EU飲料水水質基準を改正する指令が発効

2021年3月16日

～1998年以来23年ぶりの改正～

はじめに

ECHA（欧州化学品庁）は2021年1月13日付けのECHA weeklyにおいて、「全てのEU市民のためのきれいな水道水～新しい指令に関するECHAの作業が始まります」と題して、「改定された飲料水指令が2021年1月12日に発効しました。これは、人々を保護し、水へのアクセスを改善し、業界の均一な安全基準を確保することを目的としています。ECHAの任務は、飲料水と接触する材料に安全に使用できる化学物質のリストを作成することです」と述べ、EUが1998年に「飲料水の水質及び飲料水と接触する材質の基準」などを定めた「飲料水指令」を23年ぶりに改正するための指令が、2021年1月13日に発効したと発表しました。

当該指令は、飲料水水質のガイドラインや現行法からの移行のためのタイムスケジュールを示すもので、いわゆる水質や資機材の基準（ポジティブリスト）などは今後ECHAが作成していくとしています。

基本はWHOの飲料水水質基準ガイドラインに従ったものになると思われますが、米国でも同様に問題となっている既存の鉛管などの置き換えも含めたものとなると思われます。我が国における今後の改正において参考にされる可能性もありますので、今回はその概要について解説します。

新しい飲料水指令の概要とECHAの役割

ECHA（欧州化学品庁）、EU委員会、EU官報などの資料より、以下に概要を記します。

改正された飲料水指令（DWD：Drinking Water Directive）は、汚染された飲料水の有害な影響から市民と環境を保護し、飲料水へのアクセスを改善することを目的としています。

現在の飲料水基準は1998年に改正され、今回23年ぶりに見直しを行うための指令が、2021年1月12日に発効しました。

この指令は、EU全体で人間が消費することを目的とした「水と接触する材料の最小要件」についてのガイダンスです。この調和は、すべてのEU市民の健康保護の均一なレベルに到達することに貢献し、域内市場の機能を改善します。

改正された指令の第11条は、飲料水と接触する材料の最小衛生要件の枠組みを定めています。ECHAは、以下を準備することにより、この作業において欧州委員会を支援します。

＜ECHAの役割＞

（1）飲料水と接触する材料の製造において使用が許可されている出発物質、組成物、および成分のヨーロッパのポジティブリストの作成。※ポジティブリストとは「原則として全ての物質の使用を禁止した上で、安全性を評価した物質の使用を許可し、その使用量や溶出量をリスト化したもの」です。
（2）ポジティブリストに追加される可能性のある開始物質、組成物、および成分をレビューするためのリスク評価方法と情報要件の作成。
（3）ポジティブリストを更新するための管理手順の作成。ポジティブリストが公開された後、ECHAは、新しいエントリーを追加し、既存のエントリーを修正または削除することにより、リストを最新の状態に保ち続けます。

この飲料水指令に対して、EU加盟国は2年以内に国内法を改正することを求められます。
今回の改定は、1998年に定められた旧飲料水指令では規制できない化学物質が増えたり、新たにEUに加盟した国の基準などがバラバラであったりすることの是正を目的に行われるもので、ECHAが担当する水と接触する材料のポジティブリストも当面は現状の各国のリストの提出を求め、順次改定していく計画となっています（図1、表1）。
対象となる化学物質は1,500種類に上ると推定されています。

図1　今後のスケジュール（出典：ECHA）

表1　図1の和訳（概略）

年月日	スケジュール
2021/1/12	改定された飲料水指令の発効。
2021/7/12	EU加盟国が国内のポジティブリスト、その他の規定、利用可能な評価文書等ECHAへの通知期限。
2024/1/12	採用されたヨーロッパのポジティブリストを更新する為の情報要件、リスク評価方法及び管理手順作成。
2025/1/12	ヨーロッパのポジティブリスト（初版）を採用。初版は15年間以内に見直し、定期的なメンテナンスを開始。
2032/1/12	改正された飲料水指令の実施を検討する委員会。

