生物多様性保全と企業活動

～企業活動において、どんな生物多様性に配慮が必要か～

2025年10月6日

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1.　はじめに

2024年10月21日～11月1日にコロンビアのカリで開催された「生物多様性条約第16回締約国会議（CBD-COP16）」は、交渉が難航して時間切れとなり、多くの参加国代表が帰国してしまったため中断していましたが、2025年2月25日から27日にかけて、イタリアのローマで再開されました。

本コラムでは過去にも生物多様性に関するテーマを何回か取り上げていますが、今回は生物多様性についてのおさらいをするとともに、「企業活動と生物多様性の関連性」「企業が配慮するべき課題」などについてまとめてみました。

2.　生物多様性条約第16回締約国会議（CBD-COP16）で議論されたテーマ

ローマで再開されたCOP16では、以上4つの議題について合意が得られ、正式に閉幕しました。

昆明・モントリオール生物多様性枠組の実施を評価する指標の採択
2030年までに陸と海の30%以上を保全する「30 by 30目標」など、23項目の目標に対する進捗状況を評価するための指標が合意されました。
生物多様性保全のための資金動員
2030年までに3,000億US$（日本円換算約45兆円）の資金を動員する戦略で合意しました。
遺伝資源のデジタル配列情報（DSI）の利用から生じる利益の公正な配分

カリ基金が設立され、民間企業からの拠出金を受け入れることで、生物多様性資金調達の新時代を切り開くことが期待されています。
先住民および地域社会の役割

カリ基金の資金の少なくとも50%は、先住民および地域社会に配分されることになりました。

今回の再開会合では、気候変動対策と同様に、生物多様性保全においても、具体的な指標に基づいた評価と資金動員が重要であることが改めて確認されました。

今後は、2030年までに国際目標を達成するための具体的な行動が求められます。

生物多様性問題も、地球温暖化問題と同様に、対策のためには巨額の資金が必要になることから、具体的な目標よりも先進国と途上国の間での資金提供を巡っての議論に多くの時間を費やす結果となっています。

3.　現在、生物多様性に関して何が問題か

生物多様性における現在の一番の問題は「人間の活動による生物の生息地の喪失や劣化」、そして「気候変動」です。これらの要因が、種の減少や絶滅を加速させ、生態系のバランスを崩しています。また、外来種の問題や、過剰な資源利用も生物多様性を脅かす大きな課題です。生物多様性（生き物の種類や生態系の多様性）は、地球上の生命を支える基盤であり、私たち人間もその恩恵を受けて生活しています。しかし、現在、生物多様性は以下にあげるさまざまな要因によって危機に瀕しています。

＜具体的な課題＞

生息地の喪失・劣化
開発、森林伐採、農地拡大などにより、多くの生き物の生息地が破壊され、狭められています。また、農薬や化学物質による汚染、土壌の劣化なども生息地の質を低下させています。
地球温暖化と気候変動
地球温暖化による気温上昇や降水パターンの変化は、多くの生き物の生存を脅かしています。例えば、サンゴ礁の白化、永久凍土の融解、海面上昇などが挙げられます。
人間の活動による温室効果ガスの排出によって、地球温暖化が進み、生物の生息環境を変化させ、絶滅を招く恐れがあります。
外来種問題:
人為的に持ち込まれた外来種が在来種を駆逐したり、生態系をかく乱したりする問題も深刻です。例えば、アメリカザリガニやブラックバスなどが、在来の生態系に大きな影響を与えています。
過剰な資源利用
森林の過伐採、海洋生物の乱獲、希少な動植物の採取などは、種の絶滅や生態系の破壊につながります。
里地・里山の荒廃
かつて人間が手入れをしていた里地・里山が、過疎化や高齢化によって放置され、生物多様性が低下するケースも増えています。
環境汚染
農薬や化学物質、プラスチックごみなどによる海洋汚染や土壌汚染は、多くの生き物に悪影響を与え、生態系を破壊します。

これらの問題は、単独で起きるだけでなく、相互に影響し合い、より深刻な状況を生み出しています。例えば、生息地の喪失によって個体数が減少した種は、気候変動や外来種の影響を受けやすくなり、絶滅のリスクが高まります。

