ホーム > 環境について > 環境関連情報 > 放射線による健康影響等に関する統一的な基礎資料 #10
情報発信日:2014-9-24
東日本大震災が発生してから4度目となった今年の夏は、初めてすべての原子力発電所が完全停止した夏でしたが、福島第一原子力発電所の事故によって大気中に放出された放射性物質は、広島に投下された原子爆弾に比べてヨウ素131及びストロンチウム90は約2.5発分、セシウム137に至っては169発分と推定されます。
ところが、その放射性物質や放射線は無味、無臭、無色で目には見えませんし、その量も専用の測定器がないと感知することが出来ません。また閾値を超えた線量を浴びた場合には重大な健康被害が生じるため、実際に被ばくした場合でなくても被ばくに対する恐怖心やストレス、あるいはその他の社会的要因による健康被害、特にこころの健康の問題が生じる場合もあります。
※以下、環境省公表の「東京電力福島第一原子力発電所の事故に伴う放射線による健康影響等に関する国の統一的な基礎資料 平成24年度版 ver.2012001」を主な資料として記述します。
a) 将来の不確実性
b) 住居・住居の安全の不確実性
c) 社会の偏見
d) 執拗な報道
e) 避難先の習慣の違い
f) 災害予告ができない
g) 被害の範囲の把握が困難
h) 長期に渡る健康障害
※a)〜h) のうち、f), g), h) が放射線災害特有
(出典:環境省、原子力安全委員会、被ばく医療分科会 心のケア及び健康不安対策検討会)
放射線災害特有のストレスのうち、特にh) の「いつがんになるかも知れない」という不安を長い間抱え続けるというものがあります。
原子力災害の場合、発生直後の放射線状況がわからない「緊急被ばく状況」下では、100mSv以上の被ばくは回避することが優先されます。放射線状況が把握され、線量が大きく動かないことが確認された地域は「現状被ばく状況」とみなされ、より低い参考レベルが設定され、線量低減が図られます。
福島原子力発電所事故では、自然災害による被害と重なり、避難や除染、救援活動が思うように進まず、被災者に心身ともに大きなストレスを与えました。
また緊急被ばく状況下での初期被ばく量の推定が難しいことも、多くの人が放射線影響に強い不安を感じている原因となっています。
a) 放射線事故が起こったら…
・「ある程度不安がある」が普通
・特に、親が子供の健康を心配するのは当然⇒むしろ子供を愛している証拠
b) 過剰な不安が長く解消されなければ…
・メンタルヘルスが悪化する
・母親の不安が子供の精神状態に影響する可能性も
c) 不安増大に繋がる行動例
・情報源(根拠)がはっきりしない情報を集める
・科学的に正確ではない情報を集める
被災者の心理的支援には、現実的な問題の解決を助けたり、対処に役立つ情報を提供したりすることが有効であることが知られています。
原子力災害の場合は、問題となる放射線影響を理解したり、防護方策を考える上で、専門的な知識を必要としたりします。
チェルノブイリ事故でも、そして福島でも、専門家と地域住民との対話が行われていますが、専門家からのサポートにより、被災者自身が放射線の問題を解決できるようになると、心理的ストレスの低減にも大きな効果があります。
放射線防護の専門家と福島原発の被災者との対話の成果として、ICRP (International Commission on Radiological Protection:国際放射線防護委員会) から具体的な提案が行われています。その中には、地域社会の優先の反映、被ばく線量に関する情報と機器の提供、食品に関する継続的フォーラムの創生、放射線防護の文化形成などが含まれています。
原子力災害の心理的影響というのは、よくあげられる事例にチェルノブイリ事故による影響があります。
放射線による直接の健康影響よりも心理的影響の方が大きかったと、IAEA (International Atomic Energy Agency:国際原子力機関)やWHO (World Health Organization:世界保健機関) による取りまとめに記されています。
確かに、チェルノブイリ事故では精神的ストレスから身体不調を訴えた人が多かったのですが、全て放射線の影響を心配してのことではありません。ソ連崩壊によって社会・経済が不安定化し、大きな精神的ストレスが加わりました。それらが複雑に絡み合った結果であると考えられています。
WHOは、原子力災害でのストレスによって、どのような精神医学的影響が見られたかを4つの事象に要約しています。
