2030年温室効果ガス排出量26％削減への道　#16

～地上の太陽「核融合」の開発状況～

2019年6月17日

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はじめに

IPCC（国連の気象変動に関する政府間パネル）が2014年11月に公表した第5次評価統合報告書において、「産業革命以来、地球の平均気温は現在まで約0.8℃上昇している。原因は二酸化炭素など温室効果ガスの排出量の増加によるものであり、このまま対策を取らずに放置した場合には今世紀末には2.6～4.8℃の気温上昇が予測される。この影響による気象変動で地球は回復不能な壊滅的影響を受けると危惧される。これを緩和するには、2050年までに温室効果ガスの排出量を40～70％削減（2010年比）し、さらに今世紀末にはほぼ「0」に抑制しなければならない」と結論付けています。

これを受けてパリ協定が発効し、我が国は2030年度に2013年度比▲26.0%（2005年度比▲25.4%）、2050年に80%の削減を公言しています。

図1　各国別の温室効果ガス排出量シェア
（出典）CO2 EMISSIONS FROM FUEL COMBUSTION2016
（IEA：国際エネルギー機関/資源エネルギー庁）
（注）条約によって、排出削減を義務づけられている国のリスト
※付属書Ⅰ国：先進国（米国、EU、ロシア、日本、オーストラリア、スイスなど）
非付属書国：途上国（中国、インド、インドネシア、韓国、南アフリカなど）

我が国の目標「2030年度26%削減」について、経済産業省や環境省は、省エネや電源ミックスなどについて試算を行っていますが、残された時間はあと10年ほど。各企業や事業体は相当な覚悟をもって経営対応しないと生き残れない状況に追い込まれると予想されます。さらに、「2050年度80%削減」については、想像を絶する改革・エネルギー転換が求められています。
このような状況において、2019年5月13日付け朝日新聞デジタルに、夢のエネルギーと言われる「核融合の開発」に関する記事が掲載されましたので、今回は「核融合」についての説明と現状の開発状況について解説したいと思います。

核分裂と核融合の違い

核融合とは、文部科学省によると「核融合反応は、太陽が光輝きエネルギーを放射している原理であり、世界の科学技術を結集して取り組んでいる核融合研究は、『地上に太陽をつくる』研究とも例えられます」と説明されています。

まず、原子力発電や原子爆弾などとして実用化されている核分裂との違い、長短所などについて説明します。

核分裂とは

核分裂とは、ウランやプルトニウムなどの重い原子核が中性子を吸収して軽い原子核に分裂する際に発生するエネルギー反応を言います。
この反応が急激に起こると、莫大なエネルギーが一挙に放出され原子爆弾となります。

核分裂を制御しながらゆっくり反応させ、発生したエネルギーによる蒸気でタービン発電を行う手法が原子力発電です。

【核分裂の長所】

・温室効果ガスを排出せず高いエネルギーを得る事が可能。

【核分裂の短所】

・反応が暴走しない工夫と安全対策が必須。暴走した場合、現状で対応が困難。
・正常に運転しても高濃度放射性廃棄物が発生する。

図1　核分裂の原理（出典：文部科学省）

核融合とは

軽くて燃えやすい水素の同位体である重水素と三重水素（トリチウム）の核を融合させると、ヘリウムと中性子ができます。反応前の重水素と三重水素の重さの合計より、反応後にできたヘリウムと中性子の重さの合計の方が軽くなり、この軽くなった分のエネルギーが放出されます。

【核融合の長所】

・燃料が豊富：重水素、三重水素（トリチュウム）は海水中に豊富に存在するリチュウムから生産できる
・燃料の供給を止めれば反応は止まるので暴走の危険は少ない。
・反応後高濃度放射性廃棄物が発生しない（低レベル廃棄物は発生）
・核融合炉発電が実現すれば、CO2を排出せず大量のエネルギーを生産できる

【課題】

・核融合を発生させるためには、重水素、三重水素の2つの原子核同士を1,000km/秒以上のスピードで衝突させることが必要で、この状況を継続する必要がありますが、現状では種々の技術的な課題があります。

図2　核融合の原理（出典：文部科学省）

核融合開発の現状

核融合の原料である重水素や三重水素は海水中に豊富に含まれるリチュウムなどから生産可能なため、資源が枯渇する心配がないことや、制御が比較的容易で安全で核分裂のように暴走する恐れがないこと、温室効果ガスや高濃度放射性廃棄物など環境に負荷を与える反応物質が発生しないなど、夢のエネルギーと言われています。

この核融合は太陽の表面では普通に継続して起こっている現象ですが、地球上で核融合を起こすためには、原料となる重水素と三重水素（トリチウム）の2つの原子核同士を1,000km/秒と言う超高速で衝突させる技術が必要となります。

文部科学省は「この状態を生み出すため、高真空中で加熱装置を用いて1億度以上の高温プラズマ（注）を作る必要があります。また、この核融合反応を維持するためには、核融合反応の結果出てくるエネルギーがプラズマ自身を加熱し、1億度以上に保っていなくてはなりません。そのためには、重水素、三重水素の原子核を高い密度で、長時間、一定の空間に閉じ込めておく必要があります。主な閉じ込め方式としては、磁場閉じ込め方式であるトカマク型とヘリカル型、さらにレーザー方式などがあります」と説明しています。

（注）固体、液体、気体につぐ物質の第4の状態。核融合炉におけるプラズマは、すべての原子や分子が電子とイオンに分かれ（電離）、電子とイオンがばらばらに動き回っている。また、電気的には全体として中性になっている状態。

