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環境関連情報

企業における水資源のリスクと管理 #1

世界の投資家が注目する「CDPウオーター」とは

情報発信日:2015-05-26

はじめに

2015年4月13日付けの日経ビジネスオンラインにおいて「“トヨタショック”走る。自動車業界に『水リスク』急浮上〜世界の投資家が注目する『CDPウオーター』〜」という見出しの記事が掲載されました。

それによると、冒頭に「日産自動車に続き、トヨタ自動車も──。自動車部品や素材のメーカーが今、慌てふためいている。『CDPウオーター(水)』の質問書が、日産やトヨタの要請で部品・素材メーカー各社に送られて来たからだ。その数、数百社に上るとみられる。『どのように水消費量を算出したらよいのか』と戸惑う声が自動車業界に飛び交っている」と書かれています。

世界の人口が急激に増加し、深刻な水不足に対する危機感が高まっていますが、企業が事業活動を行う上で水は、製造工程だけではなく、資源の採取から運搬、流通、使用、廃棄に至るまでのライフサイクルを通して深い関係を有しているといわれています。このため、今後は水不足が企業活動に大きな影響を与える可能性がより高まって行くと考えられ、世界の投資家が「企業の水資源確保」についてどのように考え、どのようなリスク管理を行っているか注目しているとのことです。

今回は、自動車業界にショックを与えているという「CDP及びCDPウオーター」とは何かを手始めに、昨今の企業を取り巻く水資源の問題について述べて行きたいと思います。

CDP及びCDPウオーターとは

「CDP(旧名称:Carbon Disclosure Project)」は2000年に英国で発足し、ロンドンに本部事務所を置き、英国では公認慈善事業、米国ではNPO(非営利組織)として認められ、英国、米国、フランス、スウェーデン、オランダ、オーストラリアの6カ国政府から支援を受けて活動している団体です。活動目的は、気候変動の防止、天然資源の保護などによる、持続的な経済発展の支援などです。

そして、CDPは、5年前から世界主要国の時価総額上位企業に対して、環境戦略や温室効果ガスの排出量に対しての開示を求め、質問状(CDPカーボン)を毎年送り、その回答分析・評価するという行動を開始しました。

日本の企業に対してもCDPは質問状を送付し、2006年には150社でしたが2009年からは対象企業は500社に増加しました。過去に開示を要求してきた項目は、温室効果ガスの排出量としてスコープ1(直接排出量)、スコープ2(間接排出量)のデータを、2011年度からはスコープ3(事業活動の範囲で間接的に発生する排出量)にまで拡大してきています。

さらに、近年の森林資源の減少や水資源の問題も企業を取り巻く国際的な環境問題として扱われ始めたことにより、CDP Forest(CDP森)や今回のテーマであるCDP Water(CDP水)が始まりました。

CDPが投資家に注目されている理由

英米を始めとする政府の支援を受けているとはいえ、一民間組織が世界の名だたる企業に対して一方的に質問状を送り付け、送り付けられた大企業が、何故に慌てふためいているのでしょうか。

その理由は、CDPが世界の機関投資家と連携しており、質問状の回答結果を評価・分析し、その提供された結果により機関投資家が投資判断を行うという背景があるからです。そして「CDP水」に賛同している機関投資家は実に617社、運用資金は63兆ドル(7,560兆円)に上るといわれています。また、この結果は企業価値を測る一つの重要指標とも成りつつあります。

そのため、年々質問状に対する回答率も上昇してきています。

今回の「CDP水」といわれる質問状は、2015年2月に世界の選定された主要企業1,000社に対して一斉に送付されました。回答期限は6月30日で、結果の報告会は10月22日に日本で開催され、初めて優秀企業が公表される予定になっています。

しかし、企業に取っては単なるアンケートなどとは異なり、回答書の数値が投資判断に使われることから、その正確性を検証するために、第三者認証機関を介在させるとか、自社のサプライチェーン全体に対する調査も行われるなど、かなりの負荷になっているといえます。

