カーボンニュートラルへの道　#12

～CCS（CO2の回収・貯留法）の展望～

2024年3月12日

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1.　はじめに

2024年2月13日付けで環境省は「二酸化炭素の貯留事業に関する法律案」の閣議決定について、経済産業省は「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行のための低炭素水素等の供給及び利用の促進に関する法律案」及び「二酸化炭素の貯留事業に関する法律案」が閣議決定されましたとするリリースを出し、これら議案を国会に提出予定であることを発表しました。

カーボンニュートラルに向けた「低炭素水素とアンモニアの利用」について、本コラムでは2023年12月11日付けで、「カーボンニュートラルへの道　#11～我国の水素・アンモニア戦略～」にて記しましたので、今回は事業を行うことによって発生した「二酸化炭素を回収・貯留する方法」についての現状と将来の見通しについて解説します。

2.　二酸化炭素の回収・貯留法（CCS）とは

カーボンニュートラルを達成するためには、温室効果ガスの一つである二酸化炭素（以下：CO2）の排出量を削減することは必須要件ですが、火力発電所や製鉄所あるいは大規模な化学工場、セメント工場、ゴミ焼却場のように化石燃料を大量に消費する産業や廃棄物の焼却を行う事業などにおいては、2050年までに100％の技術転換を行うことが困難な場合があります。このような場合の対策として、発生した廃ガスからCO2を分離・回収して大気中に排出することなく地中や海底下に貯留・圧入する方法（CCS：Carbon dioxide Capture and Storage）が考えられ、実用化の検討が行われています。

また、さらに進んで、分離・貯留したCO2を資源として再利用する方法（CCUS：Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage）も考えられています。例えば、米国ではCO2を古い油田に注入することで、油田に残った原油を圧力で押し出しつつ、CO2を地中に貯留するというCCUSが試みられており、全体ではCO2削減が実現できるほか、石油の増産にもつながるとして、ビジネス化が図られています。

しかしながら、CO2を回収し地中や海底下などに貯留するための設備建設工事、運転中の事故や地震や洪水などの自然災害などによる海洋や土壌の汚染等及び海上災害の予防などが必要になるため、今回は経済産業省と環境省が主体となって「2030年までに民間事業者がCCS事業を開始するための事業環境を整備することとしており、このために必要な試掘・貯留事業の許可制度及び貯留権等の創設、貯留事業に係る事業規制・保安規制、二酸化炭素の導管輸送事業に係る事業規制・保安規制等を整備します。」と発表し、この法案は閣議決定され国会に提案される予定だとしています。

今回提出予定の法案には、（1）試掘・貯留事業の許可制度の創設、（2）貯留事業者に対する規制、（3）導管輸送事業の届出制度の創設、（4）導管輸送事業者に対する規制などが盛り込まれています（法案の概要は「二酸化炭素の貯留事業に関する法律案【CCS事業法】の概要」を参照ください）。

図1　CCS技術開発が必要な理由

3.　CCS（CO2の回収・貯留方法）開発の現状

CCSの技術のポイントは表1、表2のとおりです。

表1　廃ガスからのCO2分離・回収法（出典：NEDO）

	方法	原理	コスト（円台／CO2-ｔ）
現状（2020）	化学吸収法	CO2と液体を化学反応させ分離・回収	4,000
2020年代前半	物理吸収法	CO2をエチレングルコールなどに溶解させ分離・回収	2,000
2020年代後半	固体吸収法	CO2の個体吸収剤を利用して分離・回収	2,000
2030年代	膜分離法（注1）	CO2分離機能を持つ膜を利用して分離・回収	1,000
2030年代	クローズドIGCC法（注2）	酸素・CO2ガス化炉とクローズドガスタービンを組合せた発電システムでCO2を分離・回収する工程が不要

注1）膜分離法はエネルギー使用量が少ないため、吸収法に比べてコストの大幅ダウンの可能性がある
注2）IGCC：石炭ガス化複合発電

表2　CCSのメリットとデメリット（出典：NEDO）

メリット

デメリット

温室効果ガスの排出量削減
火力発電所や工場など現状大量のCO2排出を行っているが今後も大幅な削減が困難な施設からのCO2大気中排出を削減できる。
既存のインフラの活用
既存の施設にCCSを導入することで、新たな施設を建設せずCO2回収ができ、大規模な投資コストが不要。但し、地下の貯留場所の掘削などは必要。
一部の産業では事業継続が可能
火力発電やゴミ焼却場などでは、CCSの追加により事業継続が可能

技術的課題
CCSは開発途上の技術であり、高度なエンジニアリング技術が必要。CO2回収効率や貯留場所や安全性の管理なども課題。
ランニングコスト
CCSの実用化にはランニングコストの低減がどこまで出来るかが最大の課題（設備償却、運転及び管理監視費も含めたコスト低減が最重要）
安全性の担保
地震や地下水との影響など安全性をどう担保するかも課題。

