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情報発信日:2012-1-20
唯一「常温において液体でありながら金属」という珍しい性質を持つ「水銀」は古くから温度計や電気の接点を始めとして種々の用途に使用されてきました。一方で水銀は水俣病を始めとして世界各国で多くの健康被害を引き起こしてきた有害物質でもあり、EUにおけるRoHS指令やELV指令などによってもその使用が厳しく規制され始めています。日本国内において水銀は削減の方向にあり消費量は減少傾向にありますが、新興国などでは未だに増加傾向にあり、石炭の燃焼や金の採掘等によって排出された水銀が環境を汚染していると言われています。
近年は、工場や鉱山などの特定汚染源による健康被害だけでなく、環境中の水銀が魚介類などの食物連鎖により高濃度に濃縮されて人間に摂取されることによるリスク、特に乳幼児に対する健康不安が指摘されています。
こうしたリスクを低減する必要性が高まり、国連環境計画(UNEP)を中心に、水銀汚染から人の健康や環境を守るため、水銀条約の採択に向けた交渉が始まっています。水銀条約は2013年の採択に向けた政府間交渉委員会において検討が行われていますが、水銀の輸出や使用などに制限が設けられる見通しで、水銀輸出国である日本にとっては何らかの対応を迫られることになりそうですので、水銀の用途なども含めてまとめてみました。
水銀は常温で唯一液体の金属であり、銀の様な光沢を有することから水銀と呼ばれています。水銀は、金、銀、銅、錫など多くの金属と混和するだけでアマルガムと呼ばれる合金を形成し水銀の量が多い場合は液体、少ない場合は個体になります。
古代においては、水銀や辰砂(硫化水銀または銀朱とも呼ばれ鮮血色をしている)はその特性や外見から不死の薬として珍重され、特に中国の皇帝に不老不死の薬として愛用されたことから、日本にも伝わり飛鳥時代の持統天皇が若さと美しさを保つために飲んでいたとされているそうです。しかし現代から見ればまさに毒を飲んでいるに等しく、始皇帝を始め多くの権力者が命を落としたといわれており、中世期以降、水銀は毒として認知されるようになったようです。
水銀は水銀単独の金属水銀の他、大別して硫化水銀、塩化水銀、酸化水銀などの無機水銀化合物と塩化メチル水銀などの有機水銀があり、さまざまな目的で使用され2005年の統計では世界で年間約3,800トンが消費されています。
かつて水銀は農薬や医薬品の防腐剤などとして広く使われていましたが、多くの健康被害を出したことから近年では「毒物」として認識が高まり、健康に直接影響を及ぼす可能性のある用途には利用されなくなりましたが、電気特性が良いことや戦膨張係数が高いこと、種々の金属と混ぜるだけで簡単に合金が作れるなどの利点を生かした用途が多々あります。
主な用途としては、小規模な金の採掘、塩ビ工業、塩素アルカリ工業、大電力用整流器、高速動作用リレーの接点、赤色顔料と言った工業分野から、照明機器(蛍光灯・水銀灯など)、電池(乾電池、水銀電池)、歯科材料(虫歯の充填剤)、計測・制御機器(ポーラログラフィーなど)、温度計・体温計・血圧計(最近はあまり使われない)などの医療機器、鏡(最近は使わない)などの生活関連分野まで広い用途がありますが、最近は安全のため代替品を用いることが増え水銀の消費は減少傾向にあります。
金属水銀は常温でも気化して蒸気となりやすいため、これを人体に吸入することによって中枢神経障害(手足の震えなど)や呼吸困難を引き起こします。また水銀は前述したように他の金属と容易に合金を形成したり反応したりするため、水銀単独の形態だけでなく種々の化合物として存在する場合も多く、その形態により異なる毒性を示しますが、無機水銀化合物は飲食による消化管からの吸収や皮膚への付着からの吸収が考えられますが、主な症状は消化器障害や腎不全などが知られています。
水俣病の原因物質として知られるメチル水銀に代表される有機水銀化合物は無機水銀化合物よりも強い毒性を持つとされ、主に飲料や食物を介して消化器から体内に取り込まれると中枢神経障害、視覚や聴覚障害、発音障害、運動失調など神経系への障害が強く表れるといわれています。
過去、水銀を扱う工場における労働者に起きた中毒、水俣病のように工場排水に含まれた有機水銀に汚染された魚介類などを摂取したことによる中毒、有機水銀は過去殺菌・消毒剤として使用されていたため、これによって殺菌・消毒された種子から得られた農作物を摂取したことによる中毒などが多く報告されています。
出典: 水銀条約 (国立国会図書館)<『水銀汚染対策マニュアル』日本公衆衛生協会, 2001, pp.72-75.>
各国において水銀の外部環境への排出抑制の取組みが進んでいますが、過去に排出された分や現在でも水銀を含む農薬を許容している国では湖沼や河口の底質に蓄積している場合があります。日本の場合は基準値以上の水銀化合物を含む場合は除去するように定めています。