a) ある研究者の報告によると、被ばく者集団と対象集団を比較した場合、説明できない身体症状や自己評価による健康不良を申告する割合が対象集団の3-4倍に上ります。
b) 事故発生時に妊娠中であった母親達が、生まれてきた子どもの脳の機能への影響を非常に気にしていることが分かっています。例えば母親たちに「自分の子供は記憶力に問題を抱えていると思うか」といったアンケートでは、そう思うと答えた母親は、非汚染地区(7%)に比べ、強制避難地区(31%)では4倍になりました。
c) 汚染除去作業者への脳機能への影響。
d) 汚染除去作業者の高い自殺率。
a) 事故直後の処理や除染に参加した作業者は事故から20年経過しても、まだ彼らの抑うつとPTSD(Post Traumatic Stress Disorder 心的外傷後ストレス障害)の割合が高い。
b) 高汚染地域住民の子供の精神医学的影響については研究によって結果はさまざま。
c) 一般集団についての研究では、自己申告による健康状態の不調、臨床的あるいは前臨床的な抑うつ、不安、および、心的外傷ストレス失調症の割合が高い。
d) 子供達の母親は、主に家族の健康のことが何時までも気になっていて、精神医学的な高リスクグループに留まっている。
チェルノブイリ事故以降、精神的なストレスによると推定される自然流産が増えたとされる報告がありますが、奇形に関しては、様々な報告がありますが、決定的な影響を示すものはないようです。
・事故以前からの登録事業(欧州における奇形児・双子出産登録)
EUROCAT(先天異常の疫学的監視のための組織でヨーロッパにおいて20か国150万の出生データを保存)加盟9ヶ国18地域のデータでは、事故前後で奇形発生率に変化なし
・フィンランド、ノルウェー、スウェーデンの北欧3ヶ国で、事故前後で奇形発生率に変化なし
・ベラルーシ:汚染地域かどうかに関わらず、流産児に奇形登録増加(報告者の偏見の疑いあり)
・ウクライナ:Rivne州のポーランド系住民(森の住民)で神経管欠損増加(但し、放射線の影響の他に、葉酸欠乏、アルコール依存症、近親婚などの影響も排除できない)
チェルノブイリ原発事故の際に、妊娠中だった母親から生まれた子供に関して調査を実施。
対象:
(胎内被爆群):事故当時妊娠中でチェルノブイリ原発の近くに住んでいた母親から生まれた子供138人と母親
(対照群):事故当時妊娠中であったが、非汚染地域に住んでいた母親から生まれた子供122人と母親
6〜7歳時及び10〜11歳時の2回調査が行われました。2回の調査ともに、言語障害、情緒障害の発生する頻度は、対照の非被ばく児と比べて胎内被爆児の方が統計学的に多いという結果が出ました。また、知能指数の平均も、非被ばく児に比べて平均以上の子供が少なく、正常と精神発達遅滞との境界域の子供が明らかに多いという結果が出ました。一方、親に対するストレス評価指標調査の結果、親の不安症の頻度と子供の情緒障害の間には明らかな相関が認められました。
放射線による健康影響に対する過度な不安は、精神だけでなく身体を傷つけることもあります。例えば、自殺やアルコール依存症、それと人工流産(中絶)で、チェルノブイリ事故発生直後、欧州では人工流産が増えました。
(遠隔地での人工流産の増加)※チェルノブイリ事故の発生:1986年4月26日
・ギリシャ(事故の影響は1mSv以下)では、1986年5月に妊娠初期の胎児の23%が人工流産したと推定。1987年1月の出生率が激減
・イタリアでは、事故後5ケ月間は1日当たり約28〜52件の不必要な中絶があった。
・デンマーク:少しはあった
・スウェーデン、ノルウェー、ハンガリー(胎児の被ばく量が100mSvを越えない限り中絶は許されない)はなかった。
毎年、世界の研究者による放射線の線源や影響に関する多くの研究成果が発表されています。 これらの研究発表に対して、国連科学委員会(UNSCEAR:United Nations Scientific Committee on the Effects of Atomic Radiation)が包括的かつ政治的に中立的な立場で評価し定期的な報告書としてまとめます。
国際放射線防護委員会(ICRP)は、この国連科学委員会などの報告を参考にしながら、放射線防護の枠組みに関する勧告を行います。
我国では、ICRPの勧告や国際原子力機関(IAEA)が策定した国際的な合意形成による「基本安全基準」を参考に「放射線防護基準」を定めています。
国際放射線防護委員会(ICRP)は、放射線防護に関する基本的な枠組みと防護基準を勧告することを目的とする機関です。主委員会と5つの専門委員会(放射線影響、線量概念、医療被ばくに対する防護、勧告の適用、環境の放射線防護)で構成。