4.　CCSの実用化に向けて

CCSは、気候変動対策の一つとして注目されている技術です。以下に、日本及び欧米における実用化への現状を示します。

4-1.　我国の現状

（1）苫小牧市におけるCCS大規模実証試験事業（経済産業省、NEDO、日本CCS調査株式会社）、2020年に目標達成

実用規模でのCCS実証を目的とした我が国初の大規模CCS実証試験。
経済産業省、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構（NEDO）、日本CCS調査株式会社（JCCS）が実施。2012年度から2015年度に実証設備を建設。
2016年4月より、年間10万t規模のCO2圧入を開始し、2019年11月22日に当初目標としていた累計CO2圧入量30万tを達成して、実証試験は一応終了。

北海道・苫小牧市でおこなわれているCCS実証実験の様子
図2　北海道・苫小牧市のCCS実証実験（出典：資源エネルギー庁）

図3　北海道・苫小牧市のCCS実証実験（出典：資源エネルギー庁）

CO2排出源から回収、貯留するまでの流れを示しています。
図4　CCSの流れ（出典：資源エネルギー庁）

（2）拡大CCS大規模実用化検証事業

JOGMEC（独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構。経済産業大臣を主務大臣とする中期目標管理法人）の公募事業とする
CCS大規模実用化プロジェクト
JOGMECから2023年6月13日付けで以下の発表

JOGMEC（エネルギー・金属鉱物資源機構）は、2023年3月30日から4月27日に令和5年度「先進的CCS事業の実施に係る調査」に関する委託調査業務の公募を行い、厳正な審査の結果、7案件（国内貯留5案件、海外貯留2案件）を候補として選定しました。JOGMECは、二酸化炭素（CO2）を回収して地下に貯留する技術「CCS」について、国内初となる事業化を支援することで、脱炭素化に向けた取り組みを大きく促進します。

目標は7案件合計で年間約1,300万トンのCO2を貯留（日本政府の目標は2030年までに年間600～1,200万トン）

表3　大規模実証実験候補地及び実施企業（出典：JOGMEC）

候補地	実施企業（目標回収・貯留量）
苫小牧CCS	JAPEX（石油資源開発株式会社）、北海道電力、出光興産（150万t/年）
日本海側東北地方CCS	伊藤忠、日本製鉄、太平洋セメント、INPEX、三菱重工、大成建設（200万t/年）
東新潟地域CCS	JAPEX、東北電力、三菱ガス化学、北越コーポレーション、野村総合研究所（150万t/年）
首都圏CCS	INPEX、日本製鉄、関東天然瓦斯開発（100万t/年）
九州北部沖～西部沖CCS	ENEOS、JX、J-power（電源開発）　（300万t/年）
マレー半島沖CSS	三井物産　※マレーシアへ輸送・貯留　（200万t/年）
大洋州CSS	三菱商事、日本製鉄、エクソンモービル　※大洋州へ輸送・貯留（200万t/年）

図5　7案件合計で年間約1,300万トンのCO2の貯留を目指すCCS実証実験の概略位置と参画企業
（出典：経済産業省/JOGMEC）

4-2.　欧州における現状

2024年2月6日付で欧州委員会から「Commission sets out how to sustainably capture, store and use carbon to reach climate neutrality by 2050」とする発表がありました。概要は以下のとおりです。

欧州委員会発表の概要

EUは2050年までに「カーボンニュートラル実現」を約束。今後数年間でその大部分は実施されるが、その中でもCO2回収・貯留技術は重要となる。これは、例えばセメントや廃棄物発電におけるプロセス排出など排出量の削減が特に困難であったり、コストが高かったりする分野で必要な技術となる。

そのため欧州委員会は「産業炭素管理コミュニケーション（Industrial Carbon Management Communication）」を採択した。同コミュニケーションでは、これらの技術が、2040年までに排出量を90％削減し、2050年までにカーボンニュートラルを達成するために、どのような貢献が可能かについて詳しく述べている。

具体的な目標は2030年までに少なくとも年間5,000万トンのCO2貯蔵能力を開発することを提案している。 EUが推奨する2040年の気候変動目標への影響評価に基づけば、この数字は2040年までに約2億8,000万トンにまで拡大する必要がある。

4-3.　米国における現状

米国では原油が埋まる地層にCO2を注入して原油を押し出し、回収率を高める手法で実績をあげてきました。世界で進行中の大規模プロジェクトは約200件あり、このうち約60件が2022年に新たに発表され欧州も含めて官民により急ピッチで進められています。連邦議会予算局、米国エネルギー局などの資料から、米国の現状を次のようにまとめてみました。

4-3-1　既存のCCS施設

（1）米国では15のCCS施設が稼動しています。
（2）これらの施設は、全米の年間CO₂総排出量の約0.4％を回収することができます。
（3）さらに、121のCCS施設が建設中または開発中です。
（4）これらの施設が完成すれば、全米のCCS能力は現在の年間CO₂排出量の3%に増加します。