図3　核融合の主な方式（出典：文部科学省）

注）
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構
量子科学技術研究開発機構（量研／QST）は、放射線医学総合研究所と日本原子力研究開発機構の量子ビーム部門と核融合部門が再編統合され、2016年4月1日に新たに発足した国立研究開発法人。
大学共同利用機関法人核融合科学研究所/国立大学法人総合研究大学院大学
岐阜県土岐市にある国立大学を中心とした大学共同で運営される核融合研究施設。国内外の研究機関と連携。
大阪大学レーザー科学研究所
大阪大学の付属研究所。レーザーや超電導の研究を行っているが、レーザー方式の核融合開発を推進。

核融合開発の現状と将来

核融合では前述したように重水素と三重水素の原子核同士を、1,000km/秒以上＝時速360万km（音速が約340 m/秒ですから音速の2,840倍、ハヤブサ2の最高速度41,760 km/時の86倍）という猛スピードに加速する必要があります。

この速度で原子核同士を衝突させるためには、超真空中で1億℃以上に加熱して高温プラズマを作り、そこから自身が発生するエネルギーにより、継続的にこの状態を維持することが必要となります。この高温プラズマを閉じ込めておく方法が核融合反応を持続させるための最も重要な技術であり、現在図3に示す3つの方式が主に考えられていますが、ドーナツ型の磁気カゴを作り、その中にプラズマを閉じ込める「トカマク型」と呼ばれる方法が最も実用化に近いとされています。

核融合に関する基礎研究は各国で進められてきて、現在も進められています（我が国では国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構や大阪大学などが実施）が、いずれも実験室規模の個別実験に過ぎません。

この中で実用化に至るまでに解決しなければならない技術課題はまだまだ多いと言えます。例えば、核融合反応を連続的に起こすための高温プラズマの持続保持時間は、韓国の55秒が最長（低温プラズマでは九州大学が5時間16分を記録）、投入エネルギーと生成エネルギーの比であるエネルギー増倍率は「1」、生成エネルギー規模はEUが瞬間的に記録した1.6万kWが最大であり、現状では実用化は遠いと見られますが、一方では実用化を目指した規模の施設の建設が進められています。

ITER （International Thermonuclear Experimental Reactor）国際熱核融合実験炉

核融合を実用化規模で行うための実験施設は、実験規模であってもかなり大規模な装置になります。このため1国単独では費用面や人的面でもリスクが大きく、現在日本の他、米国、ロシア、EU、中国、インド、韓国の7ヶ国・地域が参加し、ITERと呼ばれる実用規模の実験炉がフランスのマルセイユにて建設が進んでいます。建設は2007年に始められ、順調に行けば2025年頃には完成し、実験が開始される予定になっています。

ITERでは入力エネルギーに対する出力エネルギー比（5～10倍）、高温プラズマの持続時間はエネルギー増倍率10で数百秒、増倍率5で連続運転、出力エネルギーは最大50-70万kWといずれも実用化規模の性能を目標としています。

図4　ITER全景2018年8月	図5 トカマク建設建屋8月
図6 組立建屋内部2018年7月	図7　クフィオスタット組立建屋2018年7月
図8　PFコイル巻線棟2018年7月	図9　実験炉模式図

（出典：すべて国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構/ITER機構）

今後の課題とまとめ

個別実験ではまだまだ未知の部分が多く、実用化規模の実験施設の建設が多国間・地域の連携によって進められていますが、今後に向けた課題も山積しています。

・核融合装置でのプラズマ閉じ込め用の超伝導コイル
・プラズマ加熱用の加速器
・保守のための遠隔ロボット
・高い中性子照射に耐えるとともに、放射性物質に変化しにくい材料の開発
・1億℃の高温に長期間耐える材料の開発

その他にも、高温プラズマを長期間維持するなど多くの課題がありますが、ITERの建設は核融合の実用化に向けた大きな一歩といえると思います。

核融合は、一度起こった核融合反応を長期間持続することが最もむずかしく、一度停止してしまうと再起動に多くの費用や時間を必要とするようですが、この点が逆に、核融合の安全性を担保することになります。

ITERの他、民間レベルでも、米国のロッキード・マーチン社やマサチューセッツ工科大学（MIT）が企業と協力して、あるいはその他においても10～15年以内に実用レベルの核融合炉を稼働させると公約しており、遠い将来の話ではなく、地球温暖化防止のための画期的な技術の一つとして期待されています。

一方では、「このように実用化の可能性が不透明な開発に膨大な時間と金を掛けるよりも、より確実な再生可能エネルギーの効率化や開発に費やすべき」とする意見も多く、夢のエネルギーと言われる核融合の実用化はITERの成否に左右されるといえます。

引用・参考資料

今さら聞けない「パリ協定」～何が決まったのか？私たちは何をすべきか？～　（経済産業省・資源エネルギー庁、2017年8月17日）
2050年を見据えた温室効果ガスの大幅削減に向けて　（環境省、2015年10月）
（科学の扉）核融合炉、研究の途上　CO2出ず、発電には課題・日本も巨費負担　（朝日新聞デジタル、2019年5月13日）
ITER（イーター）計画　（国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構）
ITER　（ウィキペディア）
核融合炉は本当に可能か？　（日経シエンス、2010年6月/Fusion’s False dawn（SCIENTIFIC AMERICAN March 2010））
核融合について　（文部科学省）
かくゆう合へのとびら　（自然科学研究機構核融合科学研究所）
核融合反応　（ウィキペディア）
核融合炉　（ウィキペディア）
トカマク型　（ウィキペディア）
レーザー核融合　（ウィキペディア）
磁場閉じ込め方式　（ウィキペディア）
核融合とは　（asahi-netユーザーの一般個人）
レーザー核融合の現状と展望について　（内閣府原子力委員会核融合会議計画推進小委員会、2000年12月）

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