水銀条約について #2
「水銀に関する水俣条約」の条文案が合意
情報発信日:2013-3-22
はじめに
2012年1月20日付けの本コラム「水銀条約について」でも述べましたが、「水銀は常温で唯一液体と言う特異な性質を有する物質」で、昔から電気機器の接点や体温計、照明器具や顔料などとして広く利用されてきましたが、一方では日本における水俣病に代表されるように一度生体内に入ると排泄され難く、蓄積されて神経系統が侵され重篤な疾病を引き起こす毒物としても知られています。
また、水銀は放置すると常温でも容易に蒸気になりやすく、環境中に放出されると回収が難しい物質でもあり、さらに質の悪い石炭などに不純物として含有されている場合もあり、これをそのまま燃焼させると大気中に拡散することにもなります。
このように、一旦環境中に拡散した水銀は回収が難しく、農作物や魚貝類を介して人体に取り込まれる危険性が大きくなるため、国連環境計画(UNEP)が平成21年(2009年)2月に開催した第25回管理理事会において「国際的な水銀の管理に関して法的拘束力のある文書」(条約)を制定すること及びそのための政府間交渉委員会(INC)を設置することを決定し、平成22(2010)年に交渉が開始され、平成25(2013)年までのとりまとめを目指すことが合意されました。
本年(2013年)は、その水銀条約に関しての合意が予定されている年になりますが、2013年1月21日付けで外務省が「水銀に関する条約の制定に向けた議論のため、1月13日から18日までスイスのジュネーブにおいて約140カ国・地域の政府代表、国際機関、NGO等を含め約800名が出席して水銀条約政府間交渉委員会第5回会合」(INC5)が開催され水銀に関する条約の条文案に合意されるとともに条約の名称が『水銀に関する水俣条約』に決定されました。また、本年10月9日から11日まで、熊本市及び水俣市で条約の採択・署名のための外交会議が開催されることが正式に決定されました」と発表しました。今回は、どのような合意がなされたのか、解説したいと思います。
水銀に関する水俣条約とは
水銀による健康被害としては世界最大級である有機水銀中毒事件を起こした水俣病を教訓とするために前文に水俣病に関する記載が盛り込まれ、条約採択・署名の地に水俣が選ばれたことにより水俣条約の名前が冠されることとなりました。
INC5で合意された条約案の主な項目は以下の通りです。(出所:環境省環境保健部)
条文の主な内容は以下の通り(出所:環境省環境保健部)
(1) 前文
- ①水銀のリスクに対する認識や国際的な水銀対策の推進の必要性、水銀対策を進める際の基本的な考え方について記載。
- ②水俣病の教訓として、水銀汚染による人の健康及び環境への深刻な影響、水銀の適切な管理の確保の必要性及び同様の公害の再発防止を記載。(日本の提案を受け記載)
- ③リオ原則を再確認(汚染者負担原則はリオ原則の一つとして含まれている。)
(2) 目的(第1条)
- ①水銀及び水銀化合物の人為的な排出から人の健康及び環境を保護すること。
(3) 水銀供給の削減と国際貿易の削減(3条)
- ①鉱山からの水銀の産出について、新規鉱山開発は条約発効後に禁止し、既存の鉱山からの産出は条約発効から15年後に禁止。
- ②水銀の貿易(金属水銀が対象)について、水銀の輸出は、
1)条約上で認められた用途、
2)環境上適正な保管(第12条)に限定。(水銀廃棄物の貿易については第13条で規定)
- ③水銀の輸出時にあたっては、輸入国の書面による事前同意が必要。
(4) 製品への水銀使用の削減(6条・8条)
- ①電池、スイッチ・リレー、一定含有量以上の一般照明用蛍光ランプ、石鹸、化粧品、殺虫剤、血圧計、体温計などの水銀含有製品(附属書Cに記載、一部例外あり)について、2020年までに製造、輸出、輸入を原則禁止。(年限については、国によって必要な場合、最大10年間まで延長可)
- ②歯科用アマルガムについて、使用等を制限。 ③禁止された水銀含有製品の製品中への組み込みを抑制。水銀を利用した新製品の製造・販売を抑制し、製品情報を事務局へ登録、対象となる製品(附属書Cに記載)の見直しなどを実施。
(5) 対象製品リスト(附属書C、6条関連)
- ①水銀を使用する製品の製造・輸入・輸出を禁止 ・電池※ ・スイッチ及びリレー※ ・一定含有量以上の一般照明用蛍光ランプ※ ・一般照明用高圧水銀ランプ ・液晶ディスプレイ用の冷陰極蛍光ランプや外部電極蛍光ランプ※ ・石鹸及び化粧品※ ・農薬、殺虫剤及び局所消毒剤 ・非電化の計測機器(気圧計、湿度計、圧力計、体温計、血圧計)※ ※印は一部除外
