平林健一　(一社)日本バルブ工業会　バルブ部会幹事

「～ゆかりの地「台湾」～」

2024年8月1日

　工業用分科会委員及び今年度よりバルブ部会の幹事に就任させていただきました、平和バルブ工業(株)の平林と申します。

　さて、「私の自由帳」ということですので、少しばかり自己紹介をさせていただきます。今時「夕焼けがきれいな山里」のような「故郷」と呼べる場所を持っている方が少ないように感じますが、私も幼少期から神奈川と東京で育ち、現在の会社も東京にあるため、どちらかと言えば「故郷」を持ち合わせていない人間の一人です。そんな私にも唯一「故郷」と呼べるところがあります。それは「台湾」です。

　実は私、父が日本人、母が台湾人といういわばハーフ（正確にはクオーター）でして、まだ記憶がない時分から思春期（反抗期？）を迎える頃まで、毎年母に連れられ台湾の母の実家に、2週間から1ヶ月の期間で行っておりました。母の実家は台中縣の山間部の集落にあり、農家を営んでいます。ご存じの方も多いかと思いますが、台湾人にも民族の違いがあり、私の先祖は古来から台湾島にいる「原住民」（イェンツーミン）で、中華民国時代に蒋介石と共に大陸から渡ってきた民族とは異なります。私が帰るといつも笑顔と手料理で出迎えてくれる祖父と祖母、祖父は蒋介石軍の元将校で、祖母は台湾の原住民です。なので、正確にはクオーターということになります。幼少期は母の血縁で繋がった台湾、今では仕事でもご縁をいただいており、何か運命的なものを感じさせられることがあります。そんな台湾の話は数多くありますが、ここで幼少期のエピソードを一つお話させていただきます。

　母の実家に滞在中、買い物には実家のある山の集落から麓の町まで行くのですが、母が買い物している間に辺りを歩いていると、よく北京語で話しかけられました。「私は日本人です。北京語は少しだけです」と片言の北京語で返すと、「台湾人じゃないのか」と驚いた顔で言われすぐさま「オハヨウゴザマス」「コニチワー」「ニホンジンイイネ」などと片言の日本語で返されます。あるとき、小学校高学年のころだったかと思いますが、台湾でサンダル代わりに日本から持って行った下駄を履いていると、「その履物はなんだ！？おまえは誰だ！？」と古着よりも古そうなTシャツ短パン姿のおじさんに大きな声で話しかけられたことがありました。いつもの通り片言の北京語で「私は日本人です。これは日本の履物です」と伝えると、「なんだお前、日本人なのか！！こっち来い！！」と言われました。特に悪人という感じはしなかったので着いていくと、このおじさん、すぐそばの果物屋さんの店主で、下駄の足音が気になって出てきたら、妙なサンダルを履いた小僧がいて興味を持ったとのこと。店に着くなり急に恭しくなった店主に連れられ、私は店の奥の住居部分に招き入れられました。

　店の奥では、おそらく店主の母親であろう白髪のおばあさんと店主の奥さんらしき人が扇風機にあたりながらテレビを見上げていました。見たことのない小僧を見て、きょとんとしている二人に、店主が何やら声をかけると、奥さんが部屋のさらに奥に、おばあさんはテレビを見るのをやめ、言葉を発しませんでしたが、にっこり私に微笑みかけてくれていました。店主はしきりに日本の話を聞きたがっている様子で話しかけてくるのですが、私の口からはたどたどしい北京語が文章の体をなさずに漏れ出る始末。会話は成り立っていなかった気がします。しばらくすると、奥さんが食べやすく切った果物が盛り付けられたお皿を両手で抱えるようにして持ってきて、私は驚き目を見張りました。赤や黄色のスイカ、グァバ、日本では売っていない果物もありました。台湾の果物は種類も豊富で美味。店主らに勧められるまま果物を頬張り始めたところに、母登場。

「下駄の話を聞きたかったんだって。日本人だって言ったら果物くれた」という私の眼に母の心配している様子は見て取れませんでしたが、きっと母は心配していたんでしょう。店主らと何やら話して、手土産に果物を少しいただいて、御礼を言ってすぐにその場を後にしました。店の外に出るなり「何？急に声かけられたの？」「うん」「着いて行っちゃだめよ」日本語でそんな会話をした気がします。

　「台湾は親日の人が多い」とよく言われますが、本当にそうだと思います。台湾人だか日本人だかわからないのか、私はこのように北京語で話しかけられたり、道を聞かれたりすることが多かったのですが、日本人と分かるや否や、知っている日本語で一生懸命話しかけてきたり、私が道に迷っていると「一緒に行きましょう。案内しますよ」と初対面にもかかわらず道案内してくれたり、親しく接してくれる人が多い印象があります。東日本大震災の時も能登半島地震の時も、海外からの援助で最も素早く行動に移してくれるのは、そうした心が背景にあるのだと思います。今はなかなか時間が取れず、子供の頃のように長期滞在することはできませんが、時折思い出す台湾の原風景が、私にとっての「故郷」の風景です。皆さんも是非訪れてみてください。どこか懐かしさを感じると思います。

　最後に、この場をお借りして弊社についても少々ご紹介させてください。弊社は工業用ステンレス製特殊バルブのメーカーであり、お陰様で今年で創業125年を迎えることができました。弊社の主力製品は主に石油化学工場にて採用されております。一癖も二癖もある特殊な流体を扱う反応槽から、槽内部の流体を排出するために使用される特殊弁です。ただ、会社は創業125年ですが、メーカーとしても製品としても世間の認知度は低く、ユーザーの工場に反応槽がなければ取り沙汰されることもなく、取扱い流体に癖がないと弊社製品に着目してもらえず、いざ出番が回ってきても、反応槽1基にバルブ1台という需要の乏しい製品です。弊社では「タンクバルブ」「タンクボトムバルブ」といった名称を使用しておりますが、如何せん需要が乏しいせいか、形状由来で「Y型弁」「アングル弁」「イの字弁」、取付場所由来で「槽底弁」「釜尻弁」「タンク底弁」、用途由来で「抜出弁」「排出弁」などと、一般的に名称すら確立されておりません。ただ、「あだ名」が多いことは多方面でご認識いただけていると捉えており、逆にポジティブな要素だと思っております。

　創業125年を迎えたとはいうものの、会社規模は極めて小さく、役員従業員合わせて14名。まあ、125年も続けてこの規模ですから、先人たちは大変な苦労があったのだと思います。「子曰く…四十而不惑。五十而知天命。（四十にして惑わず、五十にして天命を知る）…」とはよく申しますが、私自身は創業から数えて四代目、社長を就任してから9年目を迎えたばかり。天命を知る五十にも満たず、四十半ばを過ぎても惑うことの多い、未熟な若輩者でございます。先人たちの培ってきた技術と共に、長い歴史の艱難辛苦を継承し、日々精進しておるつもりではございますが、まだまだ至らぬ点が目立つとは思いますので、引き続きご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。

平林 健一 (一社)日本バルブ工業会 バルブ部会 幹事

平林健一　(一社)日本バルブ工業会　バルブ部会幹事