有価証券報告書におけるサステナビリティ情報開示義務とは

～金融庁が企業の時価総額に応じて段階的に導入～

2025年11月14日

掲載内容に関する最新の情報は、記事中に記載されている出典元や引用・参考資料にあたりご確認ください。

1.　はじめに

2025年現在、有価証券報告書におけるサステナビリティ情報の開示義務は、企業の時価総額に応じて段階的に導入される予定であり、SSBJ（サステナビリティ基準委員会）基準に基づく対応が求められています。

2027年3月期からは、時価総額3兆円以上の企業に開示義務が順次適用され、サプライチェーン全体にも影響が及ぶと見込まれます。

また、この制度は、当工業会が推進するカーボンフットプリント（CFP）の取り組みとも深く関係しています。

以下では、制度の概要と適用スケジュールについて整理します。

2.　サステナビリティ情報開示制度の背景と目的

（1）金融庁およびSSBJは、企業の持続可能性に関する情報開示の充実を目的に、国際基準に準拠した開示制度を導入。
（2）投資家との対話や企業価値評価に資する情報として、気候変動・人的資本・多様性・ガバナンス・リスク管理などの項目が対象。
（3）気候変動に関しては温室効果ガス排出量の開示が含まれています。制度のスタート時点ではScope1、　Scope2までですが、将来的にはScope3まで開示することが検討されています。

3.　開示対象のスケジュール

時価総額ごとに下表のようなスケジュールとなっています。

時価総額	開示義務開始	保証義務開始	備考
3兆円以上	2027年3月期	2028年3月期	Scope1、Scope2、ガバナンス等
1兆円以上〜3兆円未満	2028年3月期	2029年3月期	Scope1、Scope2、ガバナンス等
5000億円以上〜1兆円未満	2029年3月期	2030年3月期	Scope1、Scope2、ガバナンス等

注1　時価総額5,000億円未満の企業は、今後の検討対象。
注2　開示義務は有価証券報告書の「サステナビリティに関する考え方及び取組」欄に記載。
注3　初期2年間は「二段階開示」が認められ、Scope1、Scope2の温室効果ガス排出量など限定的保証が義務化（具体的な流れは下表のとおり）。※二段階開示とはサステナビリティ情報の開示において、初年度に限り一部の情報を後日追加開示することを認める経過措置です。企業はまず有価証券報告書で基本情報を開示し、後日、半期報告書などで詳細情報を補足するものです。
（1）導入の背景：ISSB基準（IFRS S1・S2）に準拠し、企業の実務負担を軽減するため、金融庁が2027年3月期からの義務化に向けて経過措置として容認。
（2）目的：企業がサステナビリティ情報（特にScope3など算定困難な項目）を精度高く開示するための準備期間を確保。

開示段階	内容	タイミング
第一段階	有価証券報告書にて基本情報（ガバナンス、戦略、Scope1,　Scope2排出量など）を開示	決算期終了後の通常提出期限
第二段階	半期報告書や訂正報告書にて詳細情報（Scope3、指標・目標、保証対応など）を追加開示	半期報告書提出時（約6か月後）までに

注4-1　Scope3などの算定が難しい項目は第2段階での開示が認められます。
注4-2　保証制度も段階的に導入され、初年度は開示義務のみ、翌年度から限定的保証が義務化。

限定的保証とは合理的保証よりも軽い検証レベルで、重大な虚偽表示がないことを確認する程度。
財務監査のような網羅的検証ではなく「明白な誤りがないかどうか」をチェックします。

注4-3　備考

制度設計としての「二段階開示」は、透明性と実務負担のバランスを取る試み。
技術的には、Scope3のLCA算定やCFPとの整合性が課題。
文化的側面では、企業の開示姿勢や社会的信頼の醸成に影響するため、開示タイミングの戦略性が問われます。

4.　SSBJ基準の構成

SSBJ基準は以下の要素で構成されます（SSBJ基準の概要は2025年6月12日付本コラム「義務化が近い温室効果ガス排出量の開示～日本版SSBJ開示基準とは～」をご参照ください）。

