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放射線による健康影響等に関する統一的な基礎資料#6

放射線による人体への影響とその発生機構について

情報発信日:2014-4-28

はじめに

第二次世界大戦の末期、広島と長崎に世界で初めて原子爆弾が投下され、多くの人々が犠牲になりました。犠牲者の中には、爆発による直接的な爆風や高熱により死傷した方々のほかに、爆発後に拡散した放射性物質によって被ばくしたことにより健康を害したり、長く後遺症に苦しまされたりした人々も多く出ました。また、戦後に米国やイギリス、フランス、ソ連、中国などが2,000回以上の核実験を行い、後半は地下で実験を行うようになりましたが、初期の頃は今では到底考えられませんが大気圏で行っており、これらによる放射性塵が偏西風に乗って世界中に拡散したことによる健康被害も報告されています。

今回の東京電力福島第1発電所の事故のほかにも、1979年の米国スリーマイル島原発での事故や、1986年に旧ソ連で起きたチェルノブイリ原発での事故において、大規模な放射性物質漏えいによる健康被害を出した事故が知られています。特にチェルノブイリ原発事故によって放出された放射性物質は広島に投下された原子爆弾の400個分に相当する量と言われています。ちなみに、福島第1原子力発電所の事故で大気中に放出された放射性物質は、東京電力などにより公表されている数字から計算するとヨウ素131が広島に投下された原爆の2.5個分、セシウム137が169個分、ストロンチウム90が2.4個分となります。

では、これらの放射性物質によって人体が被ばくした場合、その強さや頻度などによりどのような影響が出るのでしょうか。放射性物質による人体への健康影響に関して世界で一番多くのデータを有しており、放射線被害に対する治療技術が一番進んでいるのは、幸か不幸か唯一の被爆国である日本であり、広島・長崎での被爆者(約9万4千人)と、原爆投下時には居なかったが投下後に市内に入った被曝者(2万7千人)を対象とした健康被害に関する追跡調査は、(財)放射線影響研究所に蓄積されています。

今回は、放射線による人体への影響と発生機構等について解説します。

 

放射線の基礎知識と健康影響 #6

※以下、環境省公表の「東京電力福島第一原子力発電所の事故に伴う放射線による健康影響等に関する国の統一的な基礎資料平成24年度版ver.2012001(以下、「環境省資料」と呼ぶ)」を主な資料として記述します。

(1)放射線による人体への影響

影響の種類

人体に放射線を受けた後、どのような障害が生じるのか、あるいは生じないのかは、受けた放射線の量、受けた場所(全身または局所)、時間経過(被ばくの様式)を考慮する必要があります。

確定的影響:一定以上(しきい値がある)の高い線量を被ばくしした場合に発生。多くは被ばく後数週間以内に急性障害として現れます。
確立的影響:低い線量(しきい値がないと仮定)でも発生の可能性がゼロでないと考えられる影響で、癌や白血病、遺伝的障害を言います。

被ばくの形態と影響

どの位の量の放射線をどの位の器官、どこに受けたか?情報が多いほど影響の予測は正確に出来ます。
高線量被ばく(大量の放射線を受けた)⇔ 低線量被ばく(少量の放射線を受けた)
急性被ばく(大量の放射線を短時間に受けた)⇔ 慢性被ばく (少量ずつ長時間受けた)
外部被ばく⇔ 内部被ばく
全身被ばく⇔ 局所被ばく

放射線影響の分類


確率的影響と確定的影響

確定的影響:これ以下なら影響が生じない、これ以上なら影響が生じると言う「しきい値」が存在する。
確率的影響:「しきい値」の存在が確認されていない。
実際には、100mSv以下の放射線被ばくによる確率的影響を疫学的に検出することは極めて難しいが、ICRPは100mSv以下でも線量に依存して影響があると仮定し、放射線防護の基準を定めています。

(2) 人体影響の発生機構

放射線による電離作用

放射線はその通り道の近くにエネルギーを与えて行きます。与えられたエネルギーにより、通り道の物質の電子が弾き飛ばされます。これが電離作用です。

放射線の種類によりエネルギーを与える密度が異なります。β線やγ線に比べてα線は密度が高くなります。このため、同じ吸収線量であっても放射線の生物学的効果が異なります。放射線が直接生体分子に損傷を与える過程を「直接作用」と言います。細胞は2/3が水で構成されているので放射線によって水のイオン化が起こります。このイオン化によって生じた反応性の高いラジカルにより、生体分子に損傷が与えられます。これを「間接作用」と言います。

日本人が欧米諸国に比べて経口摂取(食品)による被ばくが多い原因は魚介類の摂取が多いことによると推定されています。

DNAの損傷と修復

細胞は生命の設計図とも言えるDNAを持っています。DNAは糖、リン酸、そして4種類の塩基を持った2本の鎖の形状をしています。塩基の並び方に遺伝情報が組み込まれているので、並び方を保つために塩基は互いの鎖の「いがた」になるように組合されています。このDNAに放射線が当たると、当たった量に応じてDNAの一部が壊れる事があります。

X線1mGy当たり1細胞で平均1ヶ所の鎖の切断が起こると言われています。これが1mSvに相当します。

DNAを傷付ける原因は放射線以外にも食物中の発がん物質、たばこ、環境中の化学物質、活性酸素などがあり1日1細胞当たり1万から100万ヶ所の頻度でDNAは損傷を受けていると言われています。しかし、細胞にはDNAが損傷を受けると修復酵素が駆け付けてこうした傷を修復する機能があります。

