COP30ブラジル開催：気候資金・自然資金・野心

～新時代の国際的枠組みと産業界への示唆～

2025年12月12日

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I.　はじめに

温室効果ガスによる気候変動防止を目的として始まった国連気候変動枠組条約締約国会議は、今回で第30回（COP30）を迎えました。京都議定書発効から20年、パリ協定採択から10年という重要な節目にあたり、COP30は2025年11月10日から22日まで（延長あり）、ブラジル・アマゾンの玄関口である都市ベレンで開催されました。

一方、COP30の開催に先立ち公表された「グローバル・カーボン・バジェット2025」報告書によれば、2025年のCO2排出量は依然として増加しており、過去最高を記録する見込みです。

果たしてCOP30では、排出量増加に歯止めをかける合意が得られたのでしょうか。本稿では「グローバル・カーボン・バジェット2025」報告書の概要とCOP30の成果と課題を整理します。

II.　「グローバル・カーボン・バジェット2025」報告書

本報告書は国際研究プロジェクトGlobal Carbon Project（GCP）によって作成され、世界各国の大学・研究機関・国際機関から集まった100人以上の研究者が共同執筆しました。

報告書の概要は下記のようになっています。

排出量の増加：

化石燃料由来のCO2排出量は2025年に1.1％増加し、約422億トンに達すると予測。再生可能エネルギーの使用量増加にもかかわらず、石炭・石油・ガス需要が継続していることが要因。

人為起源排出量合計：

土地利用変化を含む人為起源排出量は約422億トンに達し、産業革命前比で大気中CO2濃度が52％上昇。

残存炭素予算：

1.5℃目標を守るための残存炭素予算は約1700億トンに過ぎず、現在の排出ペースでは約4年で枯渇する可能性。※残存炭素予算とは、地球温暖化を一定の水準に抑えるために「あとどれだけCO2を排出できるか」を示す上限量のこと。

政策的示唆：

排出量の早期ピークアウトと削減が不可欠であり、目標達成はますます困難になっている。

III.　COP30の概要

開催期間：2025年11月10日～22日（延長あり）
開催地：ブラジル・ベレン（アマゾン熱帯林を象徴的背景に選定）
参加国：約200カ国
テーマ：「ムチラオ（共同作業）」＝協働・連帯・実施の加速

III-1.　主な成果

(1) 「グローバル・ムチラオ決定」：交渉から実施への移行を強調、NDC提出促進、隔年透明性報告書（BTR）による進捗確認

注1） NDC（Nationally Determined Contribution：国が決定する貢献）とは、パリ協定に基づき各国が提出する温室効果ガス削減目標で、各国が5年ごとに国連気候変動枠組条約事務局（UNFCCC）に提出・更新します。
注2） BTR（Biennial Transparency Report：隔年透明性報告書）は、パリ協定の「強化された透明性枠組み（ETF）」に基づき各国が2年ごとに提出する報告書で、目標に対してどの程度の達成ができているかを表明するものです。

(2) 資金面の合意：適応資金を2035年までに3倍増、損失と損害基金の始動

＜気候資金の新潮流＞
COP30では、途上国支援を中心とした資金動員が大きな焦点となりました。特に「損失と被害（Loss and Damage）」基金の具体化は、先進国の拠出と民間資金の動員を組み合わせる方向性を示しています。
産業界にとって重要なのは、公的資金だけでなく民間投資を呼び込む制度設計が加速している点です。グリーンボンドやサステナブル金融の拡充は、企業の資金調達や事業評価に直結します。ESG投資の潮流は、今後さらに「気候リスクを数値化し、資本市場に反映させる」方向へ進むでしょう。

注3）グリーンボンドとは環境問題の解決に資金を充てるために企業や自治体などが発行する「環境債」のことです。調達資金は再生可能エネルギー、省エネ、汚染防止、森林保護などのグリーンプロジェクトに限定されます。
注4）サステナブル金融とは、環境・社会・ガバナンス（ESG）の要素を考慮し、持続可能な社会の実現に資金を振り向ける金融の仕組みです。従来の「利益追求」だけでなく、気候変動対策や社会課題解決に貢献することを目的としています。

＜自然資本の統合的アプローチ＞
ブラジル開催の象徴として、アマゾン保護や生物多様性の維持が強調されました。COP30は「気候」と「自然」を切り離さず、統合的に扱う姿勢を明確にしています。
これは、自然資本を経済システムに組み込む動き（例：TNFD＝自然関連財務情報開示）と直結します。企業は温室効果ガス排出だけでなく、森林破壊や水資源利用といった「自然への影響」を財務情報として開示することが求められます。業界団体としては、会員企業がこうした新しい情報開示基準に対応できるよう、早期に指針を整備する必要があります。

