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情報発信日:2013-10-25
2013年6月19日付けのWeb版日本経済新聞に「中国、次世代原子炉の開発急ぐ『トリウム』に脚光」と題する記事が掲載されました。トリウム溶融塩原子炉とは、レアアースの採取時に副産物として産出し現在大量に余剰があるトリウムをウランの代わりに燃料として使い、万一の場合にも原理的に炉心溶融(メルトダウン)の危険がなく、さらに放射性廃棄物が少ないという、良いことずくめの夢のような原子炉の開発が中国で急がれているとのことです。
日本も過去において、米国と共同開発を進めた経緯があるようですが、現在は米国も日本もこの第四世代の原子炉といわれるトリウム溶融塩炉の研究開発は進めていないようです。NPO法人「トリウム溶融塩炉国際フォーラム」という団体が存在し、2013年5月9日の第17回原子力委員会でトリウム溶融塩炉の現状が報告されています。
福島第一原子力発電所の事故に起因し、2013年9月30日現在、日本国内の原子力発電所は全てが停止という異常な状況にありますが、原料も豊富にあり、放射性廃棄物も少なく、万一の場合にも炉心溶融(メルトダウン)の危険性もないという、良いことずくめの夢のようなトリウム溶融塩炉とは、どんな位置づけにあるのか、何故日本や米国で研究開発が中止されてしまったのか、どんな課題があるのかなど、現在公開されている資料を基にトリウム溶融塩炉について解説して行きたいと思います。
溶融塩原子炉(MSR:molten salt reactor)とは、NPO法人「トリウム溶融塩炉国際フォーラム」の吉岡律夫・木下幹康両氏が2013年5月9日に開催された第17回原子力員会において「トリウム溶融塩炉の開発の現状について」と題する報告書の冒頭において、「フリーベ(LiF-BeF2:フッ化リチウムとフッ化ベリリウムの混合塩) と称する弗化物熔融塩に、親物質としてトリウムをThF4(フッ化トリウム)の形で混入した混合熔融塩(約500℃以上で液体)に、核分裂性物質として少量のUF4(フッ化ウラン)またはPuF3(フッ化プルトニウム)を混合したものを燃料とする液体燃料炉で、この混合物(燃料塩)と黒鉛減速材及び数本の制御棒を並存させて炉心を構成し、燃料塩自体を循環ポンプにより炉心内外に循環させる炉である」と説明しています。
一方、福島第一原子力発電所に代表されるような、いわゆる商用の原子力発電所の原子炉のほとんど、米国で開発された軽水炉と呼ばれるタイプでは、「燃料」となるウラン、プルトニウム、核分裂によりウラン、プルトニウムから飛び出した中性子の速度を弱めるための「減速材」(通常は水を使います)、核分裂で得た熱エネルギーを原子炉の外に取り出すための「冷却剤」(通常は水です)、及び、核分裂を制御するための「制御棒」と、緊急時に核分裂を停止させるための「緊急炉心冷却装置」から構成されています。
これだけの説明では、既存の軽水炉型原子炉と溶融塩炉との違いがはっきりしないと思います。
まず、既存の軽水炉の燃料は、濃縮ウランとプルトニウムのペレットと呼ばれる粒上の固体が棒状となって複数が並び、原子炉内部に固定されています。原料の間に制御棒を配し、核分裂を制御します。
一方の、溶融塩炉における燃料は、混合金属塩の形にして高温で溶融し、液体の形で原子炉内部と外部を循環します。原子炉内部で核分裂が起こり発生した熱は、原子炉を循環している原料溶融塩と熱交換器を介して二次冷却剤の他の溶融塩に転移させ、取り出します。このため、緊急事態が起きて、制御不能となった場合には、液状の燃料である溶融塩を原子炉直下に設けたドレンタンクに排出してしまえば、核反応は停止し、自然冷却されるために、安全であると説明がなされています。
