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環境関連情報

中国で深刻な大気汚染が広がる

市民生活にも大きな影響が

情報発信日:2013-2-25

はじめに

2013年1月31日付け朝日新聞 (14版)の1面及び3面などによると「1月中旬以降に中国の各地で有害汚染物質を含む霧で覆われ、その面積は130万km2と日本の国土総面積の3.5倍に達し、特に北京市、河北省、山東省、天津市が深刻な状況に陥っている」と報じられました。また、ニューズウィーク日本版1月29日号などによると「北京の米国大使館が大気汚染指数(AQI)を非公式に測定した結果、1月12日には一時的に世界健康機関(WHO)の環境基準の20倍に達し、厳重汚染とされる『危険』レベルのAQI=300を遥かに超えて800に達した」と伝えています。在中国日本国大使館の発表では「週末(1月12日、13日)の北京では、一部観測ステーションで、PM2.5の観測値が史上初の900μg/m3に達しました。環境基準値の12倍、WHO指針値の36倍に相当します。」と伝えています。

毎年、3月頃から梅雨前まで西風に乗って中国から黄砂などの有害物質が日本国内に運ばれて来ることから、越境大気汚染が心配されますが、環境省によると「日本への影響は直ぐにはない」とのことです。しかし、過去10年くらいにおいて西日本では中国の1/10程度ではあるものの、越境大気汚染が観察されているとのことであり、一時的にせよ世界保健機関の環境基準の20倍にも達したとすれば、直ぐには影響がなくても長い目で見れば何らかの影響が心配されます。

北京市政府の指示によって、北京では100社以上の工場が一時操業を停止し、公用車の30 %が停止したそうですが、日本でも過去において、高度成長時代には四日市喘息に代表される大気汚染問題が起こりました。 しかし大気汚染問題は発生源の特定が難しいこともあり、解決には相当の時間がかかる問題と言えます。

そこで、今回は世界保健機関が定める環境基準など大気汚染に関する基礎知識について解説したいと思います。

 

大気汚染指数(AQI)とは

AQIとは大気汚染指数(AQI:Air Quality Index)と呼ばれ、米国の大気汚染防止法による規制を実施するために、EPA(Environmental Protection Agency: アメリカ合衆国環境保護庁)が大気汚染の指標となる5物質(地表オゾン濃度、微粒子濃度、一酸化炭素濃度、二酸化硫黄濃度、二酸化窒素濃度)から計算される大気汚染の度合いを測るための指標です。

AQIは0〜500までの範囲で表され、数値の解説については以下の通りです。

(出典:AIR NOW及び北京 蓝天天 | Beijing Air Quality

以上のことから、1月中旬に北京市でAQIが800に達したことが、どの程度の状況か推定できるかと思います。

 

PM2.5 (微小粒子状物質)指標とオゾン指数

中国の大気汚染問題は、隣国日本においても越境大気汚染の危惧が高いことから、ここ数日テレビや新聞などによって大きく報道されていますが、大気汚染のレベルを示す上記AQI(大気汚染指数)を計算する上で用いられる一酸化炭素、二酸化炭素、二酸化硫黄についてはわかると思いますが、「地表オゾン濃度」と「微粒子濃度」とは、どのようなもので、大気汚染や人体の健康にどのように影響するのでしょうか。

まずは「オゾン指標」ですが、地表オゾンによる汚染を示します。地表オゾンによる汚染とは自動車の排気ガス、火力発電所、工場の燃焼装置からの排気、精油所や化学工場等から大気中に排出された汚染化学物質が、地表近くの下層大気中で太陽光により化学反応を起こし、オゾンが発生します。フロンガスによる成層圏のオゾン濃度が減少することが問題になっていますが、地表近くのオゾンは人体にとっては有害な大気汚染物質です。

もう一つの「微粒子物質」は「PM2.5」とも呼ばれ、自動車の排気ガス、工場の煙突などの煤煙や煙霧中に含まれる直径が2.5μm以下(1μmは1/1000mmで2.5μmは髪の毛の太さの1/40)の「空中に浮遊している微粒子」の濃度によって示されます。これらの微粒子は非常に小さいために、大気中に排出されると地表に落ちにくく、また落ちても再浮遊しやすいため、人間が呼吸によって容易に吸い込みやすく、また一度吸い込むと排泄されにくいため、肺の奥、さらには血管まで侵入し、ぜんそく・気管支炎、肺がんや心臓疾患などを発症・悪化させ、死亡リスクも増加させると言われています。

