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情報発信日:2015-10-22
2014年6月25日に公布された「労働安全衛生法の一部を改正する法律(平成26年度法律第82号)」が2014年中から2016年6月までの間に順次施行されます。
改正項目は7項目あり、項目ごとに施行時期が異なりますが、中でも企業に大きな影響を与えると思われるのが、「化学物質に関するリスクアセスメントの実施義務化」と「ストレスチェックの実施義務化」ですが、本コラムでは2016年6月までに施行が予定されている「化学物質に関するリスクアセスメントの実施義務化」について解説したいと思います。
厚生労働省の資料によると化学物質(危険物、有害物)に起因する労働災害(休業4日以上)は、下図の通り年間600〜700件発生しています。
図1 化学物質(危険物、有害物等)に起因する労働災害(休業4日以上)の推移
(出典:厚生労働省/労働者死傷病報告)
内訳を見ると、有害物による件数は300〜400件で全体の約50%を占めています。特に増加も減少もなく横ばい状況で推移していますが、今回の改正の背景には2012年3月に大阪府内の印刷会社において1,2ジクロロプロパンが原因物質とされる胆管癌患者が17人発生し内9人が亡くなった事件があると思われます。
高濃度かつ長期間の暴露による胆管癌発症の原因物質とされた1,2-ジクロロプロパンは当時、特別規則の対象とはなってはいませんでした。このため事業者はリスクを認識することもなく、リスクアセスメントを適切に行っていなかったと言われています。また、労働安全衛生法の下では、特別規則対象外の物質については、リスクアセスメントは「努力義務」であったため、事業者がその必要性を認識しない限り、リスクアセスメントの実施による従業員に対する安全確保が行われなかったとも言えます。
大阪府の印刷会社における胆管癌の発生はこのような状況下で起こったため、直ちに労働安全衛生法の改正が検討され、今回の改正において、一定の危険性・有毒性が確認されている化学物質についてリスクアセスメントの実施が義務付けられることになったと言えます。
従来の労働安全衛生法においては、化学物質のリスクアセスメントは「努力義務」として規定されていましたが、今回の改正により「義務化」されました。
注) リスクアセスメント実施義務のある上表の640物質に関する具体的な名称・リストは、厚生労働省が2011年3月7日付けで公表している「化学物質の表示・文書交付制度のあらまし」を参照してください。
リスクアセスメント実施義務を負う対象者は、業種・事業規模に関わらず、一定の危険・有害性が確認されている上述640種類の化学物質を製造または取扱いがある全ての事業者。
上記事業者が対象となる化学物質を他の事業者などに移動する場合には、該当する化学物質の危険性や有害性に関する情報を適切に伝達するため、安全データシート(SDS)の交付が義務付けられています。
一方、リスクアセスメントの実施は、当該化学物質を事業の中で取り扱う労働者の安全確保を目的としており、実施義務を負う事業者は安全データシート(SDS)を交付する事業者とは必ずしも重複しない場合もあります。
例えば、製造業以外の農林漁業、鉱業、建設業、飲食業・宿泊業、医療・福祉、クリーニング・理美容業・浴場、廃棄物処理業など、事業の内容から安全データシート(SDS)の交付義務を負えない業種であっても、今後は対象物質を把握し、リスクアセスメントの実施義務を負うことになります。
化学物質のリスクアセスメントとは「化学物質を取り扱う際に生じる負傷・疾病の重篤度と発生の可能性を調査し、労働災害が発生するリスクの大きさを評価する」ものと言えます。
具体的な実施時期や手順については、2016年6月の施行までに省令で定められる予定です。現在事業者が既に実施しているリスクアセスメントとほぼ大きな変更はないと予想されていますが、参考として2009年3月に中央労働災害防止協会が発行したパンフレット「健康障害防止のための化学物質リスクアセスメントの進め方」から手順を以下に示します。(詳細はパンフレット参照)
【ステップ1】 リスクアセスメントを実施する担当者を決定する。
【ステップ2】 リスクアセスメントを実施する単位に区分する。(製造工程、取扱い工程、取扱い場所など)
