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環境関連情報

世界の水資源と水危機(その5)

水循環基本法が施行

情報発信日:2014-10-24

はじめに

2014年3月27日に成立した「水循環基本法」が7月1日から施行されたことを各マスコミが報道しています。

「水循環」とは、「水が蒸発し、降下し、流下または浸透により、海域などに至る過程で、地表水または地下水として河川の流域を中心に循環することをいう」と定義されており、この法律は「水循環に関する施策を総合的かつ一体的に推進し、もって健全な水循環を維持し、または回復させ、我国の経済社会の健全な発展及び国民生活の安定向上に寄与すること」を目的とするとしていますが、ここでいう「健全な水循環」とは、「人の活動及び環境保全に果たす水の機能が適切に保たれた状態での水循環をいう」とされています。

さて、我が国では人口減少が国家的な問題になっていますが、地球全体では人口の急激な増加が続いており、21世紀は水不足が深刻になり水を巡って戦争が起きると言われています。我が国は古くから「山紫水明の国」とも言われ、水資源は豊富で水不足には余り縁のない国と思い込んでいる国民が多いと思われますが、実際には水は食料生産のために70 %ほどが使用されます。我が国の場合には、食料を海外からの輸入に頼る部分が多く、食料自給率は40 %を下回る状況にあるため、自国民のための食料を全て国内で生産しようとした場合には、水はとても足りない計算になります。

そんな状況にはありますが、なぜこのタイミングで水循環基本法が施行されたのか、その背景と真の狙い、そして法律の概要を探ってみたいと思います。

 

健全な水循環とは(国土交通省、厚生労働省などの資料より引用)

図1 健全な水循環系の構築イメージ(出典:国土交通省)

現在の水循環は、田畑耕作、水害防止(治水)、生活用水確保などのために、古くから様々な工夫を加えながら、我々が長い時間を掛けて造り上げてきたものであり、人為的な水循環系と自然の水循環系とが有機的に結びついたものになっています。その過程は、基本的には自然の水循環がもたらす災害などの負の要素を減少させ、あるいは、水の安定供給など正の要素を引き出すことを目指して行われてきました。

しかし、今日では、社会経済の変化を背景にして、水循環系が急激に変化し、生態系への悪影響、湧水の渇水、河川流量の減少、地盤沈下、都市における水害や渇水、水質汚濁、親水機能の低下、水によって育まれて来た文化の喪失などの問題が発生して来ています。

特に、近年において温室効果ガスによる、気象変動により大規模な水害や干ばつなどによって、自然の水循環にも異変が起きています。

このような中、水循環の変化がもたらした諸問題を解決して行くため、環境保全上健全な水循環の確保という視点に立って、水環境や地盤環境を水循環との関連において捉えた「流れの視点」からの取組みの前進が重要な課題になってきます。

例えば、「水道事業」は、循環資源である水を利用する事業であり、水循環系が健全に機能していることに依存して成り立っています。従って、漏水防止等の有効効率向上、用途間転用、上水道の取水・下水の排水位置適正化、上流取水による水道システムの再構築、地下水利用から水道水利用への転換などを必要に応じて進め、地下水循環、地盤環境の保全を図ることが求められています。

健全な水循環系の問題に効率的に対応するため、水に関係する当時の6省庁(現在は環境省、国土交通省、厚生労働省、農林水産省、経済産業省の5省)が平成10年8月31日「健全な水循環系構築に関する関係省庁連絡会議」を設置しました。 本連絡会議において、健全な水循環とは「流域を中心とした一連の水の流れの過程において、人間社会の営みと環境の保全に果たす水の機能が、適切なバランスの下に、共に確保あれている状態」と定義しています。

少し抽象過ぎてわかりにくいかと思いますので、具体的な施策と効果について例を挙げて説明したいと思います。

 

健全な水循環構築の意義

平均すると人間の身体の約60%は水でできています(胎児は体重の約90%、乳幼児が約75%、子供は約70%、成人では約60%、老人では50%と年齢を重ねるほどに水分率は低下します)。

しかし人間は体内の代謝による老廃物や毒素の排泄、食事の消化による糞便などの排泄、体温調節のための発汗などにより多くの水分を体外に排出しますので、人間は毎日必ず水分を補給しなければなりません。「1日や2日は食べなくても死にはしない」と良く言われますが、エネルギーに関しては体内に蓄えた脂肪で補う事が出来ますが、水に関してはそうは行きません。確かに、直ちに死に直面する事態にはなりませんが、かなり危険な状況になると言えます。

多くの食べ物には水分が含まれていますので、全て水の形で摂取するわけではありませんが、成人が必要とする水の量はおおよそ2,0000mℓ/日であり、水分が不足すると、血液の濃度が上昇し、血管に血液が流れにくい状況が起こります。

この血液が流れにくい状況が生じると、酸素やエネルギーが全身に行き渡りにくくなり、次第に生命活動が低下し、やがては死に至ります。

元々、海の中で生活していた生物が進化して地上に上がり生活するようになったため、例え陸上で生活している生物でも、水なしでは生きて行けません。この事は、前に述べた人体の60%もが水で出来ていることから容易にわかります。

このように生物にとって必須な水の量が不足したり、水質が悪化したりしたら私達の生活に大きな支障が出るばかりでなく、生命の危機にさえ直面することになります。特に、冒頭にも述べましたが、今世紀に入ってから世界の人口は急激に増加しているため、特に国際河川を有する国家同士においては、争いが出始めています。即ち、上流に位置する国家が大きなダムなどを作り下流に流す水量を制限すれば、下流に位置する国家は存亡の危機にさえ陥ります。

