ホーム > 環境について > 環境関連情報 > 放射線による健康影響等に関する統一的な基礎資料 #9
情報発信日:2014-8-22
東京電力福島第一原子力発電所の事故から3年半が経過し、次々に当時の危機一髪の状況が明るみに出て来ますが、東京電力は2014年8月6日、福島第一原子力発電所事故で3号機の燃料が溶け始めた時刻が従来の想定より6時間早く、今まで「原子炉圧力容器から格納容器の底部に溶け落ちたのは燃料の一部、6割程度である」としていたのを、「燃料のほとんどが溶け落ちた」とする試算を発表しました。
このように、原子炉圧力容器内で燃料への冷却機能が失われ空焚き状態となった結果、原子炉圧力容器の底に穴が開き、外部へ溶けだしたということですが、制御不能に陥り暴走した原子炉がなぜ大爆発を起こさずに停止したのか、専門家でない筆者にはわかりません。もしチェルノブイリ原発のように大爆発が起きていたら、東日本の大半は高濃度放射性物質に汚染され、長い間人間が住める状態ではなくなる危険性もあったのではと思われますが、不幸中の幸いで済ませてはならないといえます。
このように、相変わらず福島第一原子力発電所事故関連のニュースは間断なく報道されていますが、今回も「放射性物質や放射線に関して正しい知識も持ち、正しく怖がる」ということを目的として、環境省の資料をもとに、放射線の基礎知識と健康影響#9として解説していきます。
※以下環境省公表の「東京電力福島第一原子力発電所の事故に伴う放射線による健康影響等に関する国の統一的な基礎資料 平成24年度版 ver.2012001(以下「環境省資料」と約します)」を主な資料として記述します。
同じ線量の被ばくでも、原子爆弾などにより短時間に高線量の被ばくを受ける「急性外部被ばく」と、放射性物質を体内に取り込んでしまった、あるいは何らかの理由によって放射線量が高い地域に居住するなどの「慢性被ばく」とがあり、影響の出方が異なります。
インドのケララという場所では自然の放射線量が高く、戸外平均線量は4mSv/年以上で、高い地域では最大70mSv/年にも及ぶそうで、積算線量は数百mSvにも上る住民もいるようですが、図1に示すように、がんの相対リスクの増加は見られません。しかし、信頼限界の幅がこのように大きいので現時点ではリスク換算には使えませんが、慢性被ばくの場合、急性被ばくよりもリスクは小さくないであろうと見られています。
図1 急性被ばく者と慢性被ばく者のがんの相対リスク比較(出典:環境省)
1) チェルノブイリ原発事故によるセシウムの内部被ばく
1986年に起こったチェルノブイリ原発事故では、福島第一原発事故よりも遥かに大量の放射性物質が放出されましたが、事故の当初旧ソ連政府はこの事故を公表せず、施設周辺の住民の避難措置などが取られませんでした。また、事故が起こった4月下旬には、旧ソ連の南部地域において放牧が行われていたため、ミルクの放射性物質汚染も放置されました。
1998年から2008年の11年間において、ホールボディカウンタを用いて、ブリヤンスク州住民に対して、セシウム137の体内放射能を測定。その結果、期間中の体内セシウム137の中央値は20〜50Bq/kgを推移しつつ、2003年まで低下傾向を示しましたが、2004年から上昇傾向が見られています。セシウム137による被ばくは長期に渡って続くことがわかります。
2) チェルノブイリ事故避難集団の被ばく
チェルノブイリ事故に際して、避難した人々の甲状腺線量は高く、平均約500mGyと推定されています。これは、事故直後から2〜3週間に渡ってヨウ素131で汚染された牛乳を飲み続けたことが主な原因でした。 避難しなかった、旧ソ連の居住者の平均甲状腺線量は約20mGyで、汚染地域に住んでいる人々の線量(約100mGy)、その他欧州諸国の居住者の線量(約1mGy)より遥かに高い値となりました。 甲状腺被ばく以外の内部被ばくと外部からの実効線量は平均で約30mSvでした。平均甲状腺線量同様、平均実効線量はチェルノブイリがあるウクライナ及びロシア連邦よりもベラルーシの方が高いことがわかっています。