即ち、溶融塩原子炉において、核燃料はそれ自体が他の固体または冷却剤の中に溶融され液体として原子炉の内外を循環します。そして、核燃料は原子炉内に入った時のみ、黒鉛の減速材によって制御されて臨界状態になり、炉から出て減速材と接触しない状態では核分裂反応は起こっていません。
溶融塩原子炉は小型化が可能なため、初期(1954年頃)には航空機用として検討され、1965-1969年にはトリウム燃料サイクル増殖炉原子力発電所用として研究開発が行われました。
溶融塩原子炉は構造が単純で小型化が可能なため、上述のように米国において第二次世界大戦後に出力2.5メガワットの航空機搭載用原子炉の開発が始まり、3基の実験炉が試作されました。実験にはNaF-ZrF4-UF4(フッ化ナトリウム、フッ化ジルコニウム、フッ化ウラン)の溶融塩が燃料として使われ、酸化ベリリウムが減速材、液体ナトリウムが冷却剤として使用されました。最高運転温度は860℃で、1954年に1,000時間運転されました。なお、溶融塩などの材料は腐食性が強いので、構造材や配管にはインコネル600合金が用いられました。
次いで、原子力発電所を目的とした大型実験炉の研究開発が1960年代に入りオークリッジの国立研究所で進められ、出力7.4メガワットで実験が行われました。さらに、1970年代にはLiF-BeF2-ThF4-UF4(フッ化リチウム-フッ化ベリリウム-フッ化トリウム-フッ化ウラン)を燃料、減速材に黒鉛、NaF-NaBF4を冷却剤として使用した溶融塩炉が設計されましたが、実際には建設されずに終わり、それ以降米国における溶融塩炉型原子炉の研究開発は実質的に停止したようです。
日本でも、1980年代から1990年代にかけてトリウム溶融塩炉の基礎研究や要素開発が進んだ時期もありますが、現在は下火になっているようです。
現在、第四世代原子炉といわれる溶融塩炉の研究開発はインド及び中国で盛んに行われているようです。これは、レアアース鉱石の精錬に伴って不純物として分離されるトリウムが大量に得られるため、これを溶融塩として燃料に使用する溶融塩炉開発は、燃料問題においても大きなメリットがあり、中国の電力を数百年賄える量があるといわれています。
トリウム232は中性子が当たるとウラン233に変わりますが、これが核分裂を起こしてエネルギーを発生する点では従来の原子炉と同じですが、トリウム溶融塩炉ではトリウムをフッ化物と混ぜ、さらに少量の核分裂性物質を加えて高温で溶融し液体化させて燃料とし、発生した熱を取り出す冷却剤としても溶融塩を使います。即ち、もともと液体状で反応が起きているため、日本などが実用化している軽水炉のように、事故によって暴走した場合でもメルトダウンは起こりません。また、ウランの核分裂反応に比べて、プルトニウムの生成量が少ないとされており、核拡散防止の観点からも有利といわれています。また、燃料の再利用も容易で、この過程においてプルトニウムや放射性廃棄物が消滅していくことになるそうです。
トリウム溶融塩炉の利点はいろいろありますが、燃料のトリウムが容易に得られるほか、固体燃料を使用する軽水炉に比べて「安全である」点が強調されています。トリウム溶融塩炉では燃料の反応熱が小さく、また燃料であるトリウム溶融塩は700℃程度の液体で、自然循環し空冷が可能であるため、福島第一原子力発電所の事故で生じた冷却機能喪失があっても、受動的な安全が保たれます。即ち、現在の主力である軽水炉等のような燃料棒自体が存在しないため、冷却機能喪失時の燃料棒の溶解及び燃料棒と冷却水との反応による水素発生は起こりません。
さらに、万一の事態が生じた場合には、重力によって燃料である溶融塩を一次系の下部に設置されているドレンタンクへと自動排出させる安全装置が設置されています。ドレンタンクと一次系はフリーズバルブという安全弁により連結されています。冷却機能が失われて燃料の過熱が生じた場合、このバルブが熱溶融して、外部からの制御なしに燃料塩は下部のドレンタンクに自動的に排出されます。ドレンタンクに排出された燃料塩は、自然冷却されて凝固します。ドレンタンク内には、核分裂反応を誘発する物質がないため、再臨界も起こらないといえます。