4-3-2　連邦政府の財政支援

（1）連邦政府はCCSの研究開発に資金援助を行っています。
（2）CCS関連プログラムへの年間予算は、2011年から2023年まで合計53億US$（7,685億円）でした。
（3）2021年インフラ投資・雇用法では、2022年から2026年までのCCSプログラムに対して82US$（１兆2,000億円）の事前予算が割り当てられています。
（4）CO2を回収・貯蔵する企業は、45Q条連邦税額控除の対象となり、CCSの使用を奨励しています。

4-3-3　将来のCCS利用に影響する要因

CCSが将来どの程度利用されるかは、いくつかの要因に左右されます。
（1）回収コスト： CO2の回収コストの変化。
（2）インフラの利用可能性： CO2を輸送・貯蔵するためのパイプライン・ネットワークと貯蔵能力の利用可能性。
（3）規制上の決定：連邦および州の規制決定。
（4）クリーンエネルギー技術： CCSの需要に影響を与える可能性のあるクリーンエネルギー技術の開発。

5.　まとめ

（1）2050年のカーボンニュートラルの達成に向けて、火力発電所、製鉄所あるいは大規模な化学工場、セメント工場、ゴミ焼却場などにおいては、現状で大規模なCO2排出が行われているが、代替技術の開発が困難で有る。そのため現状ではカーボンニュートラル達成の阻害要因となっており、CCS（二酸化炭素の回収・貯留法）が有望な技術として期待されている。
（2）欧米では、官民一体となり急ピッチでCCSの実用化に向けた予算の投入、大規模施設の建設・運用が進められている。
（3）日本は欧米に後れを取ってはいるが、経済産業省、NEDOが主体となり苫小牧に建設した実証プラントにおいて、2016年4月より、2019年11月22日までに目標とする30万トンのCO2を回収・貯留を達成した。
（4）苫小牧での実証実験の目標達成を受け、拡大実証試験を実施するため経済産業省主管のJOGMEC（エネルギー・金属鉱物資源機構）が、2023年3月30日から4月27日の間に令和5年度「先進的CCS事業の実施に係る調査」に関する委託調査業務の公募を行い、審査の結果、7案件（国内貯留5案件、海外貯留2案件）を候補として選定した。
（5）「7案件合計で年間約1,300万トンのCO2の貯留を目指す」としており、政府目標の「2050年時点で年間1.2億～2.4億t/年・CO2」達成のための検証が予定される。
（6）課題は、CCSが開発途上の技術であり、設備償却費、運転及び管理監視費など含めたコストが今後どこまで下げられるかが鍵で有るが、大規模CO2排出施設に対する対応策として必須技術と言える。

引用・参考資料

「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行のための低炭素水素等の供給及び利用の促進に関する法律案」及び「二酸化炭素の貯留事業に関する法律案」が閣議決定されました　（経済産業省、2024年2月13日）
「二酸化炭素の貯留事業に関する法律案」の閣議決定について　（環境省、2024年2月13日）
CO2埋める「CCS」事業、事故時は無過失責任に　法案の概要判明　（朝日新聞デジタル、2024年1月30日）
CO2分離・回収技術の概要　（NEDO、2020）
苫小牧におけるCCS大規模実証試験３０万トン圧入時点報告書（「総括報告書」）概要　（経済産業省/NEDO、2020）
国内初のCCS事業化の取り組み～2030年度までのCO2貯留開始に向け、調査7案件を候補として選定～　（エネルギー・金属鉱物資源機構、2023年6月13日）
CCSの推進に関する法制度の在り方に関する検討　（西村あさひ法律事務所/経済産業省）
CCS事業法案、通常国会で提出へ／経産省が制度を提示　（電気新聞、2023年12月6日）
「CCS 事業法案」について（速報）　（アンダーソン・毛利・友常法律事務所、2023年10月）
脱炭素の切り札！？　二酸化炭素の地下貯留　（NHK、2023年12月1日）
知っておきたいエネルギーの基礎用語～CO2を集めて埋めて役立てる｢CCUS｣　　（資源エネルギー庁、2017年11月14日）
CO2を回収して埋める「CCS」、実証試験を経て、いよいよ実現も間近に（前編）　（資源エネルギー庁、2020年11月27日）
CO2を回収して埋める「CCS」、実証試験を経て、いよいよ実現も間近に（後編）　（資源エネルギー庁、2020年12月25日）
CCS（二酸化炭素回収貯留）の概要と展望－ CO2 分離回収技術の評価と課題－　（国立研究開発法人科学技術振興機構）
CARBON CAPTURE AND STORAGE: DOS AND DON’TS　（2024-1-31, European Environment Bureau）
Commission sets out how to sustainably capture, store and use carbon to reach climate neutrality by 2050　（EU委員会、2024年2月8日）
Carbon Capture and Storage in the United States　（連邦議会予算局、2023年12月）
Carbon Capture and Storage in the United States　（連邦議会予算局、2023年12月13日）
CARBON CAPTURE, USE, TRANSPORT, AND STORAGE　（米国エネルギー局）
Biden Administration Launches $3.5 Billion Program To Capture Carbon Pollution From The Air　（米国エネルギー局、2022-3-29）

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