生物多様性の保全は、地球全体の持続可能性にとって不可欠です。私たちは、これらの問題に対する認識を深め、一人ひとりができることから行動していく必要があります。例えば、環境に配慮した製品を選んだり、食品ロスを減らしたり、自然観察や自然体験の機会を増やしたりすることが挙げられます。

4.　そもそも生物多様性とは（おさらい）

生物多様性とは次のように定義できます。

生態系の多様性
森林、里地・里山、河川、湿原、干潟、サンゴ礁などいろいろなタイプの自然があること。
種の多様性
動植物から細菌などの微生物にいたるまで、いろいろな生きものがいること。
遺伝子の多様性
同じ種でも異なる遺伝子を持つことにより、形や模様、生態などに多様な個性があること。

5.　企業活動は生物多様性にどんな影響を与える可能性があるのか

企業活動は、生物多様性に様々な影響を与える可能性があります。

直接的な影響としては、土地利用の変化、資源の過剰採取、汚染などが挙げられます。また、間接的な影響としては、気候変動や外来種の拡散などが考えられます。これらの影響は、企業のサプライチェーンや事業活動全体にリスクをもたらす可能性があります。

一方で、生物多様性の保全に貢献する技術開発や、環境に配慮した製品開発、従業員への環境教育などを通して、企業は生物多様性の保全に貢献することも可能です。

＜具体的な影響の種類＞

直接的な影響

土地利用の変化・開発による森林破壊や湿地の埋め立てなど
生物の生息地を奪い、分断化する可能性があります。
資源の過剰摂取
木材や水産資源などの過剰な採取は、生態系のバランスを崩し、生物多様性の損失につながります。
汚染
工場排水や化学物質の排出による水質汚染、大気汚染、土壌汚染は、生物の生存を脅かし、生態系に悪影響を与えます。
外来生物の侵入
輸入貨物への非意図的な付着や混入、意図的な放流などにより、外来種が持ち込まれ、在来種を駆逐する可能性があります。

間接的な影響

気候変動
温室効果ガスの排出による地球温暖化は、生物の生息域の変化や、異常気象の増加を引き起こし、生物多様性に大きな影響を与えます。
サプライチェーン
原材料の調達から製品の廃棄まで、企業の活動はサプライチェーン全体で生物多様性に影響を与えます。

6.　企業が生物多様性保全のために取組むべきこと

＜生物多様性への依存と影響の把握＞

企業活動が生物多様性にどのように依存し、どのような影響を与えているかを把握することが重要です。

＜生物多様性保全への貢献＞

ネイチャーポジティブな事業への転換
環境への負荷を低減し、生物多様性の保全に貢献する事業活動を推進する。
注）ネイチャーポジティブな事業とは、自然環境を単に守るだけでなく、積極的に回復・再生させることを目指す事業活動のことです。これは、気候変動対策やSDGsと並ぶ新しい環境経営の潮流であり、企業や自治体が持続可能な社会を築くための重要な戦略とされています。
生物多様性保全技術の開発・導入
生物多様性の保全に役立つ技術を開発・導入し、事業活動に取り入れる。
環境に配慮した製品開発
生態系に配慮した製品を開発し、環境負荷を低減する。
従業員への環境教育
従業員の環境意識を高め、生物多様性保全への理解を深める。
情報開示
生物多様性への取り組み状況を積極的に開示し、透明性を確保する。
＜リスク管理＞
生物多様性の損失がもたらすリスクを把握し、適切な対策を講じる。
＜TNDFへの対応＞
TNFD（自然関連財務情報開示タスクフォース）などの枠組みを活用し、生物多様性に関する情報開示を積極的に行う。
生物多様性の保全は、企業の持続可能性を確保する上で不可欠と言われています。今後、企業は生物多様性への影響を評価し、積極的に保全活動に取り組むことが求められます。

＜活動を進めるためのフレームワーク＞

フレームワーク	概要
TNFD	TNFD（自然関連財務情報）の開示。企業の依存・影響・リスク・機会を評価
SBTs for Nature	科学的根拠に基づく自然保全目標の設定
ABINC認証	生物多様性に配慮した事業所緑地の認証制度（例：花王、住友林業）