しかしながら、企業に対する環境問題への取組姿勢が重要な投資判断の材料になるということです。

企業活動における水リスクとは

日本は世界の国々の中でも比較的水については質量ともに恵まれており、また国境を超える国際河川を持たないなどの理由により、水リスクに対する危機意識は高いとはいえません。

近年、温室効果ガスの排出量が原因とされる気候変動により、世界各地で異常気象が多発するようになってきています。そのため、大雨による大規模な洪水や長期の干ばつなど、水の賦存量が偏在することによる問題が起こっています。

企業活動にとっては、単に水不足だけのリスクだけではなく、洪水などの発生による資材調達や物流の停滞、工場そのものの損害・操業停止なども含めた総合的な水リスク管理が重要になってきているといえます。

CDPが2013年に世界の500社に送ったCDPウオーターの回答結果である「グローバル500」で、各企業は短期的に被る可能性のある「水リスク」について、「水不足」「洪水」「排水基準の遵守による水コスト上昇」「水質の悪化」「水の価格上昇」などを挙げ、回答企業の約70%が「水リスクを実質的なビジネスリスクとして位置付けている」と回答したといわれています。

前述のように、世界各国と比較して日本は水リスクに対する危機意識が決して高いとはいえませんが、国土交通省が毎年公表している「日本の水資源 平成20年版」において、気象変動における政府間パネル(IPCCの第4次評価報告書を引用し、「21世紀末の世界平均気温は1〜6℃上昇し、今世紀半ばまでに年間平均河川流量と水の利用可能量は、中緯度の幾つかの地域等において、10〜30%減少すると予測されている」と危機意識を表明しています。

また、日本は国土が狭く、山間地が多く、また河川が短いため、気象変動による降水量の急激な変動に対応することが困難であり、小規模な干ばつでも大規模な水不足が、逆に大雨による洪水や土砂災害が起こりやすいという脆弱性を抱えているといわれています。

WWF(世界自然保護基金)は、2011年に「Assessing Water Risk - A Practical Approach for Financial Institutions」という報告書の中で、企業における3つのリスクを挙げています。

1. 物理的なリスク

企業及びサプライチェーンに、事業活動に十分な水が量的(渇水や洪水)または質的(水質汚濁)に得られないリスク。

2. 規制によるリスク

政府によって水の使用に対する規制の強化に関するリスク。それは、給水及び排水に対する課金、操業の許可権、水利権、水質基準など。

3. 評判のリスク

会社のブランドやイメージに関連し、購入決定をする顧客への影響があります。評判のリスクは水への接近や地域の水資源の水質低下に対する緊張と対立により生じます。

高度に国際化された情報化経済下では、「水生生態系に衝撃を与える」とか「地元住民が接するきれいな水への接近」に関するような事業の決定が行われる場合には、一般的な意見が直ちに出てくる状況があります。

企業における水リスク管理

一口に「企業における水リスク」といっても、事業の業態・事業領域や事業所の立地など様々な事業環境が存在するため、個別の水リスクについて、個々の企業が特定し評価する必要があります。

前項で述べた一般的な「物理的なリスク」「規制によるリスク」「評判のリスク」についても、

1) 企業側が自然や法規制などの外部環境の変化から影響を受けるリスク。

2) 逆に企業の水利用や排水によって、外部の生態系などの自然環境や周辺住民に対して環境面での悪影響を与えるリスク。

等があります。具体的には、例えば前者の企業側が外部から受けるリスクには、水の利用に関する規制の変化、渇水や供給量・質の変化等による生産効率の低下、洪水によるサプライチェーンや物流の停滞、事業所の浸水被害による操業停止。後者の企業側が外部に与えるリスクは、汚染排水による周辺住民への健康被害、健全な生態系の破壊、過剰取水による環境負荷増大や地域住民への水ストレスに伴うブランドイメージの低下等が考えられます。

一般的に事業者は、自社が外部から受けるリスクを優先して考えがちですが、河川の流域における生態系、周辺を含めた住民やコミュニティなどの外部に及ぼす悪影響によって事業者が被る可能性のあるリスクは、場合によっては自社が外部から受けるリスク以上に大きい可能性があることは過去の公害問題などを見れば明らかといえます。