a) 人の健康を防護する
・放射線による被ばくを管理し、制御することにより、「確定的影響を防止し、確率的影響のリスクを合理的に達成できる程度に減少」させる。
b) 環境を防護する
・有害な放射線影響の発生防止、または頻度の低減
放射線の健康影響には、 確定的影響と確率的影響がある
a) 約100mGyまでの吸収線量域では、どの組織も臨床的に意味のある機能障害を示すとは判断されない。
b) 約100mSvを下回る線量域では、確率的影響の発生率は臓器や組織の等価線量の増加に比例して増加すると仮定する。
c) 固形がんに対する線量・線量効果係数は「2」(1回被ばくに比べ、少しずつの被爆では、同じ総線量を受けた場合の影響の出方が1/2になる。)
d) 低線量において、直線的反応を仮定すると、がんと遺伝性影響による致死リスクは1シーベルト当たり約5%。
米国の考え:放射線被ばくには「これ以下なら安全」と言える線量はない。 フランスなどの考え:一定の線量より低い放射線被ばくでは、がん、白血病などは実際には発生しない。⇒ICRPは、放射線防護の目的上、LNTモデル(100mSv以下でも確率的影響のリスクは被ばく線量に比例する。)を採用。
a) 正当化:放射線を使う行為は、もたらされる便益(ベネフィットとメリット)が放射線のリスクを上回る場合のみ認められる。
b) 防護の最適化
c) 線量限度の適用(100mSv以下の確率的影響領域においても、がんや白血病の発生率は被ばく線量に比例するとのLNTモデルの適用)
防護の三原則の一つ「防護の最適化」とは、個人の被ばく線量や人数を、経済的及び社会的要因を考慮に入れた上、合理的に達成できる限り低く保つこと。この原則をALARA(As Low As Reasonably Achievable)アララの原則と言います。
放射線を使用するメリットが放射線によるリスクを上回る場合は、可能な限り被ばく量を減らして放射線を利用します。防護の最適化とは、社会・経済的なバランスも考慮しつつ、出来るだけ被ばくを少なくするように努力することで、必ずしも被ばくを最少化するという意味ではありません。
防護の最適化を進めるために、利用されるのが、「線量拘束値」や「参考レベル」です。
線量拘束値や参考レベルは特定の線源からの個人に対する線量を制限するために用いられます。
一方、「線量限度」は規制された線源からの被ばく線量の総和を制限します。
東京電力福島第一原子力発電所事故による被ばくを合理的に低減する方策を進めるためには、新たな概念である「参考レベル」が用いられます。参考レベルは線量限度とは異なるものです。
一人一人が受ける線量がばらついている状況において、不当に高い被ばくを受ける人が居ないようにするのが「参考レベル」の目的です。全体の防護方策を考える際に、参考レベルを超えて被ばくする恐れのある人が居る場合には、参考レベルより高い線量を受ける人がほとんど居ない状況を達成されたら、必要に応じて更に低い参考レベルを設定して線量低減を進めます。このように状況に合わせて適切なレベルを設定しりことで、被ばく線量の低減を効率的に進めることが出来ます。
a) 作業者(実効線量)
1年間 50mSv以下かつ5年間で100mSvまで
b) 一般大衆(実効線量)
1年間 1mSv以下
※但し、患者の医療による被ばくには適用しない。
(1) 放射線や放射性物質は無臭、無色で人間の五感では感知出来ないため、放射線災害においては「いつか、がんになるかも知れない」という不安を長い間抱え続けるというような「こころの健康被害」が起こる場合があります。
(2) 放射線災害においては、住民に対して専門家による、状況の丁寧な説明が重要。
(3) チェルノブイリ事故では、放射線による直接の健康影響よりも心理的影響の方が大きかったと見られています。これは、政府が当初事故の事実を隠ぺいしたことなどによる不信感によるものと思われます。
(4) チェルノブイリ事故後に精神的なストレスによる自然流産や奇形を心配した人工流産が増えました。
(5) チェルノブイリ近郊に居住し、事故当時妊娠していた母親から生まれた子供は、非被ばく者の母親から生まれた子供よりも言語障害、情緒障害、知能障害の子供が多かった。
(6) 放射線防護に関し、線量の規制値は、世界中の研究者の報告から定期的に更新され、2007年に国際放射線防護委員会(ICRP)による防護基準は、作業者(実効線量)で1年間 50mSv以下かつ5年間で100mSvまで、一般大衆(実効線量)で1年間 1mSv以下。
(7) 一般的には100mSv以下の被ばくでは、発がんの可能性は僅か。