7.　企業の生物多様性保全に向けた取り組み事例:

企業名	主な活動状況
クボタ	沖縄・鹿児島でのサンゴ礁再生ボランティア活動稚魚放流プログラムで漁業資源の持続的利用を支援
リコーグループ	森林破壊ゼロを目指し、国内外の森林へ100万本植樹地域住民やNGOと連携した保全ワークショップを定期開催
JALグループ	北海道・釧路湿原でのタンチョウ保護活動とエコツアー運営野生生物の違法取引防止啓発プログラムを国内外で展開
住友林業	社有林を対象にした生態系調査・モニタリング絶滅危惧種の生息地再生と水辺林の復元プロジェクトを推進
KDDI	海底ケーブル敷設時のサンゴ移植・再生事業ウミガメ産卵場の保全とモニタリングを継続実施
第一生命HD	グリーンボンドを活用した都市緑化プロジェクトへの資金支援学校・自治体と協働した緑化啓発・教育プログラムを実施
サントリーHD	「天然水の森」プロジェクト（全国26か所・約12,000haの森林整備、地下水使用量の2倍以上の水を涵養）愛鳥活動（野鳥保護の啓発と調査、「サントリー世界愛鳥基金」による国内外の鳥類保護助成、累計517件以上）
花王	工場敷地内の緑地を整備し、地域生態系をモニタリング社員参加型の植樹イベントを定期開催し、地域と連携

＜活動のタイプ別分類＞

森林保全・植林活動：リコー、住友林業、サントリー、花王
海洋生態系保護：クボタ（サンゴ再生）、KDDI（海底ケーブル）、サントリー（スコットランドの泥炭地）
野生動物保護：JAL（タンチョウ）、クボタ（野生鳥獣）、花王（地域生態系）
教育・啓発活動：花王（地域イベント、社員教育）、KDDI（子ども向け図鑑）

8.　まとめ

（1）企業が生物多様性保全に取り組むべき理由は、単なるCSR（企業の社会的責任）を超えて、経営の持続可能性と競争力の確保に直結していると言える。
（2）企業にとって生物多様性保全活動が重要な理由

理由	内容
自然資本への依存	企業活動は食料、水、原材料、エネルギーなど、生態系サービスに支えられている。
経営リスクの回避	生物多様性の損失は、原材料不足・品質低下・サプライチェーンの不安定化などを招く。
企業価値の向上	環境配慮はブランドイメージを高め、ESG投資の対象にもなりやすい。
ビジネスチャンス拡大	環境意識の高い取引先や消費者との関係構築、新規市場の開拓に繋がる。
国際的な要請	TNFDやSBTs for Natureなど、国際的な開示・目標設定が求められている。

（3）効果的な活動内容

森林・緑地の保全・再生
海洋生態系の保護
野生生物の保護
持続可能な農業・原料調達
教育・啓発活動

（4）間接的には温室効果ガスによる気候変動が生態系破壊につながることを忘れてはならない。

引用・参考資料

生物多様性条約第16回締約国会議等（結果概要）　（外務省）
生物多様性条約第16回締約国会議等の再開会合第二部の結果について　（環境省、2025年3月04日）
生物多様性に迫る危機　（環境省）
解説：COP16-2（再開会合）の焦点　（国際自然保護連合日本委員会（IUCN-J）、2025年2月25日）
生物多様性条約締約国会議（CBD COP16）閉幕　残された課題多く　（WWF：世界自然保護基金）
生物多様性・環境をどう保全するか？　企業の取り組み事例【業種別8社】　（サスティナビリティNavi）
TNFD（自然関連財務開示タスクフォース）とは何か？（前編）進化する情報開示の枠組み　（Green x Globe Partner, 2021/9/17）
生物多様性保全と企業活動　#1　（日本バルブ工業会、2015年3月27日）
生物多様性保全と企業活動　#2　（日本バルブ工業会、2015年6月29日）
地球温暖化による生物多様性への影響～気候変動と生物多様性は相互に依存～　（日本バルブ工業会、2024年2月14日）

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