従って、水リスクについては「受けるリスク」と「与えることによって生じるリスク」が存在することを認識して、特定・評価する必要があるといえます。

CDPウオーターの概要

CDPウオーターは、2010年に初めて世界の各企業に質問状を送付しました。2012年には、世界の629社に対して質問状が送られました。対象となった企業は衣料、化学、食品・飲料、金属・鉱業、石油・ガス、製薬など、水の消費が高いと思われる産業や水リスクの可能性が高そうな企業が選ばれました。

質問状送付により回答を求める目的は、

1) 企業を取り巻く水問題の透明性を高める。

2) 水問題への確かな情報に基づいた意思決定を促す。

3) 水リスク低減活動を促す。

4) 水問題について優秀でしっかりとしたガバナンス構築を促進する。

質問内容は、「イントロダクション」「現在の状況」「リスク評価」「影響」「施設レベルの水データ」「対応」「相関・トレードオフ関係」の7章構成で、項目は以下の通り。

表1 CDP2015オウーターの質問書(概要)

※詳細はCDPウオーター2015質問書(和文)

大区分 中区分 No 小区分
イントロダクション イントロダクション W 0.1 会社の概要
W 0.2 報告書の作成開始年月日、終了年月日
W 0.3 報告の範囲(財務、業務、株式など)
W 0.4 除外事項(情報開示において除外される地域、施設または取水/排水の種類など)
背景 W 1.0 成功の為の水の質と量
全社的な水データ W 1.1 水に関する側面
W 1.2a 取水源
W 1.2b 放流先
W 1.2c 消費量
現在の状況 サプライヤーの報告 W 1.3a サプライヤーの比率
W 1.3b サプライヤーに対して水の使用量、リスク及び/または管理について報告することを求めていない理由
影響 W 1.4a 悪影響を及ぼした水に関連する問題(河川流域、影響評価影響、影響の詳細、影響の機会など)
W 1.4b 水に関連する悪影響が不明である理由
リスク評価 手順及び要件 W 2.1 水関連リスクについて評価の有無
W 2.2 水関連リスクについて評価の手順
W 2.3 水リスク評価の頻度、地理的規模、予見先の期間
W 2.4a 水リスクと成長戦略の成功への影響
W 2.4b 水リスクと成長戦略の成功への影響評価しない理由
W 2.5 水リスク評価の方法
W 2.6 水リスク評価を行う際に常に評価の要素として考慮するイシュー
W 2.7 水リスク評価を行う際に常に評価の要素として考慮するステークホルダー(顧客、投資家、従業員、地域社会、NGO等)
W 2.8 水関連リスクについて評価を実施していない理由
影響 水リスク W 3.1 現在/将来的にビジネス、操業、収益または費用に実質的な変化をもたらす可能性のある水リスク
W 3.2 ビジネス、操業、収益または費用における実質的な変化
W 3.2a 直接の操業を行っている施設のうち、ビジネス、操業、収益または費用に実質的な変化をもたらす可能性のある水リスクにさらされている施設の数(流域ごと)
W 3.2b W3.2aで挙げた施設について、財務的価値のうちどの程度の割合が影響を受ける可能性(流域単位)
W 3.2c ビジネス、操業、収益または費用に実質的な変化をもたらす可能性のある固有の水リスク、直接の操業に対する潜在的な影響及びそれらを軽減するための戦略
W 3.2d ビジネス、操業、収益または費用に実質的な変化をもたらす可能性のある固有の水リスク、貴社のサプライチェーンに対する潜在的な影響及びそれらを軽減するための戦略
W 3.2e 直接の操業について、ビジネス、操業、収益または費用に実質的な変化をもたらす可能性のある水リスクに貴社がさらされていると思わない理由
W 3.2f サプライチェーンについて、ビジネス、操業、収益または費用に
実質的な変化をもたらす可能性のある水リスクにさらされていると思わない理由
W 3.2g ビジネス、操業、収益または費用に実質的な変化をもたらす可能性のある水リスクに晒されてかどうかについて判らない理由
水に関連する機会 W 4.1a 水よってもたらされる機会とその機会を実現するための戦略
W 4.1b 水が実質的な利益となる可能性のある機会をもたらさない理由
W 4.1c 水が実質的な利益となる可能性のある機会をもたらすかどうかわからない理由
施設レベルの
水データ
施設レベルの水データ W 5.1 取水量:報告年について、W3.2aの回答に含まれる施設全ての取水量に関するデータ
W 5.1a 取水量:報告年について、W5.1で回答した施設全ての取水量に関するデータ(利用水源別)
W 5.2 排水量:報告年について、W5.3で回答した施設全ての排水量に関するデータ
W 5.2a 排水:報告年について、W5.3で回答した施設全ての排水量に関するデータ
W 5.3 水消費量:報告年について、W3.2aで回答した施設全ての水消費量に関するデータ
W 5.4 W 3.2で回答した施設全てについて、外部の検証を受けている水使用データの割合
対応 ガバナンス及び戦略 W 6.1 水の問題に関する最高レベルの直接的な責任者と水問題に関する報告の頻度
W 6.2 水の管理がビジネス戦略に組み込まれているか否か
W 6.2a 水がビジネス戦略に与えたプラスの影響
W 6.2b 水がビジネス戦略に与えたマイナスの影響
W 6.2c 水の管理をビジネス戦略に組み込んでいない理由と将来計画
W 6.3 水に関する明確なゴールを定めた行動指針の有無
W 6.3a 水に関する方針の内容
W 6.4 直近の報告年における水に関連する設備投資(CAPEX)及び操業費(OPEX)の前年比
コンプライアンス W 7.1 報告年において、取水許可、排水許可またはその他の水及び排水に関する規定違反による罰金、罰則、強制命令の対象となったことの有無
W 7.1a 上記違反が有った場合の違反解決の計画
W 7.1b 上項で関係の有った施設/操業の全施設/操業全体の割合
W 7.1c W 7.1の違反による財務上の影響総額の全操業費総額に占める割合
目標及びイニシアチブ W 8.1 水に関する全社的な目標(定量的)またはゴール(定性的)の有無
W 8.1a 全社的な定量目標の進捗
W 8.1b 全社的な定性目標の進捗
W 8.1c 全社的な目標またはゴールがない理由と将来の計画有無
相関・トレードオフ
関係
水とその他の環境問題
との間のトレードオフ
関係の調整
W 9.1 バリューチェーンにおいて、水とその他の環境問題との間の相関関係またはトレードオフ関係の確認の有無
W 9.1a 確認された相関関係またはトレードオフ関係とそれに関連する管理方針または対応策
承認   W 10.1 CDPウオーター質問書への回答内容を承認する署名をした人に関する情報