- ②水銀を使用する製品の使用を制限 ・歯科用アマルガム(他に一部例外用途あり)
(6) 製造プロセスにおける水銀使用の削減(7条・8条)
- ①塩素アルカリ工業及びアセトアルデヒド製造施設を対象に、製造プロセスにおける水銀の使用を禁止。 (それぞれ2025年、2018年まで。ただし、年限については、国によって必要な場合、最大10年間まで延長可)
- ②塩化ビニルモノマー、ポリウレタンなどの製造プロセスでの水銀
- ③新規のプロセスにおける水銀利用を抑制、対象となるプロセス(附属書Dに記載)の見直しなどを実施。使用を削減。
(7) 人力小規模金採掘(ASGM)(9条)
- ①使用・環境中への放出を削減、可能であれば廃絶のため行動。
- ②国家行動計画を策定・実施するとともに、3年ごとにレビューを実施。 ③国家行動計画に含まれるべき事項(附属書E) ・目的と削減目標 ・削減のための行動 ・水銀の使用量の基礎的推計値 ・排出削減や貿易管理、高感受性集団の保護などのための方策 など
(8) 水銀の大気への排出(10条)
- ①石炭火力発電所、石炭焚産業用ボイラー、非鉄金属精錬施設、廃棄物焼却施設、セメント生産施設(附属書F)を対象に、排出削減対策を実施。
- ②新設施設には、BAT(利用可能な最良の技術)/BEP(環境のための最良の慣行)を義務付け。(BATと同等の排出限度値も可)
- ③既存施設には、①排出管理目標、②排出限度値、③BAT/BEP、④水銀の排出管理に効果のある複数汚染物質管理戦略及び⑤代替的措置から1つ以上を実施。
- ④各国が自国内の対象排出源の排出インベントリを作成。
- ⑤締約国会議(COP)で、BAT/BEP等に関するガイダンスを採択。 など
(9) 水銀の水・土壌への放出(11条)
- ①各国が放出削減の対象となる放出源を特定。
- ②新規・既存施設とも、①放出限度値、②BAT/BEP、③水銀の放出管理に効果のある複数汚染物質管理戦略、④代替的措置から1つ以上を実施。
- ③各国が自国内の対象排出・放出源の排出・放出インベントリを作成。
- ④締約国会議(COP)で、BAT/BEP等に関するガイダンスを採択。 など
(10) 一時保管、廃棄物及び汚染地に関する取組(12〜14条)
- ①水銀・水銀化合物の一時保管は、COPで作成されるガイドライン等に従って、環境上適正に実施。
- ②水銀廃棄物は、バーゼル条約に基づくガイドラインを考慮し、またCOPが定める必須条件に基づいて、環境上適正に管理。
- ③汚染サイトは、COPで策定されるガイダンスに基づいて管理。汚染サイトの同定と評価のための戦略の構築に努める。
(11) 資金・技術支援(15・16条)
- ①条約のもとで資金支援を行うための制度(資金メカニズム)を設置。
- ②GEF(地球環境ファシリティ)信託基金を主たる資金メカニズムに,能力開発・技術支援を支援する国際プログラムを補完的なメカニズムに位置付け。
- ③途上国、特に後発開発途上国や小島嶼開発途上国に対する能力強化、技術支援、技術移転を実施。
(12) 健康面の対策(20条bis)
- ①水銀による影響を受ける人々の必要な健康管理の促進等を行うことを奨励。
(13)情報交換(18条)
(14) 研究や開発、モニタリング(20条)
(15) 報告(22条)
(16) 有効性評価(23条)
(17) 国内実施計画(21条)
- ①条約上の義務の履行のため、国内実施計画を策定・実施できる。
(18) 遵守委員会(17条)
- ①条約の補助機関として実施・遵守委員会を組織し、各国の実施の促進、遵守の管理等を行う。
(19) 発効(32条)
- ①条約は50カ国が批准してから90日後に発効する。
まとめ
冒頭にも述べた通り、日本は「水俣病」と言う世界でも類を見ない程の水銀による大規模な健康被害を経験したため、この水銀条約に対して日本政府(経済産業省、厚生労働省、外務省、環境省)は主体的な立場で、出来るだけ多くの国々が参加するように働きかけを行ったり、アジア諸国の意見集約に努力を行ったりしてきました。 地球上には人間が人工的に作り出した化学物質以外にも天然の化学物質が多くありますが、アスベスト、六価クロム、鉛、カドミウム及び水銀など古くから人間の生活を便利にするために使用されてきた天然物質であっても、生体にとって有害な物質は今後も使用制限が設けられて行くと思われます。 なお、今回の条約の内容を見る限り、バルブ産業に大きな影響はないように思われますが、一応自社への影響の有無は確認された方が良いと思われます。
引用・参考資料
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