DNA ⇒ 細胞 ⇒ 人体

放射線が細胞に当たると細胞の中にある遺伝子の本体であるDNAを傷つける事があります。この傷は体の中に備わっているシステムで修復されます。

少しの傷なら修復が成功して元に戻りますが、傷が多ければ修復しきれず細胞自体が死んでしまいます。少しの細胞が死んでも他の細胞が代わりをすればその臓器や組織の機能障害は生じません。

また修復が完全でないけれど、細胞が生きながらえた場合は、この細胞が遺伝子の突然変異を起こし、ここからがん細胞が生じる事があります。

細胞レベルで生じる細胞死や突然変異、これば個体レベルで見ると、急性影響や胎児影響、あるいはガンや遺伝子影響の原因になります。しかし、細胞死が起これば必ず急性影響が起こると言うものではありません、突然変異が起これば必ずガンになると言うものでもありません。

被ばく後の時間経過と影響

放射線を浴びた後、1000分の1秒と言う短い時間でDNAの切断や塩基損傷は起こります。1秒後には修復が始まり、修復に失敗した場合には、1時間〜1日の間に細胞死や突然変異が起こります。

しかし、こうした細胞レベルの反応が生じてから、個体レベルで臨床症状が出るまでに暫く時間が掛かります。この時間を潜伏期と言います。

被ばく後、数週間以内に症状が生じるものを急性(早期)影響、比較的長く掛かる影響を晩発影響と呼びます。特にガンが発症するには数年から数十年の時間を要します。

確定的影響

放射線が少し当たって多少の細胞が死んでも、残りの細胞だけで十分組織や臓器が機能すれば、症状としては現れません。

放射線の量が増え、死亡する細胞が増加すると、その臓器や組織の機能が一時的に衰え、臨床症状が出る事があります。しかし、その後正常な細胞が増殖すれば症状は回復します。

さらに、大量の放射線を浴び、組織や臓器の細胞の損傷が大きくなった場合には、永久に機能喪失や形態異常が起こる可能性があります。

このように、細胞死によって起こる確定的影響には、これ以上放射線を浴びると症状が生じる、これ以下では症状が生じないと言う線量が存在し、この線量を「しきい値」と呼びます。

臓器・器官の放射性感受性

一般に、放射線に対する感受性は細胞分裂が盛んで分化の程度の低い細胞ほど高い傾向にあります。

例えば、骨髄にある造血幹細胞は盛んに分裂しながら血液中の各種血液細胞に分化する細胞ですが、幹細胞から分裂(増殖)が進んだ未成熟(未分化)な造血細胞の放射性感受性は極めて高く、文化した細胞よりも少量の放射線で細胞死が起こります。また消化管の上皮細胞も新陳代謝が激しいために、放射性感受性が高くなります。

反対に、分裂をしない神経組織や筋組織は放射線に強い事が知られています。

確率的影響

確率的影響には確定的影響と異なり、これ以上の放射線量を浴びたら「必ずこういう症状が出る」と言う「しきい値」がありません(と仮定)が、ある確率でガンや白血病、遺伝的影響の症状が出ることを言います。

細胞の遺伝子は、通常は傷ついて遺伝子変異が起きても修復されますが、ある確率で修復されなかった変異細胞がそのまま増殖すると、複数の遺伝子に突然変異が起きた形となりガン細胞が生じます。ガン細胞も少数であれば免疫機構が作用して増殖は抑えられますが、そのまま増殖を続けると臨床的なガンとなってしまいます。これは同じ線量の放射線の被ばくを受けても、生体の免疫機能の強弱や被ばく条件などにより、同一の症状が起こらないことを意味します。

線量反応関係

確定的影響には、「この被ばく線量では影響が見られないが、これ以上浴びると影響が出る」と言う「しきい値」があると言われています。この「しきい値」を越えた線量を浴びると(被ばく)影響の発生率は急激に増加します。 一方、確率的影響は、どんな少量の放射線であっても浴びたら浴びただけ、影響が生じる確率が高まり、理論上は自然発生率に加算されると言われています。

 

まとめ

(1) 人体に放射線を受けた後、どのような障害が生じるのか、あるいは生じないのかは、受けた放射線の量、受けた場所(全身または局所)、時間経過(被ばくの様式)などにより、確定的影響と確率的影響とがあります。
(2) 確定的影響とは、一定以上(しきい値がある)の線量を被ばくしした場合に発生。多くは被ばく後数週間以内に急性障害として現れます。
(3) 確率的影響とは、低い線量(しきい値がないと仮定)でも発生の可能性がゼロでないと考えられる影響で、癌や白血病、遺伝的障害を言います。
(4) 高い線量で被ばくすると、臓器や器官の細胞が死ぬことにより急速に影響が出ます。低い線量の被ばくの場合は細胞内の遺伝子が傷つく事により突然変異がおこり、癌や白血病、遺伝子異常などが被ばく後年単位遅れて影響が出ます。
(5) 低線量の被ばくによって、比較的少ない数の細胞内遺伝子が傷ついた場合は、修復が行われます。傷ついた細胞の数が多くなるにつれて、修復されずに変異した細胞が増殖した場合にガン細胞などになります。
(6) 変異は、細胞分裂や分化が激しい、造血幹細胞などに影響が多く、細胞分裂を起こさない神経細胞などにはあまり影響が出ません。
(7) 次回は、同ように環境省の資料を主な資料として「しきい値」を越えて被ばくした場合の具体的な確定的影響、しきい値、胎児への影響、遺伝子への影響(被ばく二世)、放射線とガン発生のメカニズムなどについて、もう少し詳しく解説する予定です。

引用・参考資料

注意

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