物多様性に何らかの影響を与えていると考えられます。
私達と多くの動植物とは、太古よりお互いに支え合い、関わり合い、バランスを保って共存共栄を続けてきましたが、人口の急増や産業の発達に伴い、急速に多くの森林が失われたり、生物の生息環境が破壊されたり等々によって、毎年3〜4万種ともいわれる動植物の絶滅が起きています。
このまま放置すれば、やがては生態系のバランスが崩れ、私達の生活に大きな影響を及ぼすと危惧され始めています。しかし、一度失われてしまった種の回復は不可能ですし、絶滅が危惧されている種の回復も膨大な時間を必要とします。
経済活動と生態系への影響は複雑に関係しているため、企業活動の中において具体的に何をどのようにすれば良いという明快な答えを探すのは難しい面があるかと思いますが、少なくとも、この行為が生態系に取って良いことか悪いことか、を考えることからスタートし、生物多様性保全活動へ発展させて行かねばならないと思います。