カーボンニュートラルへの道　#13

～カーボン・フットプリントとは～

2024年5月14日

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1.　はじめに

2024年4月16日、UAE（アラブ首長国連合）のドバイにおいて、たった一日で一年分の雨が降り大洪水になったことをニュースが伝えました。

また、この4月に中国の南部では、広東省を中心に百年に一度と言われる大雨が降り続き、記録的な大洪水が発生したことも報じられています。

近年、世界各地で数十年に一度、百年に一度といわれるような大雨や大洪水が頻発していますが、我国においても、梅雨明けの頃に、毎年のように線状降水帯による大雨・洪水が頻発するようになってきています。また、台風も強大化する方向にあるように感じます。

この原因は地球温暖化により海水温が上昇したことによって、蒸発する水の量が増え、狭い地域に短時間で大量の雨が降るためであることは疑う余地がありません。

また、海水温が上昇すると、CO2が溶け込む量も減少するために悪循環となります。

図1 日本の気象衛星AMSR2が捉えた2024年2月の海面水温偏差分布（赤色の部分が高温域）
（出典：JAXA）

図2　AMSRシリーズが捉えた全球月平均（南緯60度～北緯60度の海域の月平均）海面水温の季節変動
（出典：JAXA）

図2で分かるとおり、世界の海水温は年々上昇を続けており、特に2024年は年初より異常な高温になっています。

このままでは、さらに厳しい状況が予想され、温室効果ガスの排出量削減が急務となり、カーボンニュートラルを予定どおりに達成することが必須となっています。

このような状況において、国別（人口やGDPも考慮）、分野別（産業、運輸、業務その他部門、家庭、など）、事業体別（サプライチェーン排出量、生産量）など排出源の特定・分析が進められてきましたが、ここにきて個々の製品やサービスのライフサイクルに対する温室効果ガス排出量を算定し開示する「カーボン・フットプリント」という概念を導入しようとする動きが出てきています。今回はこの「カーボン・フットプリント」について、解説したいと思います。

2. カーボン・フットプリントとは

2-1. カーボン・フットプリントの概念

カーボン・フットプリント（以下「CFP」という。）とは、企業の生み出す商品やサービスが温室効果ガスをどれだけ排出しているかを示す指標で、英語の「Carbon Footprint」は直訳すると「炭素の足跡」となります。個人や団体、企業などが直接的、間接的に排出した温室効果ガス（CO2など）の排出量を把握すること、または商品やサービスのライフサイクル全体をとおして排出される温室効果ガスの排出量をCO2に換算して表示する仕組みです。

CFPは、イギリスが発祥の地とされており、2007年にポテトチップスやスムージー、シャンプーなどの商品に世界初のCFPマークが表示されました。その後、この考え方は欧米やアジア諸国にも広がり、各国で独自の規格が作成されています。

日本のカーボン・フットプリント（CFP）の歴史は、2008年に経済産業省が制度の検討を開始したことに始まり、2009年から2011年にかけて、経済産業省などが主導して試行事業が行われました。2012年4月からは民間に移行され、カーボン・フットプリントコミュニケーションプログラム（CFPプログラム）として運営されています。

図3　カーボン・フットプリントの位置（筆者作成）

2-2．ライフサイクルアセスメント（LCA）とカーボン・フットプリント（CFP）の違い

CFPと似たような概念にLCAがあります。

LCA（ライフサイクルアセスメント）とCFP（カーボン・フットプリント）の違いは、LCAが製品別にライフサイクル（資源採取・製造・輸送・使用・廃棄・リサイクルなど）における全ての環境影響について把握するのに対し、CFPはGHG （温室効果ガス）のみに限定した点が異なりますが、簡単に言うと、LCAからGHGだけを取り出して計算すれば良いことになります。

2-3．CFPの計算

CFPの計算方法は以下のとおりです。

図４　カーボン・フットプリントの計算（筆者作成）

原材料、部品などの調達や使用エネルギーなどのCO2排出量を求める。
生産時における工程毎のCO2排出量を求める。
製品を輸送する場合のCO2排出量を求める。
消費者が購入した製品を使用・維持管理する場合を想定したCO2排出量を求める。
製品が寿命を迎え廃棄される場合のCO2排出量を求める。