【ステップ3】 ステップ2の単位区分ごとに使用している化学物質を特定する。または作業内容を把握する。
【ステップ4】 ステップ2で切り出した取扱い場所等における労働者を特定する。
【ステップ5】 化学物質の有害性情報(MSDS)を入手し、有害性を格付けし、特定する。<ハザード評価の実施>
※この時、MSDSの内容がGHS対応であることを確認する。
※GHS(Globally Harmonized System of Classification and Labelling of Chemicals) とは、化学品の危険有害性(ハザード)ごとに分類基準及びラベルや安全データシートの 内容を調和させ、世界的に統一されたルールとして提供するものです(環境省)。
【ステップ6】 化学物質による暴露の程度を特定する。<暴露評価の実施>
・実測値がある場合:作業環境測定値、個人暴露濃度測定値、または生物学的モニタリング値から特定する。
・実測値がない場合:化学物質の取扱量、揮発性などの作業環境濃度レベルと作業時間、作業頻度などの作業条件とで総合判断する。
【ステップ7】 リスクレベルを判定する。<リスクレベルの決定>
・Ⅴ:耐えられないリスク、Ⅳ:大きなリスク、Ⅲ:中程度のリスク、Ⅱ:許容可能なリスク、Ⅰ:些細なリスク、S:眼と皮膚に対するリスク
【ステップ8】 暴露の防止、または低減するための措置を検討する。ステップ7で決定したリスクレベルに応じた対策の検討
【ステップ9】 ステップ8の検討結果に基づく実施及びリスクアセスメント結果を記録する。
【ステップ10】 リスクアセスメントを再実施(見直し)する<PDCAサイクル>
化学物質のリスクアセスメントを実際に行う場合、多くの種類の化学物質を扱う事業者には作業量が膨大になる可能性があります。また、中小企業においては必ずしも化学物質に詳しい担当者が居るとは限らない場合もあります。このため、この法律が施行されて初めて化学物質のリスクアセスメントを実施しようとした場合、困惑する事業者も多いと想定されます。
このような事業者に対しては、リスクアセスメントの実施が初めてでも容易に実施が出来るように「コントロール・バンディング」と呼ばれる支援システムが厚生労働省により準備されていますので、このツールを使うことをお勧めします。
職場の安全サイトの支援ツールの入口ページ下部の「リスクアセスメント開始」をクリックすることでアセスメントが簡単に行えます。なお操作のマニュアルも準備されています。
事業者はリスクアセスメントを実施した結果から該当する化学物質について、労働安全衛生法に基づく労働安全衛生規則や特定化学物質障害予防規則等の特別規則に講ずべき措置が定められている場合には、当該措置を講じる義務が生じます。また、法令に定めがない場合でも、リスクが高いと判定されたものから優先的に事業者判断により、必要と思われる措置を講じることが努力義務とされています。
大阪の印刷会社において17名もの胆管癌患者が発生し、うち9名が死亡した事件では、当時の労働衛生安全法におけるリスクアセスメント面では問題がなかったが、産業医の選任を怠るなど衛生管理体制に問題があったとして略式起訴され、生存患者や遺族にはそれぞれ1000万円超の補償金を支払うことで和解が成立しました。
後に胆管癌の原因物質は特別規則の対象とはなっていなかったインキ用の有機溶剤である1,2-ジクロロプロパンと判明しました。化学物質には種々の毒性を有するものがありますが、特に有機溶剤は接着剤、洗浄剤、塗料、殺菌剤など多くの他の化学物質と混合して使用される場合が多々あります。従業員が業務上で扱う化学物質に危険性・有害性がある場合には、暴露した作業者に深刻な健康被害を引き起こす可能性があります。企業によっては有害な化学物質を種々扱う場合があると思われますが、労働者の安全を確保するためにも、化学物質の管理は大変重要な課題と言えます。
2016年6月に改定労働安全衛生法が施行されますが、化学物質を扱っている企業においては、リスクアセスメントを実施する必要があります。まずは扱っている化学物質が規制の対象となる640物質にリストアップされているか否かの確認を早急に行う必要があります。
今まで、化学物質のリスクアセスメントの経験がない場合には、上述の厚生労働省が準備している「リスクアセスメント支援システム」を使ってみることをお勧めします。