福島第一原子力発電所の処理水の放出が始まりました

～処理水中のトリチウムと安全性～

2024年1月15日

掲載内容に関する最新の情報は、記事中に記載されている出典元や引用・参考資料にあたりご確認ください。

1.　はじめに

国際原子力機関（IAEA）の安全基準に合致しているとの結論を受け、東京電力福島第一原子力発電所の敷地内のタンクに貯留されていた処理水の海洋放出が2023年8月24日より始まりました。

これに対して中国政府は「核汚染水の海洋放出である」と猛反発し、直ちに日本からの水産物の輸入を全面禁止する措置を発動しました。また、周辺の水産漁業者も風評被害を心配し反対の声を上げています。

東京電力福島第一原子力発電所の敷地内に無数に並んだタンク群の様子をニュースなどで見た方々も多いと思われますが、「これ以上タンクを増設するスペースがなくなったため、苦肉の策として、大量の海水で希釈して捨て始めたのではないか」、あるいは、「処理水が安全と言うなら、今までタンクに貯めこんで来たのに、なぜ今になって海洋に放出するのか」「何か裏があるのでは」と疑われても仕方がない面もあるかも知れません。
そこで、今回は東日本大震災で被災した東京電力福島第一原子力発電所事故の概略を振り返るとともに、トリチウムとは何か、なぜ安全が担保できるのかなどについて、公的機関と海洋放出に反対する団体双方の資料により解説したいと思います。

2.　東日本大震災による東京電力福島第一原子力発電所の事故概要

2011年3月11日に発生した東日本大震災による津波によって外部電源が喪失した東京電力福島第一原子力発電所は、原子炉の冷却水循環が停止したことにより1～3号機の原子炉が空焚き状態となったため、炉心溶融を起こし、原子炉内にあったほとんどの核燃料が格納容器の底から溶け落ちてしまいました。この溶け落ちた燃料デブリは現在も発熱を続けており、大量の水によって冷却が続けられています。

そして事故後、廃炉の作業が始まりましたが、この処理過程において、破損した原子炉や機材、核燃料と直接または間接的に接触した冷却水や地下水は63種類もの放射性元素を含む汚染水となり、現在も大量に発生し続けています。

これらの汚染水は2012年10月に導入された多核種除去装置「ALPS」（アルプス・Advanced Liquid Processing System）によって、トリチウムと炭素14以外の62核種の放射性物質を汚染水から除去することができるようになりました。しかし、これらのALPSによる処理水の処分について、安全性や国内外への影響などを考慮し、当面は原子力発電所の敷地内に建設したタンクに貯留することで対処してきました。

図1　汚染水発生と処理イメージ（出典：資源エネルギー庁）

福島第一原子力発電の敷地内にあるタンクの写真です。
図2　処理水貯留状況（出典：資源エネルギー庁）

これに対し、韓国を含む近隣諸国も納得している姿勢を示していますが、中国だけが猛反発し、日本産の水産物の即時全面禁輸を宣言しました。
政府は、中国に対して「科学的根拠に基づく、両国の科学者同士による協議」を呼びかけていますが、今のところ応じる様子はないようです。

国内外の一部においても、処理水放出に対する反対の動きがあるようですので、今回はトリチウムとは何か、安全性は担保できているのかなど、今回の福島第一発電所の処理水放出を環境問題として捉え、概要をお伝えします。

3.　福島第一発電所事故により発生した汚染水の処理方法（ALPS）とは

汚染水処理のフローは図3のとおりです。

図3　汚染水の処理フロー（出典：環境省）

事故を起こした原子力建屋内部から発生する汚染水は、まずサリー（Simplified Active Water Retrieve and Recovery System（単純型汚染水処理システム）の略で、東芝などが開発したものです）及びキュリオン（米国エネルギー省が開発したもので、日立製作所などが導入しました）と呼ばれるゼオライトを充填した吸着筒に入り、セシウムとストロンチウムの放射性元素を吸着除去します。次いで、逆浸透膜などによる淡水化装置によって淡水が除去され濃縮されます。

最終段階では、ALPS（Advanced Liquid Processing System、アドバンスドリクイドプロセッシングシステム）と呼ばれている多核種除去装置によって、トリチウム以外の62種類の放射性元素が除去されます。

ALPSの浄化方法は、汚染水に含まれる放射性物質を吸着する樹脂やゼオライトという物質を使っています。樹脂やゼオライトは、カラムと呼ばれる筒状の容器に入れられており、カラムに汚染水を通すことで、放射性物質を除去されます。