3) 小児甲状腺がんの発症時期
チェルノブイリ原発事故では、福島第一原発事故と比べて原子炉の爆発により放射性物質が大量に飛び散りました。その中でも大きな健康被害をもたらしたのは、主に放射性ヨウ素で、地上に降り注いだ放射性ヨウ素の塵を直接ヒトが吸入したり、食物連鎖によって汚染した農作物、牛乳、肉などを食べた子供達に小児甲状腺がんが多く発症しました。特に、ミルクに含まれたヨウ素131による内部被ばくによるところが大きいと言われています。 また、ベラルーシやロシアでは事故後4〜5年経過した頃から小児性甲状腺がんが発症し始め、10年後には10倍以上に増加しました。
4) 甲状腺線量の比較
チェルノブイリ原発事故によりベラルーシで集団避難した0〜14歳の小児の甲状腺被ばく線量は多くが200〜5,000mSvと高値を示していますが、集団避難者を除くベラルーシ全体では50mSv以下と低い値を示しました。
一方、福島第一原発事故による子供達に甲状腺が放射性ヨウ素にどの程度被ばくしたか、正確に評価するのは大変難しいようですが、事故後2週間の時点で行われた小児甲状腺線量にスクリーニング調査の結果、甲状腺線量が高いと予想された地域の15歳以下の子供1,000人以上を検査した結果、検査を受けた子供全員が50mSv以下で、かなり低かったことがわかりました。
5) 甲状腺がんと線量との関係
チェルノブイリ原発の事故による子供達の内部被ばく線量と甲状腺がんのリスクの関係は、被ばく線量と比例関係にあり、ヨウ素131による甲状腺線量1Gyで2倍、5Gyで10倍と推定されます。但し、この値は0歳〜18歳までの平均であり、年齢が低い場合にはこれよりリスクは高くなります。
6) 甲状腺がんとヨウ素摂取量の関係
放射性ヨウ素でない、普通のヨウ素は通常の生活においても食事や塵埃の吸引などでも摂取されます。居住地の土壌に含まれるヨウ素の濃度に差異があり、土壌中ヨウ素濃度が高い地域では放射性ヨウ素の取込み量が低く、低い地域では放射性ヨウ素の取込み量が多くなる傾向があります。また、被ばく直後に安定ヨウ素剤を投与した場合にはリスクが低くなっています。福島は、土壌ヨウ素がベラルーシと比べると低いため、上記5)のデータがそのまま使えず、1Gyで3倍のリスクがあるとも言えます。
1) 確率的影響のリスク
同じように放射線を浴びても「がん」になる人とならない人がいます。これは、喫煙者の場合と同ように、喫煙者全てが肺がんになる訳ではなく、非喫煙者でも肺がんになる人がいるのと同様です。これを確率的影響と言い、がんや遺伝性影響の危険性は、何人中何人が病気になるかという確率で表現されます。
2) 相対的危険度(リスク)と寄与危険度(リスク)
リスク(危険度)を表す場合に「相対リスク」と「寄与リスク」があります。
例えば、現在、①肺がんになっていないが喫煙習慣のある人、②肺がんになっていなくて喫煙習慣がない人を各々同じ人数を指定し、10年後までに肺がんになった人数を調べます。
肺がんになった人が、喫煙習慣があるグループでは30/100人、喫煙習慣のない人では10/100人だとします。
【相対危険度(相対リスク)は】=暴露群の発生率÷非暴露群の発生率
今回の例では、両グループ共に被験者は計100人なので(30/100)÷(10/100)=0.3÷0.1=3倍です。
【寄与危険度(寄与リスク)】=暴露群の発生率-非暴露群の発生率=0.3-0.1=0.2。20%リスクが増加と表現されます。
3) 低線量率被ばくによるがん死亡リスク
国際放射線防護委員会では、子供も含めた集団では、100mSv当たり0.5%がんによる死亡の確率が増加するとして、防護を考えることにしています。これは、原爆被ばく者のデータを基に、低線量被ばくによるリスクを推定した値です。