※具体的には、環境省のウェブサイト「グリーン・バリューチェーンプラットフォーム」、「省エネ法・温対法・フロン法電子報告システム（EEGS）」、「サプライチェーンを通じた組織の温室効果ガス排出等の算定のための　排出原単位データベース（Ver.2.5）」、「温室効果ガス排出量算定・報告公表制度　算定方法・排出係数一覧」などを参照し、業種別・製品種別に計算方法を統一する必要があります。

調達する金属やプラスチックには個別に単位当たりのCO2排出量が、それぞれの業界の工業会などから公表されている場合もありますので、参照することも可能です。例えば、スクラップを用いた製造方法によるステンレス鋼1トン当たりのCO2排出量は平均で0.38トンです。

2-4．CFP算定・表示のメリット

企業が自社の製品毎にCFPを算定し開示するメリットは以下のとおりです。

環境意識の向上
CFPの算定と公表は、企業や個人に環境への意識を高める機会を提供します。環境問題に対する理解を深め、持続可能な選択を促進します。
持続可能なビジネス戦略の策定
CFPを計算することで、企業は自社の製品やサービスの環境への影響を評価できます。これに基づいて持続可能なビジネス戦略を策定し、環境への負荷を軽減できます。
顧客との信頼構築
CFPの公表は、企業の透明性を高め、顧客との信頼関係を構築する手段となります。環境に配慮した企業は、金融機関や機関投資家、消費者から支持されやすくなります。
法的要件の遵守
一部の国や地域では、企業がCFPを開示することが法的要件となりつつあります。CFPの開示は、コンプライアンスを確保するために重要です。
サプライチェーンの最適化
CFPの計算は、サプライチェーン全体の環境への影響を評価する手段となります。サプライヤーとの協力を通じて、持続可能な選択を促進できます。

3．CFPを導入する際の課題

CFPを導入するためには、多くの課題があります。概ね、以下のような課題をクリアする必要があります。

データの正確性と信頼性
CFPを計算するためには同一業界で算定法を統一し、これに基づく正確なデータの収集が必要ですが、データの収集が難しい場合があります。
収集したデータの信頼性や各種係数の更新も考慮する必要があります。
範囲の定義
CFPの計算範囲をどこまで含めるかを決定する必要があります。原材料調達から廃棄までを含めるか、自社の直接排出、利用段階なでなど一部のプロセスのみを対象にするかなどです。
排出係数の選定
各プロセスでの排出係数は、エネルギー事業者から直接入手したデータやデータベースを利用することが一般的ですが、適切な係数を選定する必要があります。
プロセスの複雑性
製品のライフサイクル全体を評価する場合、多くのプロセスを考慮する必要があります。実際に自身で測定出来ない使用・維持管理プロセスや廃棄またはリサイクルプロセスをどのように算定するかなど難しい問題があります。
公平性と汎用性の課題
CFPの算定ルールがまだ明確でない分野が多く、公平性や信頼性が課題となっています。
できるだけ同業種間（工業会など）で統一した算定ルールを策定し、かつ第三者機関による検証が必要になる可能性が生じますが、その場合は企業にとって金銭的な負担が大きくなる可能性があります（※認証機関は複数あるようです。参考までに一般社団法人サステナブル経営推進機構の費用体系をご覧ください）。
公平性を保った場合、同業種間で製品毎の明確な数値の差異が出るので、消費者に対しては商品選択の指標になりますが、企業間での競争が激化する可能性が生じます。
結果の解釈と活用
CFPの結果を適切に解釈し、持続可能な選択や改善策に活用することが重要です。

CFPの計算は複雑であり、正確なデータを用いて適切な方法論を用いて行う必要がありますが、一つの事業所で多数の製品の生産を行っており、個々のCFPを算定するのは容易なことではないと言えます。

4．今後の動向

EU（欧州連合）
EUでは、企業に対して製品やCFPを計算し、報告することを義務付ける動きが進行中です。手始めに2024年からは、電気自動車（EV）の蓄電池のCFPを開示することが必須となります。（JETRO）
日本
現在の日本では、CFPの計算及び報告は企業に対して義務ではなく、推奨されるに留まっています。環境省／経済産業省がガイドラインを提供しており、自主的なCFP公表を奨励しています。
米国、その他の国
一部の国では、CFPの義務化に向けた動きがあります。米国では州ごとに動きがありカリフォルニア州などが独自の規制を設けているようです。
将来的には、国際的な圧力や気候変動対策の強化に伴い、CFPの義務化が広がる可能性が高まる事が予想されます。国内でも大手企業や業界団体などにおいて動きが見られますので、早めに、この動きに対応する準備を進めることが必要かと思われます。