また、水銀は人為的な活動によって環境中に排出されるほかにも、天然に産出する物質であるため、火山活動などの自然活動によっても環境中へ排出されています。水銀の大気中への排出量は自然活動由来が年間900〜2,100トンであるのに対して人為的活動由来が年間1,920トン(2005年)と推計されています。
出典: 水銀条約 (国立国会図書館)
経済産業省(外務省・環境省同時発表)は2011年10月24日付けの報道発表において「水銀条約政府間交渉委員会第3回会合」の開催と題して「水銀に関する条約の制定に向けた議論のため、本年10月31日(月)から11月4日(金)まで、ケニア・ナイロビにおいて、「水銀に関する条約の制定に向けた政府間交渉委員会第3回会合」が開催されます。今回の会合では、国連環境計画(UNEP)事務局により作成された条約の条文案等について、議論が行われる見込みです」と報じました。
水銀条約は世界全体の水銀利用や大気濃度の上昇を抑えるための規制を設けることを目的とした条約で、途上国の工業化による利用や排出の増加で、健康に影響が出る恐れがあるとして、国連環境計画(UNEP)が平成21年(2009年)2月に開催した第25回管理理事会において「国際的な水銀の管理に関して法的拘束力のある文書(条約)を制定すること及びそのための政府間交渉委員会(INC)を設置することを決定し、平成22(2010)年に交渉を開始し、平成25(2013)年までのとりまとめを目指すことが合意されたものです。
政府間交渉委員会(INC)は2010年6月にスエーデンのストックホルムで第1回会合が開催され、以降2011年1月には日本の千葉で第2回会合、2011年10月にケニアのナイロビで第3回会合が開催されました。今後の予定では、2012年6月に第4回会合(ウルグアイ)、2013年2月に第5回会合(スイスまたはブラジル)を経て、第27回UNEP管理理事会に検討結果が報告され、2013年後半には日本において外交会議(条約の採択及び署名)が開催される予定になっています。
出典: 水銀条約政府間交渉委員会第3回会合の開催について (経済産業省)
検討中の詳しい条約内容についてはまだ入手できていませんが、主な内容は、水銀供給源の削減、適正な保管方法、国際貿易の禁止、製品生産プロセスでの水銀の削減、大気・水・土壌への放出制限、などが議論されているようですが、石炭に水銀が含まれることが多く、これを燃焼することによって水銀が大気に放出されることから、中国やインドが「水銀を一定量以上排出する国に削減目標を求める」ことに反対していると伝えられています。
国際貿易など他の条項については合意の方向のようですが、今後は余剰により処分に困っての不法投棄が危惧されているようです。実際、2010年に東京都の4ヶ所の焼却施設で大量の水銀が検出されて炉が緊急停止した例があり、水銀の不法投棄の可能性が疑われています。環境省は国内の廃棄水銀の長期保管に関して検討するとしていますが、保管場所や管理者、コストなどが課題として残ることになり、水銀条約が締結されるまでに国内法の整備も必要になりそうです。
水銀は天然に産出し唯一「常温で液体」でありながら「金属」という珍しい性質を有する物質であり、古くは不老長寿の薬として時の権力者が服用した物質ともいわれ、殺菌性があることから消毒薬や保存剤、あるいは赤色顔料などとして長く使用されてきました。また近年では、熱膨張係数が大きいことから体温計や温度計に、電気伝導性が良く液体であるため摩耗しないことから高速での電気接点などに利用されてきました。
しかし、水俣病を始めとして世界各国において水銀による健康被害の例が多く報告され、水銀の毒性が問題になってきました。水銀による健康被害は水銀を扱う工場や事業所及び周辺住民での問題から、石炭に不純物として含まれることなどから環境中に広く汚染が拡大し魚介類が摂取することにより高濃度に濃縮されることになり、乳幼児への影響などが懸念されるようにもなっています。
このような状況において、水銀はEUのRoHS指令により電気・電子機器への使用が、ELV指令により自動車への使用が制限を受けることになりましたが、国連環境計画(UNEP)がさらに包括的な水銀規制を行い環境中の濃度をこれ以上高めないために法的拘束力のある措置を講じる提案を行い2013年までに条約締結を行う方向で交渉が進められています。
先進国における水銀の消費量は削減の方向にありますが途上国においては、まだ水銀の使用量は増加傾向にあり、また石炭に不純物として含まれるため石炭を大量に消費している中国やインドが条約に難色を示しているようですが、大筋で水銀の輸出禁止、使用量削減の方向では煮詰まりつつあるようです。
アスベスト、鉛、水銀、カドミウムなど天然に産出しながら毒性の高い物質は今後ますます、その管理や使用制限が強くなると想定されますので、「適用除外があるから大丈夫」と考えず、できるだけ早く代替技術を開発することが重要だと思います。