ホーム > 環境について > 環境関連情報 > 動物由来感染症について #2
情報発信日:2013-8-26
2013年5月24日付け本コラム「動物由来の感染症 #1」において、「中国政府は2013年3月31日付けで『H7N9型鳥インフルエンザウイルスが世界で初めて人に感染した』と発表した」ことを述べました。この鳥インフルエンザは4月に入ると感染者が急激に増加し始めましたが、中国政府の「市場における生きたままの鳥の取引の禁止」が功を奏したのか、減少に転じ5月には新たな感染者は激減したため、中国政府が終結宣言を出し、取り敢えずはひと安心ということでしょうか。
一般的に、生物の伝染性疾病の多くは種を越えては感染しないのが普通ですが、細菌やウイルスなどの原始的な生命体は構造が単純な故に自らが生存する環境変化に適用するために簡単に変異を繰り返します。
特に、最近は森林の伐採などの環境破壊によるヒトと野生生物の居住地域の接近やペットとしての野生生物の輸入などによって、従来にはなかった動物からヒトへの新しい感染症が増加しており、しかも感染すると重篤な疾病を引き起こす場合が増加傾向にあります。
中国での鳥インフルエンザの原因であるH7N9型ウイルスも元々は野生のカモが持っていたもので、これがアヒルや鶏などの家禽に感染し、これがヒトに感染するように変異したと考えられていますし、2003年にやはり中国で出現した重症急性呼吸器症候群(SARS)の原因ウイルスはハクビシンと推定されました。さらに、2012年に中東で初めて患者が発見されたコロナウイルスによるMERS(Middle East respiratory syndrome coronavirus)はSARSに似ていますが、別のウイルスで本来はコウモリを宿主とするウイルスが原因と推定されています。コウモリとヒトでは、動物の種としてはかなり異なりますので、コウモリのウイルスが直接ヒトに感染したのではなく、いくつかの中間宿主を経てヒトに感染した様ですが、詳細はまだ判っていないようです。
このように、ヒト以外の動物から種を越えてヒトに感染する病気をズーノーシス(Zoonosis:人獣共通感染症)、または、動物由来感染症と呼びます。
我々の身近に暮らしている猫や犬、小鳥などもヒトに感染する病気を持っていますので、可愛いからといって安易に手を出したりすると噛まれたり、引っかかれたりして思わぬ病気になることもありますので注意が必要です。
このような状況において、厚生労働省や環境省が動物由来の感染症に関するハンドブックやガイドラインを公表していますので、概略を紹介したいと思います。
ヒトの健康や疾病に関する管轄官庁は厚生労働省、動物の健康や疾病問題を担当するのは農林水産省ですが、2007年に「人と動物の共通感染症に関するガイドライン」を環境省が公表しています。その後、2013年に厚生労働省が「動物由来感染症ハンドブック」を発行しています。前者は、比較的専門家向けでページ数は77ページ、後者は一般向けでイラストや表などを使い、わかりやすく解説していますので、主に後者を引用し、ヒトと動物共通の感染症について、要点を説明したいと思います。
まず「動物由来感染症」とは、文字通り動物からヒトに感染する病気の総称です。ヒトと動物に共通する感染症をWHO(世界保健機関)ではズーノーシス(Zoonosis)「脊椎動物とヒトの間で自然に移行する全ての病気または感染(動物では病気にならない場合もある)」と定義しています。なお、「動物由来感染症」には、感染するとヒトも動物も重症になるもの、動物は無症状でもヒトに感染すると重症化するもの、その逆に動物に感染すると重篤になるがヒトには感染しないもの等、その病原体により種々のものがあります。
古くから動物からヒトに感染する伝染病としては狂犬病、日本脳炎、オウム病、エキノコックス症、ペスト、破傷風など多くの感染症が知られていましたが、近年になり動物由来感染症が大きな問題になってきた背景は、人間の生活環境が大きく変化したことが挙げられます。例えば、高速列車や航空機など交通手段の目覚ましい発達により、膨大な人と物の移動、人口の都市集中化、土地開発などによるヒトと動物の生活圏の接近、先進国における高齢者の増加、野生生物のペット可、動物工場のような形態での動物性食品の生産など自然環境や生活環境の大きな変化があります。このような環境変化において、今まで未知であったり感染症が明らかになったり、忘れられていた感染症が勢いを取り戻したりしています。
最近では、世界で従来知られていなかった多くの新しい感染症(新興感染症)が次々に見つかっていますが、その多くが動物由来の感染症であることがわかってきました。その中には、数年前に中国で流行したSARS、エボラ出血熱、マールブルグ病、ハンタウイルス杯症候群など感染力が強く重症化するものや、有効な治療法がまだ開発されていないものもあります。これらの新興感染症を除いてもWHOが把握している旧来からの動物由来感染症だけでも150種類以上あるといわれています。しかし、日本においては寄生虫による疾病を入れても動物由来感染症は数十種類程度しかないと推定されています。これは、日本が島国であり、大陸と隔絶されていること、家畜の衛生対策がしっかりなされていること、衛生観念の強い国民性などによると思われます。
病原体である細菌やウイルスに感染して病気になることを「伝播」と言いますが、動物から直接ヒトに感染する「直接伝播」と感染源である動物とヒトの間に何らかの媒介物が存在する間接伝播があります。
動物由来感染症の原因となる病原体は、大きいものでは数センチ(時には数メートル)も有る寄生虫から電子顕微鏡を用いなければ観察出来ないウイルスまで、様々な病原体が有ります。また最近では、従来の微生物やウイルスの概念とは異なるプリオンと言う異常タンパク質によるものも有り、伝染性海綿状脳症(牛の狂牛病や人間のクロイツフェルト・ヤコブ病など)などが知られる様になって来ました。
人間は、この地球上において多くの動物と共存していると言うことを常に意識して行く必要があります。そして、それらの動物達は時として我々人間に感染する病原体を持っており、感染した場合には極めて重篤な疾病、場合によっては死に至ることもあると言うことを知らなければなりません。
我々の身近に居るペットであっても油断することなく、節度を持って接しなければならないと言うことです。また、近年は人口の増加に伴う森林などの開拓により野生動物と人間の生活圏が接近したり、高速で大量移送可能な交通網の発達があったり、地球の気候変動が起こったりして、従来は接触することがなかった生物と接触する機会が増えたり種々の面で野生動物と接する機会が増加傾向にありますので、可愛いとか興味本位で無警戒に接触することは慎むべきと言えます。また、日頃から衛生面での注意を怠らないことが必要と言えます。