このため、各国は自国の水の安全保障について真剣な検討を行っています。

例えば、シンガポールは従来ほぼ100 % の水をマレーシアから輸入していましたが、契約更新時に10倍、20倍というような大幅な値上げを提示されたため、海水淡水化や廃水の再生利用などの技術を高め、100 % 自給自足する方向性を決定しました。

 

我国における水の安全保障とは、その背景とは

もし世界地図か地球儀が近くにあったら眺めてみて下さい。北回帰線と南回帰線が通る、北緯または南緯20度付近から北緯または南緯40度の間を眺めると、日本から西周りに、タクラマカン砂漠、ゴビ砂漠、トルキスタン砂漠、イラン砂漠、アラビア砂漠、サハラ砂漠、北アメリカのアリゾナ砂漠など、南半球にでは、オーストラリア砂漠、アフリカのナミブ砂漠、カラハリ砂漠、南アメリカのパタゴニア砂漠、アタカマ砂漠と世界の名だたる砂漠が見事に並んでいます。

日本も、もし大陸の奥地に位置していたら砂漠だった可能性が高いと思われますが、幸運なことに、日本海を挟んで大陸と離れていたため、乾燥することなく雨に恵まれた国になったと言えます。

それでも、実情は国民の皆さんが考えているような、決して水に恵まれた国ではないということに気付いて欲しいと思います。日本の降水量は1,690mm/年と世界平均807mm/年と比較すると多いように思えますが、1人当たりの水資源量は3,230㎥/年・人で、世界の平均8,372㎥/年・人の38.5%しかなく、世界主要43ヶ国中24番目という状況にあります。しかも、日本は国土が狭く山が多いため、河川は短く急流域が多く、保水力が少ないという欠点があります。

それにもかかわらず、我が国が過去から現在まで、深刻な水不足・水危機に陥ったことは、あまり経験がありませんが、実は大きな「からくり」が存在しています。

水の用途は、その70%ほどが農業や畜産などの食料生産に充てられます。しかしながら、我が国は食料自給率が40%以下であり、食料の60%を輸入に頼っているため、実質的に大量の水を輸入していることになります。

しかし、世界の人口が増え食料不足・水不足になった場合、食料を他国に輸出する余裕がなくなることになりますが、その場合、日本に入って来る食料は必然的に絶対量が不足するでしょうし、極めて高額になる可能性があります。

即ち、我が国における水の安全保障とは、まずは食料自給率を100%に出来る水資源量及び健全な水循環系の確保といえます。

 

水循環基本法のもう一つの背景

いくつかのマスコミの報道によると、地下水の開発を目的とすると見られる外国資本による我が国の森林などの水源地の買収が近年急増しており、林野庁の確認によると平成17年以前には5件・20ha(ヘクタール)だったのが、平成18年から24年には68件・801ha(ヘクタール)に激増しました。国・地域別では平成18年〜24年の累計で280ha(ヘクタール)と中国(香港を含む)資本が圧倒的に多く、シンガポールが79ha(ヘクタール)となっています。買収された地域は北海道が多く、次いで群馬、神奈川、長野などにも広がりを見せているようです。

水循環基本法は、水資源確保の観点から海外資本による森林買収を防ごうという目的も持つようです。

 

水循環基本法のポイント

・水を「国民共有の貴重な財産」と位置付ける。
・政府は水循環基本計画を定め、5年ごとに見直す。
・今まで5省に跨っていた水に関する縦割り行政を一本化するため、内閣に水循環本部(本部長:首相)を置く。
・政府と自治体は森林、河川、農地、都市施設などを整備する。
・政府は水循環に関する研究開発を推進し、研究者を養成する。
・8月1日を「水の日」として、政府及び各自治体はその趣旨にふさわしい事業を実施する。

 

まとめ

水は、全ての生命の源であり、なくてはならない貴重な資源ですが、本来は太陽エネルギーによって、蒸発し雨や雪となって再び地上に降り注ぐことで、太古の昔から自然の浄化作用による水循環・再利用されて来ました。

しかし、地球上の人口の急増と経済活動の拡大により、自然の水循環だけでは十分に賄えない状況が生じ、人工的な水循環を組合せることが重要になって来ています。

我が国は、その中でも「比較的水資源に恵まれた国」と思われがちですが、水利用の実に70%が農業や畜産などの食料生産に充てられること、及び、食料自給率が40%を割るような状況にあることを考えると、我が国は実際には大量の水輸入国家という事になります。従って、この先のさらなる人口増加による食料不足を危惧し、自国の食料自給率を向上させることを考えた場合には、決して安閑としている状況にはないことがわかると思います。

また、最近の温室効果ガスに起因するといわれる地球規模での異常気象も相まって、自然の水循環にも異変が起きています。このような状況において、我が国の水行政を見ると上水道は厚生労働省、下水道や河川管理等は国土交通省、農業用水は農林水産省、水質管理は環境省というように5省庁に渡る縦割り組織によって様々な施策が取られて来ました。

今回は、このような水行政を一元化し、自然の水循環と、治水、貯水、浄水など人工的な水循環補助のマッチングなどを行うとともに、外国資本による水源地の買収抑止など水の安全保障を行うことを目的として水循環基本法が施行されました。

引用・参考資料

注意

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