さらに詳しく説明すると、次のようになります。

（1）前処理工程：汚染水に含まれる吸着阻害イオン（Mg 2+、Ca 2+など）を除去するために、凝集沈殿方式を用いています。この工程では、薬剤を汚染水に混ぜてイオンを沈殿させ、フィルターで分離します（Wikipediaより）。
（2）吸着工程：前処理工程で浄化された水を、16～18塔の吸着塔に通します。吸着塔には、放射性物質を吸着する樹脂や活性炭、酸化チタンなどの吸着材が充填されています。吸着塔ごとに吸着材の種類や配置が異なり、各種の放射性物質を選択的に除去します（Wikipediaより）。
（3）測定・確認工程：吸着工程で浄化された水を、測定・確認用設備で検査します。測定・確認用設備には、放射性物質の濃度や水質を測定する機器が備えられています。測定結果によって、放射性物質の濃度が国の規制基準値以下であることを確認します（デジタル大辞泉より）。

4.　トリチウムとは

ここで問題になっているのが放射性元素のトリチウムです。

トリチウムとは水素の放射性同位体で、質量数が3（陽子1個と中性子2個）である水素の同位体です。半減期は12.32年で、ベータ崩壊してヘリウム3になります。トリチウムは、宇宙線と大気との反応で自然に生成されるほか、核実験や原子力施設でも人工的に生成されます。トリチウムは、水と結合してトリチウム水として存在し、大気や水中に広く分布しています。トリチウムの放射線はエネルギーが弱く、紙一枚で遮ることができます。大量に摂取しない限り、人体に有害な影響はほとんどありません（Wikipedia、資源エネルギー庁）。

トリチウムは夢のエネルギーとも言われる核融合の原料にもされる元素で、2023年11月10日付け本コラム「カーボンニュートラルへの道　#10～夢の持続可能エネルギー「核融合」開発の今～」でも触れていますので、興味のある方は参照下さい。

図4　水素、重水素、三重水素（トリチウム）（筆者作成）

このトリチウムを海洋に放出することに対して、中国が「放射性汚染水」と呼び猛烈に反発していますが、海にトリチウム水を放出することは、国際的に認められている方法です。世界中の多くの原子力施設からも海に放出されており、施設周辺からトリチウムが原因とされる影響は見つかっていません（経済産業省、海洋生物環境研究所）。また、トリチウムは、海水中では濃度が低く、海洋生物にも濃縮されないことが研究で示されています（日本経済新聞）。

東京電力は、福島第一原子力発電所で生じる汚染水の放射性物質を多核種除去設備（ALPS）で国の規制基準以下まで取り除いていますが、トリチウムは除去できません。そのため、トリチウム水をさらに大量の海水で薄めて、国の安全基準の40分の1未満に下げて海に放出する計画です（環境科学技術研究所）。

5.　世界主要各国のトリチウム放出量比較

上述したように、トリチウムは大気に宇宙線が当たることにより生成する物質で自然界にも存在していますが、原子力発電所や使用済み核燃料の再処理などによって生成されますので、日本だけではなく各国共に、生成したトリチウムは希釈して海洋や大気中に放出しています。

表1　世界の主要国のトリチチウム排出量（出典：環境省、日本原子力文化財団、原子力新聞、その他）

国・地域	原発・再処理施設	液体廃棄物としての排出量（兆Bq）	大気中への排出量（兆Bq）
日本	福島第一原発（現在）福島第一原発（2010：事故前）	22未満 2.2	― 1.5
	（沸騰水型原子炉平均）	0.0316～1.9	0.0770～1.9
	（加圧水型原子炉平均）	18-83	13
米国	ブランズウィック1,2原発（2021）	18～83 2.7	4.4～13 3.3
米国	ディアブロキャニオン1,2（2021）	40	1.3
カナダ	ピッカリング原発（2021）	463 480	1.4 520
韓国	古里原発（2021）	45 49	2.3 21
韓国	城原子力発電所（2021）	71	92
中国	陽江原発（2021）	112	1.6
	寧徳原発（2021）	102	1.6
	紅沿河原発（2021）	90 90	0.7 2.3
イギリス	ヘイシャムB原子力発電所（2020）	323	1.2
イギリス	セラフィールド再処理施設（2020）	186	38
フランス	トリカスタン原子力発電所（2020）	42	1.4
フランス	ラ・アーグ再処理施設（2021）	10,000	54

注1）　上記は各国の代表的な施設であり、全てを表示してはいません。
注2）　Bq（ベクレル）は放射能の量を表す単位。1秒間に崩壊する原子核の数で表されます。これに対してこの放射能により人体が被ばくする放射能の量はSv（シーベルト）で表されます。

