カーボンニュートラルへの道　#10

～夢の持続可能エネルギー「核融合」開発の今～

2023年11月10日

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1.　はじめに

2023年10月24日付で国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構は「日欧共同で実施している幅広いアプローチ活動等を通じて進めてきたJT-60SAにおいて、初プラズマ生成（初めてのトカマクプラズマの生成）に成功しました」と発表しました。

この発表だけを読んでも、何のことかわからないと思いますが、これは核融合型原子力発電の実現に向けた大きな一歩を踏み出したという意味のようです。

現在、世界中で商用稼働している原子炉は核分裂型ですが、核融合は太陽や恒星で起きており、安全性が高く、原料が無尽蔵に存在し、またCO2など温室効果ガスの発生もなく、大きなエネルギーを得ることができるため、夢の持続可能エネルギーといわれてきました。

核融合の実用化には、まだまだ多くの技術的な課題をクリアする必要があると思われますが、この核融合及びその開発状況については後述するとして、まずは私たちが取組み始めているカーボンニュートラルに向けた脱炭素経営の効果と現状を見て行きたいと思います。

我国は2030年に温室効果ガス排出量を2013年度比で46%削減することを目標として掲げており、大企業を中心に多くの企業が脱炭素経営に力を入れています。これに対して実情を見てみると、温室効果ガス排出量はCO2換算で基準年の2013年度は14億900万トン、2020年度は11億5,000万トン（▲18.4%）と7年連続で減少しており、このまま順調に行けば目標達成も夢ではないようにみえます（図1）。

図1　我国の温室効果ガス総排出量<1990～2020年度>（出典：環境省/国立環境研究所）

一方、部門別のCO2排出量を見てみると、産業部門が34％、運輸部門が17.7％と続き、業務部門その他が17.4％、家庭部門が15.9％、エネルギー転換部門7.5％、非エネルギー部門7.4％となっています（図2）。単純な見方をすると、（2021～2022年度の数値が公表されていないので何とも言えませんが）2030年に46％の削減を行うには、2020年比で残り約34％を削減する必要がある計算になります。これは、日本の産業を全て止めることに等しい量といえます。

図2　CO₂の部門別排出量<2020年度確報値>（出典：環境省/国立環境研究所）

2030年に46％の削減を行うための方法論として原子力発電所の再稼働と風量発電、太陽光発電などの再生可能エネルギー開発、水素エネルギーの利用などがありますが、ここに来て「夢の持続可能エネルギー」として核融合エネルギーの実用化がどうやら現実味を帯びてきている様です。

核融合に関しては、2019年6月17日付け本コラム「2030年温室効果ガス排出量26％削減への道　#16
～地上の太陽「核融合」の開発状況～」にてお伝えしていますが、今回は核融合に関するおさらいと、現状の研究開発状況や実用化に向けた動きを紹介したいと思います。

2.　原子力エネルギーとしての核分裂と核融合

核分裂とはウランの様な大きな原子がエネルギーを放出して小さな原子に分裂する現象で、反対に重水素や三重水素（トリチウム：福島第一原子力発電所の処理水に含まれている）が融合してヘリウムなどの大きな原子になるときにエネルギーが放出される現象です（図3）。


図3　核分裂と核融合（出典：内閣府）

どちらも原子力エネルギーですが、現在実用化されているのは核分裂によって生じるエネルギーを利用する技術のみです。核融合は太陽の表面で実際に起こっている反応で、理論的には不可能な技術ではないと考えられ、古くから研究が進められてきました。

核分裂ではウラン1グラムから石油1.8トンに匹敵するエネルギーが得られますが、核融合では重水素と三重水素1グラムから石油8トンものエネルギーが得られ、原料の重水素や三重水素は海水から無尽蔵に得ることができ、かつ核分裂のような放射性物質が多量に発生することもないため、大規模な持続可能なエネルギー源として期待されています（表1）。