在中国日本国大使館は「高齢者や子供、肺・心臓に疾患のある方は、大気汚染に対してより高いリスクを有するため、特に注意が必要。(北京大学の昨年の研究では北京、上海、広州、西安でPM2.5を原因として年間8千人が死亡、世界銀行と環境保護部の2007年の研究では中国全土でPM10を中心とする大気汚染により年間35〜40万人が死亡と推計)」と警告し、在留邦人に対しては、

「自分や家族の健康を守るための対策としては、以下のような対応が考えられます。
・不要不急の外出を避ける(PM2.5には安全とされる閾値がないとされているため、可能な限り汚染への暴露を減らすことが重要)。
・外出する場合は、マスクを着用する(「N95」という規格を満たしたマスクは、PM2.5を95%以上遮断します。ネット上で「口罩N95」で検索できます。)とともに、帰宅時はうがいを励行する。
・屋内(特に寝室など、長時間過ごす部屋。屋内の汚染レベルは屋外の約半分に達することもあります。)には、空気清浄機を設置する。」

と安全に配慮するように呼びかけています。

ちなみに、在中国米国大使館のリアルタイム情報によると、筆者がこのコラムを書いている2013年1月31日14時現在のPM2.5(微小粒子状物質)の値は、午前中よりは少し下がりましたが、222の「非常に不健康」ですが、直近24時間の値は60〜65%が「非常に不健康」より悪い緊急事態である「危険」な状況が続いています。

 

WHO(世界保健機関)による空気質ガイドライン値(代表値)

 

日本の大気汚染防止法

日本においては1962年(昭和37年)に「ばい煙の排出の規制等に関する法律(ばい煙規制法)」が制定され、これが日本で最初の大気汚染防止に関する法律ですが、この法律は主に、石炭の燃焼による煤塵(ばいじん)の規制を目的に作られ、それなりの効果を発揮しましたが、社会における主要な使用燃料が石炭から石油に移ったため、硫黄酸化物の排出量が増え、また自動車排出ガスの規制が含まれていなかったことも大きな問題となり対応が出来なくなりました。そこで、1968年(昭和43年)にばい煙規制法が根本的に見直され、大気汚染防止法が制定されました。この法律は、「国民の健康を保護するとともに生活環境を保全することを目的として、固定発生源(工場や事業場)からの排出又は飛散する大気汚染物質について、物質の種類ごと、施設の種類・規模ごとに排出基準等が定められており、大気汚染物質の排出者等はこの基準を守らなければならない」としています。しかし、この初期の大気汚染防止法によっても大気汚染の防止は難しく、四日市喘息などの深刻な公害問題を引き起こしてしまいました。このため、1970年に公害問題の早急な改善と汚染の防止を徹底するため、公害関係法令の抜本的整備が行われ、大気汚染防止法も大幅な改定が行われ、現在の大気汚防止法の原型がここに誕生しました。

この抜本改正による主な特徴は、(1) 都道府県による上乗せ規制を設けられるようになったこと、(2) 違反に対して直罰を科せるようになったこと、(3) 排出規制が地域限定を廃止して全国に拡大したこと、などがあげられます。特に、地方自治体の権限を強化したことは、国の制度の整備に先駆けて地方自治体が行っていた公害対策に効果的な役割を果たすこととなりました。

1972年には、水質汚濁防止法とともに、無過失であっても健康被害を生じさせた場合における事業者の損害賠償責任(無過失責任)を問えるようにして、被害者の保護を図ることを規定しました。

さらには、1974年の総量規制制度の導入、1989年の特定粉じん(アスベスト)規制の導入、1995年の自動車燃料規制の導入、1996年のベンゼン等有害化学物質規制の導入、2004年(平成16年)に、浮遊粒子状物質(SPM)及び光化学オキシダントによる大気汚染の防止を図るため、揮発性有機化合物(VOC)を規制するための改正が行われました。

現行の大気汚染防止法は、5種類の物質(以下A〜E)の排出に対して厳しく規制しています。

(A) ばい煙の排出規制

・物の燃焼等に伴い発生する硫黄酸化物
・燃焼・電気の使用に伴い発生するばい塵(いわゆるスス)
・燃焼・合成・分解に伴い発生する有害物質(カドミウム及びその化合物、塩素及び塩化水素、フッ素、フッ化水素及びフッ化ケイ素、鉛及びその化合物、窒素酸化物)

(B) 揮発性有機化合物(VOC)の排出規制

・大気中に排出され、又は飛散した時に気体である有機化合物(政令で定める物質を除く)