5．まとめ

2023年は世界の平均気温が過去最高を更新した。2024年は年初の海水温が過去に見ない上昇を示し、この影響と思われる異常な降雨と洪水が発生しており、温室効果ガスの排出量削減によるカーボンニュートラルを予定どおりに達成する必要性がますます高まっている。
これまでは温室効果ガス排出量の算定を「国別・地域別」、「分野別」、「事業体・企業別」等、細分化して行ってきたが、ここにきて「企業における製品・サービス別」に算定するCFP制度の動きが出てきた。
我国においてはCFPの計算・報告は義務化されていないが、経済産業省／環境省よりガイドラインが提示され、大手企業において準備の動きが出始めている。
EUにおいては2024年よりEV（電気自動車）のバッテリーに関してCFP開示が必須となった。これを皮切りに、CFP開示製品が段階的に増えることが予想される。
しかしながら、CFPの算定は多くの場合算定ルールがなく、計算は複雑であり、正確なデータを用いて適切な方法論を用いて行う必要がある。また一つの事業所で多数の製品の生産を行っており、CFPを算定するのは容易なことではないと言える。
まずは同一業種間で算定ルールを策定し、かつ算定されたデータの信頼性を担保するために第三者認証を受ける必要性も生じる。
大きな問題としてはCFPの信頼性を高めるため、統一算定基準のルール作り、高額な認定費用の負担、同業間の製品比較が数字で表示されるなどがある。

引用・参考資料

ライフサイクルアセスメント/カーボンフットプリン　（経済産業省）
サプライチェーン全体でのカーボンニュートラルに向けたカーボン・フットプリントを巡る動向　（経済産業省、2023年9月）
サプライチェーン排出量算定の考え方　（環境省）
カーボン・フットプリントガイドライン　（経済産業省/環境省、2023年5月）
カーボンフットプリントガイドライン（別冊）CFP 実践ガイド　（経済産業省／環境省、2023年5月）
サプライチェーンを通じた組織の温室効果ガス排出等の算定のための　排出原単位データベース（Ver.2.5）　（環境省、2018年3月）
カーボン・フットプリント　（一般社団法人日本品質保証機構）
環境ラベルプログラム　（一般社団法人サステナブル経営推進機構　※エコリーフ、CFP認証機関）
CFPプログラム　（一般社団法人サステナブル経営推進機構）
JISQ14025: 2008 環境ラベル及び宣言－タイプⅢ環境宣言－原則及び手順　（日本規格協会）
JISQ14040: 2010 環境マネジメント～ライフサイクルアセスメント－原則及び枠組み（日本規格協会）
JISQ1404: 2010 環境マネジメント～ライフサイクルアセスメント－要求事項及び指針（日本規格協会）
ISO 14067: 2018 温室効果ガス－製品のカーボン・フットプリント定量化のための要求事項及び指針　（日本規格協会）
GHG Protocol product standard （GREEN HOUSE GAS PROTCOL）
環境配慮設計と環境ラベル　（一般社団法人日本バルブ工業会、2018年5月28日）
環境ラベル制度について～地球環境負荷低減のために～　（一般社団法人日本バルブ工業会、2006年7月31日）
ライフサイクルアセスメント（LCA）とカーボン・フットプリント（CFP）～　第1部　特徴、実施方法、注意点を簡単にご紹介～　（NISSHA株式会社、2023年7月21日）
カーボン・フットプリント　（ウィキペディア）
What Is a Carbon Footprint?　（decord6, SSSA（アメリカ土壌科学協会）、ASA（アメリカ農学会）、CSSA（アメリカ作物科学協会）
カーボン・フットプリントレポート（案）　（経済産業省、2023年）
EMAS and the Green Claims initiative　（EU委員会、グリーンビジネス）
Carbon Border Adjustment Mechanism　（EU委員会、関税同盟）
Digital Product Passport　（EU委員会、欧州保健デジタル行政庁（HaDEA））
CFP（カーボン・フットプリント）完全ガイド：基本から義務化の動向、課題まで　（産直プライム．LAB）
欧州委、循環型経済に向けたバッテリー規制の改正案発表　（JETRO）

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