さらに、核融合では燃料を入れ過ぎたり、加熱し過ぎたりといった異常が生じた場合には自然に反応が停止するために安全も担保されます。

表1　核分裂と核融合の特徴（種々資料より筆者がまとめた）

原子力エネルギー	核分裂	核融合
反応	ウランやプルトニウムを燃料に使用し、軽い原子核に「分裂」させてエネルギーを生み出す	重水素やトリチウム（三重水素）といった軽い原子核を高温・高圧の環境で「融合」させてエネルギーを生み出す
エネルギー効率	ウラン1 g＝石油1.8トン相当	（重水素＋三重水素）1 g＝石油8トン相当
長所	大量のエネルギーを安定供給できる CO₂など温室効果ガスを排出しない燃料コストの大幅な変動が起きない省スペースで発電できる発電コストが安定しているエネルギー自給率の改善、電気料金の抑制、CO₂排出量の削減に役立つ	大量のエネルギーを安定供給できる CO2など温室効果ガスを排出しない燃料が無尽蔵でコストの大幅変動が少ない小型の核融合炉を開発できる可能性がある定常運転が容易燃料の過剰供給、過加熱などが起きても暴走することがなく自然停止するので安全廃棄物の生成が少なく、生成物の半減期も短い放射能漏れの心配はなく、周辺環境への影響も限定的
短所	事故の危険性放射線のリスク廃棄物、冷却水等放射性物質の処理使用済み燃料の処理問題安全性の担保とリスク管理使用済み燃料の再処理問題	設備のコストが高額核融合反応を起こすには、1億℃以上の超高温、超真空と1,000億気圧の超高圧などの特殊な環境が必要で、実験段階から莫大な予算がかかる核融合が起こると、熱エネルギーと同時に高速中性子が発生する。この大量の高速中性子が原子炉内でビリヤードの球のように飛び回ると、材料中の原子配列が乱れて原子炉内が脆弱化し、長時間稼働ができなくなるといった影響が生じる放射性物質が全く出ないわけではなく、封じ込め技術が重要。

3.　核融合実現の課題

夢のエネルギーとも言われる核融合技術が完成すれば、（1）資源の枯渇が心配なく、（2）温室効果ガスを発生しない、（3）異常事態が起きても制御不能に陥ることもない持続可能なエネルギー源を得ることができると言われています。

このような良いことずくめの核融合ですが、実際には次のような技術的課題が立ちはだかっています（表2）。

表2　核融合実現のための課題

超高温、超真空の環境	核融合を実現するにはいくつかの方式が研究されていますが、核融合反応を起こすには1億℃以上の超高温と高真空/高圧力の環境が必要
核融合炉壁の安全性	核融合が起こると、炉内は超高温になるとともに中性子が発生し、炉内をビリヤードの球のように飛び回るため、炉壁の耐久性、安全性を保つ技術が必要
プラズマの制御	核融合反応により燃焼するプラズマの制御と封じ込める技術が必要

4.　米国における核融合開発

BBCは2022年12月14日付けのNEWS Japanにおいて、「米エネルギー省、核融合技術で「画期的進歩」　投入量上回るエネルギーを出力」と題する記事を発表しました。核融合反応を起こすためには、1億℃以上の高温と高真空、超高圧力環境を作るために大きなエネルギーが必要になりますが、今回は「核融合によって発生したエネルギーが、投入したエネルギー量を初めて越えた」とするものです。

今回の実験は、コショウの実ほどの大きさのカプセル内に水素を1億℃の高温と地球の大気圧の1,000億倍に圧縮することで行われたようですが、やかん15〜20個ほどを沸騰させる程度のエネルギーを生成するだけのために数十億ドルが投じられたそうです。

今回得られた結果は小さく見えますが実用化の道を大きく開いたとしています。

この基礎研究を基に商業ベースの核融合はいつ頃実現するのでしょうか。科学者はかつて、実用化には50〜60年かかるとの見方を示していたそうですが、この結果によって2030年頃にはある程度の見通しが立つだろうとの見方が示されています。

4-1.　ITER（国際協力によって核融合エネルギーの実現性を研究するための実験施設）について

ITER: International Thermonuclear Experimental Reactor（国際熱核融合実験炉）は、ラテン語で「道」という意味を持ち、核融合実用化への道・地球のための国際協力への道という願いが込められています。ITER計画は、2025年の運転開始を目指し（2016年6月、ITER理事会で決定）、日本・欧州・米国・ロシア・韓国・中国・インドの7極（35ヶ国）により進められています（図4、図5）。