(C) 粉じんの排出規制

・物の破砕、選別その他の機械的処理又は堆積に伴い発生し、又は飛散する物質

(D) 大気汚染物質

・継続的に摂取される場合には人々の健康を損なうおそれがある物質で大気の汚染の原因となるもの。
※低濃度長期間暴露における有害性(長期毒性)に着目して定められています。
※該当する可能性のある物質として248種類、そのうち特に優先的に対策に取り組むべき物質(優先取組物質)として次の23種類がリストアップされています。
(1) アクリロニトリル、(2) アセトアルデヒド、(3) 塩化ビニルモノマー (別名:クロロエチレン、塩化ビニル)、(4) 塩化メチル (別名:クロロメタン)、(5) クロム及び三価クロム化合物、(6) 六価クロム化合物、(7) クロロホルム、(8) 酸化エチレン、(9) 1,2-ジクロロエタン、(10) ジクロロメタン (別名:塩化メチレン)、(11) 水銀及びその化合物、(12) ダイオキシン類*、(13) テトラクロロエチレン、(14) トリクロロエチレン、(15) トルエン、(16) ニッケル化合物、(17) ヒ素及びその化合物、(18) 1,3-ブタジエン、(19) ベリリウム及びその化合物、(20) ベンゼン、(21) ベンゾ[a]ピレン、(22) ホルムアルデヒド、(23) マンガン及びその化合物
※有害大気汚染物質については、十分な科学的知見が整っているわけではないが、未然防止の観点から、早急に排出抑制を行わなければならない物質(指定物質)としては以下の3物質、 (1)ベンゼン、(2)トリクロロエチレン、(3)テトラクロロエチレン

(E) 自動車排気ガスの排出規制

・自動車及び原動機付自転車の運行に伴い発生する一酸化炭素、炭化水素、鉛化合物、窒素酸化物、粒子状物

日本においても、かつては現状の中国と同じような大気汚染による健康被害が大きな社会問題となっていましたが、上述のようなたび重なる改正による厳しい大気汚染防止法の施行と企業などの努力によって、現在では美しい空が戻ってきていますが、隣国中国の大気汚染が国境を越えて来る可能性もあり、心配な状況と言えます。

 

まとめ

中国における大気汚染問題は、5年前の北京オリンピック以前より問題視され、各国のマラソンランナー達は「防塵マスク着用で走る!」と発言して話題にもなったほどです。

この中国における大気汚染の原因は、(1) 暖房用に使われる質の悪い石炭と日本でも昭和30年代に使われていたような簡素な手作りストーブが多く使われており、ばい煙がそのまま垂れ流しで排出されていること、(2) 多くの製鉄所や発電所など、化石エネルギーを多く使う工場などからの排煙には脱硫装置やフィルターなどの浄化装置が備えられていないことが多いこと、(3) 自動車などに使用されるガソリンや軽油などの質が悪いこと (自動車の排気性能改良や規制強化よりも質の良い燃料を供給する方が先決) などがあります。

環境法規制があっても取締官へのワイロが逃げ道になっているという噂もあります。また、環境汚染は大気だけではなく、水質汚濁や「毒地」と言われる土壌汚染はさらに深刻な状況になっているようです。大気汚染よりは水質汚濁、水質汚濁よりは土壌汚染の方が、除染ははるかに難しいと言え、回復までには膨大な投資と時間が必要となることは、我が国も経験した問題です。しかし、共産主義である中国では「国営企業だった時代の汚染は誰の責任か?」と言う大きな問題がありますが、国や党が責任を認めることは難しいとも思われ(対策費用を誰が拠出するかと言う問題)るため、法規制を強めるだけでは解決しない問題であり、「回復には数十年単位での努力が必要」と言われています。

日本においても昭和30年代初期から昭和40年代末期の高度成長期には現在の北京と同様に、東京や大阪などの大都市では冬場にはスモッグによって視界が遮られ、夏場には光化学スモッグが発生しましたが、環境技術の発達によって産業の成長を遮ることなく、大気・水の汚染はほぼ回復しましたが、土壌については現在もなお、時として過去に起こった問題が発現しています。

現在は、東京都心から天気の良い日には100kmも離れた富士山の冠雪した姿が眺望できます。東京や大阪は世界有数の巨大都市ですが、同時に世界有数のクリーンな都市でもあり、日本人として誇りに感じて良いと思いますし、水と空気が清浄であるが故に、その存在を意識しなくて済むのは幸福なことだと言えると思います。

 

参考文献及び引用先

注意

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