現在日本人の死因の1位は「がん」で、約30%の方が「がん」で亡くなっています。
つまり、計算上では日本人1,000人中300人が「がん」で亡くなっています。これに全員が100mSvの被ばくを受けた場合には、305人が「がん」で死亡すると推定されます。
注) しかし、実際には1,000人中300人というベースラインも年や地域により変動しますし、がんの原因が放射線であったか否かの判断は出来ませんので、あくまで計算上の推定として0.5%増加は「この程度」と考えるべき数字と言えるかと思います。
4) 発がんに関連する因子
我々は様々な「がん」の原因に囲まれて暮らしています。図9の円グラフはアメリカのデータですが、食物や喫煙が、がん発生に密接に関わっていることがわかります。これに放射線によるリスクが上乗せされるので、生物学的な面からだけ言えば、放射線は受けないにこしたことはないということになります。
そこで、放射線を受ける機会の増えるX検査やCT検査を受けない、飛行機には乗らないと言った生活をすることも可能ですが、その代わりに疾患の早期発見が出来なくなったり、生活が不便になったりします。また、その割には、がんになる危険性が劇的に減るということでもありません。放射線以外にも「がん」になる原因は身の回りに色々あるということです。
5) がんのリスク(放射線と生活習慣)
上記データは国立がん研究センターが発表した放射線の危険度を他の危険因子と比べたものですが、放射線の発がんリスクは広島・長崎の原爆による瞬間的な被ばくを分析したデータ(固形がんのみ)であり、長期に渡る被ばくの影響を観察したものではありません。
喫煙や大酒の習慣は放射線を1,000〜2,000mSv被ばくするのと同程度、肥満・やせ・運動不足・高塩分食品摂取などは200〜500mSvの放射線被ばくと同程度の発がんリスクがあると推定されます。一方、100mSv以下に至っては、発がんリスクを検出するのが極めて難しい状況です。
(1) 放射線による被ばくにおいて、原爆による被ばくのように高線量の放射線を短時間に浴びる「急性内部被ばく」と、放射性物質を体内に取り込んでしまった場合や、自然の放射線量が高い地域に居住するなどによる「慢性被ばく」とがありますが、発がん性のリスクは、急性被ばくに比べて慢性被ばくでは低いと言えます。
(2) チェルノブイリ原発の事故は、福島第一原子力発電所の事故に比べて、原子炉そのものが爆発し破損してしまったために、より大量の放射性物質が外部に放出されてしまいました。しかし、当初旧ソ連政府はこの事故を公表しなかったため、多くの人達が被ばくし健康被害を受けてしまいました。特に、汚染された家畜のミルクや肉、農作物の摂取などによる内部被ばくによる被害が拡大してしまいました。特に、15歳以下の子供達の多くがヨウ素131による甲状腺がんの健康被害を受ける結果となりました。
(3) チェルノブイリ原発事故の影響は、被ばく者のホールボディカウンタで計測された体内セシウム137濃度の測定結果の変遷で見ることが出来ます。1986年の事故発生以降、減少傾向にありましたが、2003年頃から再び上昇傾向を見せ、セシウム137による汚染は長期間続くことがわかっています。
(4) 現在日本人の死因の1位は「がん」で、約30%の方が「がん」で亡くなっています。つまり、計算上では日本人1,000人中300人が「がん」で亡くなっています。これに全員が100mSvの放射線による被ばくを受けたと仮定した場合には、新たに5人が追加で「がん」で死亡すると推定され、合計で305人となります。
(5)生活習慣と放射線被ばくによる発がんの相対リスクを比較すると、 ・喫煙や大酒の習慣は放射線を1,000〜2,000mSv被ばくするのと同程度 ・肥満・やせ・運動不足・高塩分食品摂取などは200〜500mSvの放射線被ばくと同程度の発がんリスクがあると推定されます。
・一方、100mSv以下に至っては、発がんリスクを検出するのが極めて難しい状況です。