ITER建設地
図4　フランス、サン・ポール・レ・デュランス市（カダラッシュ）に建設中の実験施設（出典：文部科学省）

図5　ITER模式図（出典：文部科学省）

4-2.　建設の目的

エネルギー問題と環境問題を根本的に解決するものと期待される核融合エネルギーの実現に向け、国際約束に基づき、核融合実験炉 ITERの建設・運転を通じて、核融合エネルギーの科学的・技術的実現性の確立を目指します。

4-3.　今後の計画

2016年に建設計画が決定。運転開始：2025年12月、核融合運転：2035年12月

4-4.　目標

ITER（イーター）の目標は、核融合炉と同じレベルの温度、密度などのプラズマを実現することで、具体的には次のようなことです。

重水素と三重水素（トリチウム）という実燃料を用いて、大出力長時間の燃焼を行う
入力エネルギーの10倍以上のエネルギーの出力が得られる状態を400秒程度維持する
（実際の発電は予定されてはいませんが）50万キロワットの核融合出力を長時間に渡って実現する

このITERでの実証実験には将来の発電炉に不可欠な主要な技術をすべて含まれています。したがって、この装置を安全に信頼性高く運転することで、将来の発電炉の技術的見通しを得ることができます。

今まで、核融合は夢の技術であり、実現がむずかしいとされてきましたが、ITERのような大規模な実証施設が建設され、ここ数年で実験が開始される予定ですので、地球上で太陽が燃える日も決して夢ではなくなりつつあるものと思われます。

5.　日本における核融合開発

冒頭に述べましたが、2023年10月24日付で国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構がJT-60SA核融合実験機（図6）において、トカマク方式による初プラズマの生成に成功したと発表しました。

図6　日本の核融合実験炉JT-60SA全景（出典：量子科学技術研究開発機構）

JT-60SAは2007年に茨城県の那珂市で着工し、2020年4月22日に完成が発表されました。高さ約16メートル、幅は約13メートルで、2020年4月時点では世界最大の核融合実験装置です。

フランスに建設中の上記ITERと連携し、基礎実験を行ってデータを共有することが目的で、ITERは400秒の核融合反応を目指していますが、JT-60SAでは100秒の核融合を目標としています。これはプラズマの安定までに100秒を要するためで、100秒の反応が持続できれば500秒、1000秒と次のステップに進むことが可能と言われています。

今回のJT-60SAの実験結果は実用化までの道のりのどの辺に位置するのかわかりませんが、大きな一歩のようですので、今後の経過を待ちたいと思います。

6.　まとめ

（1）我国はCO2など温室効果ガス排出量を20213年度比で2030年に46％削減、2050年にカーボンニュートラルの達成を目指して、大企業を中心とした多くの企業は脱炭素経営に取組んでいる。
（2）世界の温室効果ガス排出量は未だピークアウトしていないが、我国では2013年度をピークに2020年まで7年連続で減少し18.4％削減している。
（3）しかしながら、この先2030年に47％削減するためには、2020年比30％の削減が必要な計算になるが、この数字は我国の産業を全て停止するほどの数字になる。
（4）この目標を達成するには、風力、太陽光などの再生可能エネルギー、原子力、水素など持続可能なエネルギーの最大限の利用が必須となるが、ここに来て安全で、原料が無制限、温室効果ガス排出なし、という夢のようなエネルギーとして、原子力エネルギーの1つ、太陽や恒星で起こっている「核融合」の実用化に向けて、小さな灯りが見えてきたように思えるので、期待したい。

引用・参考資料

2020年度温室効果ガス巣排出量（確報価）概要　（環境省/国立環境研究所）
米エネルギー省、核融合技術で「画期的進歩」　投入量上回るエネルギーを出力　（BBC, 2022-12-14）
核融合研究　（文部科学省）
Fusion Energy　（文部科学省）
核融合とは何か　（内閣府）
ITER計画　（文部科学省）
核融合実験施設パンフレット　（量子科学技術研究開発機構）
プレスリリース「JT-60SA初のプラズマ生成に成功～日欧で取り組む幅広いアプローチ活動で大きなマイルストーンを達成～」　（量子科学技術研究開発機構、2023年10月24日）
JT-60SA計画とは　（量子科学技術研究開発機構、2023年10月24日）
2030年温室効果ガス排出量26％削減への道　#16～地上の太陽「核融合」の開発状況～　（日本バルブ工業会、2019-6-17）

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