また、トリウムは増殖する(転換)ため、燃料消費が少なく理論的には燃料交換なしで30年もの長期運転が可能とされています。そして、従来型の100万kw級の軽水炉を1年間運転すると、約230kgのプルトニウムが生成するのに対して、同規模のトリウム溶融塩炉では約0.5kgと計算されるそうです。このため、燃料交換回数が減り、プルトニウムの生成量も減りますので、再処理工場の稼働も少なく、核兵器の原料であるプルトニウムの拡散の心配も少なくて済むなど、良いことずくめの夢の原子炉になりうると期待されています。
以上に述べてきたように、トリウム溶融塩炉は従来の軽水炉型原子炉など固体燃料を使用する原子炉と比べて、燃料資源面、効率面、安全面など優れた点が多く挙げられていますが、実際には米国においても日本においても、研究開発は途中で中断されています。このトリウム溶融塩による原子炉を実用化するに当たり、どのような点が問題であり、どのような技術的な課題を解決する必要があるのか興味のあるところです。
まずは、溶融塩として用いられるフリーベ (LiF-BeF2:フッ化リチウム-フッ化ベリリウム) の構成元素であるベリリウムやフッ素に関する化学的毒性の問題があります。ナトリウムやリチウムは金属ですが、単体では自然に発火したり爆発したりする危険性も有しています。次に、使用済み燃料に含まれるタリウムの同位体が強烈なガンマ線を放つため、遠隔操作によってタリウムを分離するといった極めて高度な技術による再処理が必要であり、これを行うには巨額の設備投資をする必要があるようです。そして、最大の問題は、トリウム溶融塩が強烈な腐食性を有していることにあります。上述の米国の開発においても、溶融塩と接触する反応器や配管にはインコネル600が使用されたと記載されていますが、600℃から800℃に達する溶融塩と30年も流体として接触して完全に耐え得る材料を開発する必要があります。不測の事態が起きた場合に、燃料の溶融塩は反応器の下部にドレンされるように設計したとしても、ドレンされる事態が起きれば即廃炉という状況に至ってしまうといえます。
現状の原子炉においても、配管や装置に予測不能な原因で亀裂が発生するなどの事故が多々起こっていますので、このような高温の超腐食性流体をいかに安全かつ確実に制御できるかが、非常に大きな課題といえるかと思います。
第四世代の原子炉として期待され、中国やインドでし烈な開発が行われているトリウム溶融塩炉型の原子炉は、トリウム232に中性子を当てるとウラン233に変化し、この核分裂で生じるエネルギーを利用するものですが、
(1) 原料のトリウムはレアアース精錬の過程で生じる副生成物で、量的には中国の電力数百年分を賄えるほど大量にある。
(2) 固体燃料を使用する従来型の軽水炉などと比べて、不測の事態により冷却機能を喪失しても外部からの信号なしに自然冷却停止が可能で安全。
(3) 反応の過程でプルトニウムの生成が僅かであり、核兵器への転用が難しいため、核拡散防止が容易。
(4) 使用燃料が少なく済み、理論的には30年の連続稼働が可能。燃料の再処理も少なく済む。
など多くの利点がある反面、
(1) 燃料に使用する、フッ素やベリリウムなどの化学的毒性問題
(2) 使用済み燃料に含まれるタリウムが放出する極めて強いガンマ線問題
(3) 高温で超腐食性を有する溶融塩に対する反応器や配管類の材料問題
など、技術面、安全面、コスト面で、越えなければならない問題も多いようですが、逆にこれらの課題が解決出来れば安全な原子力エネルギーが手に入るともいえますので、今後この研究開発がどのように進むか注目して行きたいと思います。