（3）「ベレン・ポリティカル・パッケージ」：緩和・適応・資金・公正な移行・自然保護を包括的に整理、公正な移行の制度化を確認

グローバル・ムチラオ決定（Global Mutirão Decision）
・温室効果ガス削減目標（NDC）の未提出国に提出を促す
・隔年透明性報告書（BTR）で進捗を確認し、パリ協定の実施ギャップを明示
気候資金の拡大
・2035年までに適応資金を少なくとも3倍に増やす努力を呼びかけ
・年間1.3兆ドル規模の資金動員を目標とする議論
適応（Adaptation）
・適応分野の進捗測定指標を採択（ただし完全合意には至らず継続検討）
公正な移行（Just Transition）
・化石燃料からの公平かつ公正な移行を国際的に制度化
・雇用・社会的包摂を考慮した移行経路を確認
国際協力と貿易
・気候関連の一方的な貿易制限措置への懸念を議論し、協力強化の方向性を提示
自然資本・森林保護
・森林破壊や生物多様性損失への統合的対応を強調

（4）国際的野心の強化と企業戦略

COP30は「新しい時代の幕開け」と位置づけられ、各国がパリ協定を超える排出削減目標を提示する流れが加速しています。特に2030年までの行動強化が不可欠とされ、2050年カーボンニュートラルに向けたロードマップの中間点として、企業の実務に直結する圧力が高まっています。
産業界にとっては、規制対応を「コスト」と捉えるのではなく、競争力強化の機会と位置づける視点が重要です。低炭素技術や循環型ビジネスモデルへの投資は、国際的なサプライチェーンの信頼性を確保する上で不可欠となります。

III-2.　課題と限界

（1）化石燃料の段階的廃止には合意できず（産油国の反対）、産業界にとって「移行リスクが残る」
（2）適応分野の指標は部分的合意にとどまり、次回以降に継続検討

III-3.　意義

（1）パリ協定10周年を機に「実施フェーズ」への移行を確認
（2）森林保護・先住民の権利・社会的脆弱性を含む広範な課題を議論
（3）資金拡大と公正な移行制度化は前進と評価

IV.　「ベレン・ポリティカル・パッケージ」の産業界への影響（日本及びEUのみ。米国はパリ協定離脱中につき割愛）

（1）適応資金拡大：EUではグリーンファイナンスとの連動、日本では補助金拡充と適応技術の商機拡大
（2）公正な移行制度化：EUは労働者再訓練義務化、日本はESG報告書への計画反映が必要
（3）損失と損害基金：EUは拠出義務化の可能性、日本は技術提供を通じ国際評価を獲得
（4）自然保護強化：EUは森林破壊防止規制（EUDR）と連動、日本は輸入材・農産物のトレーサビリティ強化

V.　総合インパクト

（1）EU産業界：規制強化と資金拡大の両面で圧力
（2）日本産業界：補助金・技術支援の機会増加と同時に、透明性報告やサプライチェーン規制対応が不可欠

VI.　まとめ

（1）COP30は、パリ協定から10年の節目に「交渉から実施へ」という方向性を確認し、資金拡大や公正な移行制度化など一定の前進を示した。
（2）しかし、化石燃料の段階的廃止には合意できず、排出量増加に歯止めをかける具体策は不十分であった。
（3）「グローバル・カーボン・バジェット2025」が示すように、残存炭素残量（パリ協定の目標である産業革命以前と比べて地球の気温上昇を1.5℃以内に抑えるために許容されるCO2排出量）はわずか数年で枯渇する可能性があり、世界的な排出削減の加速は不可欠。日本やEUの産業界にとっては、資金調達条件の変化、公正な移行の義務化、CSR・技術移転の強化、サプライチェーン規制の厳格化が直近の課題となる。
（4）企業は温室効果ガス排出だけでなく、森林破壊や水資源利用といった「自然への影響」を財務情報として開示することが求められる。業界団体としては、会員企業がこうした新しい情報開示基準に対応できるよう、早期に指針を整備する必要がある。
（5）COP30は「新しい時代の幕開け」と位置づけられ、「交渉から実施へ」、各国がパリ協定の理念を具体的行動に移す転換点として排出削減目標を提示する流れが加速している。特に2030年までの行動強化が不可欠とされ、2050年カーボンニュートラルに向けたロードマップの中間点として、企業の実務に直結する圧力が高まっている。
（6）要するに、COP30は「危機感の再確認」と「制度的前進」を同時に示した会議であり、産業界はこれを受けて実効的な排出削減と持続可能な事業戦略の構築を急ぐ必要がある。

引用・参考資料

UNFCCC COP30 特集　（公益財団法人IGES地球環境戦略研究機関）
気候変動に関するCOP30会議について　（公益財団法人世界自然保護基金ジャパン、2025/10/20）
世界のCO2排出量、2025年に過去最高見通し研究報告書　（AFPSS News、）
Fossil fuel CO2 emissions hit record high in 2025　（Global Carbon Project）
Global Carbon Project
気候変動COP30＠ブラジル・ベレンの展望～日本の脱炭素や気候変動適応の取組を世界に発信～　（環境省脱炭素ポータル、2025/11/7）
国連気候変動枠組条約第30回締約国会議（結果）　（外務省、2025/11/25）
国連気候変動枠組条約第30回締約国会議（COP30）結果概要1　（環境省）
COP30における主要合意の整理　（NO-E、青木啓人、2025/11/24）
COP30、合意成立も化石燃料脱却への工程表では折り合えず　紛糾の末　（CNN、2025/11/23）
COP30閉幕、合意文書に化石燃料からの移行巡る具体的な計画示さず　（Bloomberg, 2025/11/23）

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