飲料水指令の目次

飲料水指令の目次は表2のとおりです。

表2　飲料水指令の目次

第1条	目的	第15条	デロゲーション
第2条	定義	第16条	人間が消費する目的の水へのアクセス
第3条	適用除外	第17条	一般への情報
第4条	一般的な義務	第18条	実装の監視に関する情報
第5条	品質基準	第19条	評価
第6条	コンプライアンスのポイント	第20条	附属書のレビューと修正
第7条	水の安全性に対するリスクベースのアプローチ	第21条	代表団の行使
第8条	人間の消費を目的とした水の抽象化ポイントのための集水域のリスク評価とリスク管理	第22条	委員会の手続き
第9条	供給システムのリスク評価とリスク管理	第23条	罰則
第10条	国内流通システムのリスク評価	第24条	移行
第11条	人間が消費することを目的とした水と接触する材料の最小衛生要件	第25条	移行期間
第12条	人間が消費することを目的とした水と接触する処理薬品および濾材の最小要件	第26条	廃止
第13条	モニタリング	第27条	発効
第14条	是正措置と使用制限	第28条	宛先

＜附属書I＞人間の消費を目的とした水の品質を評価するために使用される項目値の最小要件（一部省略）

飲料水水質ガイドラインのパートA～Cの抜粋を表2～表4に示します。

表2　パートA　生物的項目

項目	制限値	単位	備考
腸球菌	0	数/100mℓ	ボトルや容器に入れる水の場合、単位は数/250 mℓ。
大腸菌（E.coli）	0	数/100mℓ	ボトルや容器に入れる水の場合、単位は数/250 mℓ。