6.　ALPS処理水の海洋放出に反対する意見

ALPS処理水海洋放出への反対意見の例として、「グリーンピースジャパン」の主張を紹介するとともに、肯定側立場からの意見も並べて対比してみます。

（1）「取り除くはずのものが取り除けていない」
2018年8月の段階でのALPSによる処理水にはトリチウム以外に基準を超えるストロンチウム90、ヨウ素129などが含まれており、完全な処理が行われていない。
肯定側からの意見⇒2018年8月の段階ではALPSは不完全であったが、現在では種々の改良や操作方法によって、完成した技術となっている。
（2）「トリチウムにはとくに内部被ばくのリスクがある」
トリチウムの半減期は12.3年です。リスクが相当低くなるまでに100年以上かかります。体内に取り込まれたトリチウムが半分になるまでには10日程度かかります。放つエネルギーは非常に低いものの、体内に存在する間に遺伝子を傷つけ続ける恐れがあります。また、体内で有機結合型トリチウムに変化すると体内にとどまる期間が長くなります。
肯定側からの意見⇒人体に大量にトリチウムを取り込んだ場合は被爆の危険性があるかもしれないが、そうならないように希釈して放流している。
（3）「国連海洋法条約第192条は“いずれの国も海洋環境を保護し及び保全する義務を有する”としている」
トリチウムを含む処理水を海洋に放出する事は「国連海洋法条約」で定める最善の方法とは言えない。
肯定側からの意見⇒トリチウムの海洋放出は国際的に合意された手法であり、日本だけが勝手に行っているものではない。
（4）「トリチウム分離技術は存在するにも拘わらず利用しようとしない」
アメリカなどにはトリチウムの分離技術が存在している。
肯定側からの意見⇒トリチウムは水素の同位体であり、酸素と結合し水の形で存在しているので、分離はかなり難しい。仮に分離できるとしても、量的、コストの問題で現実的な方法とはならない。

その他、グリーンピースジャパンの主張と類似点が多いのでここでは省略しますが、NPO法人FoE　JAPANも14項目について、疑問の形で反対の主張をしています。

7.　まとめ

（1）東京電力は、東日本大震災で被災した福島第一原子力発電所で発生し続けている放射性物質を含む汚染水を、逆浸透膜や吸着剤で構成された水処理装置（ALPS）によってトリチウム（三重水素）以外の汚染物質を除去し、2023年8月24日から、海洋への放出を開始した。
（2）これに対して、中国が猛烈に反発して日本からの海産物輸入を一斉に停止した。
（3）トリチウムとは水素の同位体で、宇宙から降り注ぐ宇宙線と大気の反応によっても生成される物質で、大気中や海洋などの自然界にも大量に存在している。半減期が12.3年、紙一枚でも遮蔽できる程度の微弱な放射性物質と言える。
（4）このトリチウムは世界各国の原子力発電所や核燃料の再処理施設などでも大量に生成されるが、いずれの国においても、海洋への放出または大気への放出処理がなされており、日本だけが福島第一原子力発電所で増え続けている「処理水」を苦し紛れに海洋投棄すると言うものではない。
（5）「放射性物質の海洋投棄」と言うだけで、闇雲に反対するべき問題ではなく、海洋放出時の濃度管理、放出後の海水濃度管理を確実に行う限りにおいて、問題はないと言える。

引用・参考資料

身の回りの放射線「トリチウム」　（環境省、2022-3-31）
放射線による健康影響などに関する統一的な基礎資料（令和4年度版）　（環境省）
安全・安心を第一に取り組む、福島の“汚染水”対策①「ALPS処理水」とは何？「基準を超えている」のは本当？　（経済産業省/資源エネルギー庁、2018-10-25）
安全・安心を第一に取り組む、福島の“汚染水”対策②「トリチウム」とはいったい何？　（経済産業省/資源エネルギー庁、2018-11-22）
安全・安心を第一に取り組む、福島の“汚染水”対策③トリチウムと「被ばく」を考える　（経済産業省/資源エネルギー庁、2018-11-30）
安全・安心を第一に取り組む、福島の“汚染水”対策⑦　ALPS処理水に関する専門家からの提言　（経済産業省/資源エネルギー庁、2020-5-29）
ALPS処理水の処分　（経済産業省）
「ALPS（アルプス）処理水」と「汚染水」は違うものです　（経済産業省）
国連人権理事会特別手続による共同コミュニケーションに対する日本政府回答　（外務省）
そもそもトリチウムって何？　ネット上のデマに惑わされないための「今さら聞けない原発処理水」Q＆A　（NEWSポストセブン/Yahoo、2023-8-31）
福島第一原子力発電所事故　（ウィキペディア）
中国の複数原発がトリチウム放出、福島「処理水」の最大６・５倍…周辺国に説明なしか　（読売新聞オンライン、2023-6-23）
トリチウムの年間処分量　～海外との比較～　（環境省）
世界の原子力発電所等からのトリチウム年間排出量　（日本原子力文化財団）
処理水放出に中国が猛批判　米メディア「中国の言い分は偽善の極み」　(mediagene、2028-8-28)
【Q＆A】ALPS処理汚染水、押さえておきたい14のポイント　（NPO FoE JAPAN、2023-8-21）
東電が汚染水を海に流してはいけない4つの理由　（Greenpeace、2019-07-23）

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