まとめ

日本における水事情は、現状では降水量は比較的多いが、国土が狭いため保水量が少ないという問題はありますが、これらの欠点を認識して利水事業を重視してきた結果、深刻な水不足が企業や家庭を脅かす状況にはないといえます。

また、水質面においても、水質汚濁防止法などの排水水質基準の整備や排水処理技術の進歩などによって、河川や湖沼の水質などにおいて大きな問題は発生していないといえます。

このように、国内においては水に関して量的にも質的にも大きな問題は発生していませんが、日本の企業の海外進出に伴い、進出地域によっては事業活動における取水や排水の問題、気候変動における洪水や干ばつによる水不足の問題が発生するリスクがあるといえます。

また、日本は食料自給率が40%程度と先進国の中では極めて低く、食料などを原料とする事業においては調達先の水リスクを強く認識する必要があります。

世界的に見ると人口の増加、産業の高度化、さらには温室効果ガスの排出量増加による気候変動などにより深刻な水不足が迫ってきています。20世紀は石油を巡って戦争が、21世紀は水を巡って戦争が起きるともいわれています。

今後は企業活動を行う上で、水に関するリスク対策をどのように行っているかが投資の判断材料の一つになってきていますので、今後はこのCDPウオーターの質問状を読んで、早めの備えを行うべきと思います。

引用・参考文献

注意

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