表3　パートB　化学的項目

項目	制限値	単位	備考
アクリルアミド	0.10	μg/ℓ	0.10μg/ℓの制限値は、水と接触している対応するポリマーからの最大放出の仕様に従って計算された水中の残留モノマー濃度を指す。
アンチモン	10	μg/ℓ
砒素	10	μg/ℓ
ベンゼン	1.0	μg/ℓ
ベンゾ（a）ピレン	0.010	μg/ℓ
ビスフェノールA	2.5	μg/ℓ
ホウ素	1.5	mg/ℓ	淡水化水が関係する供給システムの主要な水源である場合、または地質条件が地下水中の高レベルのホウ素につながる可能性がある地域では、2.4 mg/ℓの制限値を適用する必要がある。
臭素酸塩	10	μg/ℓ
カドミウム	5.0	μg/ℓ
塩素酸塩	0.25	mg/ℓ	塩素酸塩、特に二酸化塩素を生成する消毒方法が人間の消費を目的とした水の消毒に使用される場合、0.70 mg/ℓの項目値が適用される。可能な場合、消毒を損なうことなく、加盟国はより低い価値を目指して努力するものとする。この項目は、そのような消毒方法が使用される場合にのみ測定されるものとする。
緑泥石	0.25	mg/ℓ	緑泥石、特に二酸化塩素を生成する消毒方法を人間の消費を目的とした水の消毒に使用する場合は、0.70 mg/ℓの項目値を適用する必要がある。可能な場合、消毒を損なうことなく、加盟国はより低い価値を目指して努力するものとする。この項目は、そのような消毒方法が使用される場合にのみ測定されるものとする。
クロム	25	μg/ℓ	遅くとも2036年1月12日までに25μg/ℓの制限値が満たされるものとする。その日までのクロムの制限値は50μg/ℓでなければならない
銅	2.0	mg/ℓ
シアン化物	50	μg/ℓ
1,2-ジクロロエタン	3.0	μg/ℓ
エピクロロヒドリン	0.10	μg/ℓ	0.10μg/ℓの制限値は、水と接触している対応するポリマーからの最大放出の仕様に従って計算された、水中の残留モノマー濃度を指す。
フッ化物	1.5	mg/ℓ
ハロ酢酸（HAA）	60	μg/ℓ	この項目は、HAAを生成できる消毒方法が人間の消費を目的とした水の消毒に使用される場合にのみ測定される。これは、次の5つの代表的な物質の合計です：モノクロロ、ジクロロ、およびトリクロロ酢酸、およびモノおよびジブロモ酢酸。
鉛	5	μg/ℓ	遅くとも2036年1月12日までに5μg/ℓの制限値が満たされるものとする。その日までの鉛の制限値は10μg/ℓでなければならない。その日以降、少なくとも国内配電システムへの供給時点で、5μg/ℓの制限値が満たされる必要がある。第11条（2）の最初のサブパラグラフのポイント（b）の目的のために、蛇口での5μg/ℓの制限値が適用されるものとする。
水銀	1.0	μg/ℓ
ミクロシスチン-LR	1.0	μg/ℓ	この項目は、原水に潜在的なブルームが発生した場合にのみ測定する必要がある（シアノバクテリアの細胞密度の増加またはブルーム形成の可能性）。
ニッケル	20	μg/ℓ
硝酸塩	50	mg/ℓ	加盟国は、[硝酸塩] / 50 + [亜硝酸塩] / 3≤1の条件に準拠していることを確認する必要がある。ここで、四角い括弧は、硝酸塩（NO 3）および亜硝酸塩（NO 2）のmg/ℓ単位の濃度を示す。亜硝酸塩の0.10mg/ℓの制限値は、元の水処理作業に準拠している。
亜硝酸塩	0.50	mg/ℓ	加盟国は、[硝酸塩] / 50 + [亜硝酸塩] / 3≤1の条件に準拠していることを確認する必要がある。ここで、四角い括弧は、硝酸塩（NO 3）および亜硝酸塩（NO 2）のmg/ℓ単位の濃度を示します。亜硝酸塩の0.10mg/ℓの制限値は、元の水処理作業に準拠している。
農薬	0.10	μg/ℓ	＜筆者省略＞
農薬合計	0.50	μg/ℓ	＜筆者省略＞
PFAS合計	0.50	μg/ℓ	「PFAS合計」とは、パーフルオロアルキル物質とポリフルオロアルキル物質の合計を意味する。この項目値は、この項目を監視するための技術ガイドラインが第13条（7）に従って作成された場合にのみ適用される。その後、加盟国は、項目「PFAS合計」または「総計PFAS」のいずれかまたは両方を使用することを決定できる。
PFASの合計	0.10	μg/ℓ	「PFASの合計」とは、附属書IIIのパートBのポイント3に記載されている、人間が消費することを目的とした水に関して懸念と見なされるパーフルオロアルキル物質とポリフルオロアルキル物質の合計を意味する。これは、3つ以上の炭素を持つパーフルオロアルキル部分（つまり–CnF2n–、n≥3）または2つ以上の炭素を持つパーフルオロアルキルエーテル部分（つまり–CnF2nOCmF2m–、nおよびm≥1）を含む「PFAS合計」物質のサブセット。
多環芳香族炭化水素	0.10	μg/ℓ	次の特定の化合物の濃度の合計：ベンゾ（b）フルオランテン、ベンゾ（k）フルオランテン、ベンゾ（ghi）ペリレン、およびインデノ（1,2,3-cd）ピレン。
セレン	20	μg/ℓ	地質条件が地下水中の高レベルのセレンにつながる可能性がある地域には、30μg/ℓの制限値を適用する必要がある。
テトラクロロエテンとトリクロロエテン	10	μg/ℓ	これら2つの項目の濃度の合計。
トリハロメタン合計	100	μg/ℓ	可能な場合、消毒を損なうことなく、加盟国はより低い項目値を目指して努力するものとする。これは、次の特定の化合物の濃度の合計です：クロロホルム、ブロモホルム、ジブロモクロロメタン、およびブロモジクロロメタン。
ウラン	30	μg/ℓ
塩化ビニル	0.50	μg/ℓ	0.50μg/ℓの制限値は、水と接触している対応するポリマーからの最大放出の仕様に従って計算された、水中の残留モノマー濃度を指す。

表4　パートC　指標項目

パラメータ	制限値	単位	備考
アルミニウム	200	μg/ℓ
アンモニウム	0.50	mg/ℓ
塩化物	250	mg/ℓ	水は腐食性であってはならない。
胞子を含むウェルシュ菌	0	数/100mℓ	このパラメータは、リスク評価がそうすることが適切であると示した場合に測定されなければならない。
色	消費者に受け入れられ、異常な変化なし
導電率	2500	20℃でμScm-1	水は侵襲性があってはならない。
水素イオン濃度	≥6.5および≤9.5	pH単位	水は侵襲性があってはならない。ボトルや容器に入れる静水については、最小値を4.5pH単位に下げることができる。自然に二酸化炭素が豊富な、または人工的に二酸化炭素が豊富なボトルや容器に入れられた水については、最小値が低くなる場合がある。
鉄	200	μg/ℓ
マンガン	50	μg/ℓ
におい	消費者に受け入れられ、異常な変化なし
酸化性	5.0	mg/l O 2	パラメータTOCを分析する場合、このパラメータを測定する必要はない。
硫酸塩	250	mg/ℓ	水は腐食性であってはならない。
ナトリウム	200	mg/ℓ
味	消費者に受け入れられ、異常な変化無し
コロニー数22o C	異常な変化なし
大腸菌群	0	数/100mℓ	ボトルや容器に入れる水の場合、単位は数/250ml。
全有機炭素（TOC）	異常な変化なし
濁度	消費者に受け入れられ、異常な変化なし

附属書II～VII　（省略）

附属書II～VIIの内容はここに紹介しませんが、次のような表題となっています。

附属書II　モニタリング
附属書III　パラメータ（項目）の分析のための仕様
附属書IV　市民への情報
附属書V　第11条で言及されている方法論を設定するための原則
附属書VI　廃止された指令とそれに続く修正のリスト及び国内法への転置の期限
附属書VII　旧指令との相関表

まとめ

（1）欧州化学物質庁（ECHA）は、改正飲料水指令が発効したことを発表した。（EU官報2020年12月16日）
（2）同指令は、人々を保護し、水へのアクセスを改善し、産業界の統一的な安全基準を確保することを目的としており、同庁は水源から蛇口までの間で飲料水に接する材料の製造のために、安全に使用できる化学物質のリストを作成することで欧州委員会（EC）を支援する。
（3） EU委員会は2025年までにこれらのリストを採択する予定で、採択後、リストの全項目は15年以内に見直される。
（4）最初に作られるリストは、各国の既存のリストに基づいて作成され、さまざまな種類の材料に関して約1,500種類の化学物質をカバーする。（リストはECHAが作成し更新を担う）
（5） EU委員会は有害性とリスク評価の妥当性に基づいて、見直しの対象となる物質に優先順位をつける。これにより、欧州連合（EU）全体の飲料水の品質が向上し、飲料水ネットワークや水道に使われる材料を製造する企業に、EU市場での公平な競争の場を提供する。
（6） EU加盟国は、2年以内に同指令を国内法に反映する義務を負う。

引用・参考資料

Drinking Water Directive （飲料水指令）　（ECHA weekly、2021年1月13日）
Clean tap water for all EU citizens – ECHA’s work on new directive begins　（ECHA）
Understanding the Drinking Water Directive　（ECHA）
European positive lists　（ECHA）
Legislation; The revised Drinking Water Directive, The Drinking Water Directive 98/83/EC overview　（EU委員会）
DIRECTIVE （EU） 2020/2184 OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL of 16 December 2020 on the quality of water intended for human consumption　（EU官報、2020年12月16日）
COUNCIL DIRECTIVE 98/83/EC　on the quality of water intended for human consumption（旧飲料水指令）　（EU官報、1998年11月3日）

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