ユニバーサル基準：全企業共通の開示項目
一般開示基準：ガバナンス・戦略・リスク管理など
気候関連開示基準：温室効果ガス排出量、移行リスクなど

※温室効果ガスの排出量開示に関して、カーボンフットプリント（CFP）と密接に関連しています。企業は温室効果ガス（GHG）排出量の開示を通じて、CFPの一部または全体を報告することが求められています。

温室効果ガス排出量開示関連の具体的ポイント

（1）開示対象にはGHG排出量が含まれます。

有価証券報告書では、企業の気候変動対応として温室効果ガス排出量の開示が求められており、これはCFPの根幹にあたります。Scope1（直接排出）・Scope2（購入電力等による間接排出）は義務化され、Scope3（サプライチェーン全体）は段階的に検討されています。

（2）CFPはScope3の定量化に不可欠

CFPは製品やサービスのライフサイクル全体にわたるCO2排出量を数値化するもので、Scope3の開示において重要な役割を果たします。たとえば、原材料調達・製造・流通・使用・廃棄までの排出量を把握する必要があります。

（3）国際基準との整合性（ISSB・IFRS S2）

日本の制度はISSB（国際サステナビリティ基準審議会）のIFRS S2「気候関連開示」に準拠しており、そこでもCFPに相当する情報の開示が求められています。Scope3の一部カテゴリ（例：保険関連排出など）には救済措置も検討されています。

（4）GXリーグ構想やCBAMとの連動

日本政府のGXリーグ構想やEUのCBAM（炭素国境調整メカニズム）など、CFPを基盤とした炭素情報の開示・取引制度が進行中であり、有価証券報告書での開示はこれら制度との整合性を取る必要があります。

（5）制度・技術・文化の三位一体で分析する場合に重要な観点

CFPの算定方法（LCA手法）と保証制度の整合性
Scope3の開示範囲と企業間比較の妥当性
CFP情報の開示が投資家・消費者行動に与える影響
地域文化や産業構造によるCFPのばらつきと制度対応

5.　温室効果ガス排出量の開示義務におけるScope3の扱い

2025年10月27日現在、有価証券報告書における温室効果ガス排出量の開示義務はScope1・Scope2が中心で、Scope3は将来的な義務化に向けて検討段階です。

5-1.　現在の開示義務の範囲（2025年時点）

（1）Scope1（直接排出）・Scope2（間接排出：電力・熱など）
⇒　SSBJ基準に基づき、時価総額3兆円以上の企業は2027年3月期から開示義務化。保証制度もScope1、Scope2に限定して2028年3月期から開始予定。
（2）Scope3（その他の間接排出：サプライチェーン全体）
⇒　2025年時点では義務ではないが、将来的な開示対象として議論が進行中。SSBJはScope3を含む開示基準を2025年3月に公表し、企業・環境省・業界団体が対応方針を検討しています。

5-2.　Scope3の義務化に向けた動向

（1）SSBJの気候関連開示基準では、Scope3の開示項目が明記されており、企業は「任意開示」から「段階的義務化」への移行を想定して準備を進めています。
（2）Scope3は15カテゴリに分類され、原材料調達・製品使用・廃棄・従業員の通勤など広範囲に及ぶため、算定と保証の難易度が高い。
（3）環境省・企業（例：日清食品・第一三共）などが先行対応を開始し、業界横断的なベストプラクティスの共有が進んでいます。

5-3.　制度・技術・文化的視点

（1）制度面：Scope3の義務化は「企業の社会的責任」と「投資家の情報ニーズ」の交差点に位置し、制度設計の透明性が問われます。
（2）技術面：CFP（カーボンフットプリント）やLCA（ライフサイクルアセスメント）との連携が不可欠。
（3）文化面：地域性や産業構造による排出量のばらつきがScope3開示の公平性に影響するため、文化的背景を踏まえた評価軸の整備が求められます。

5-4.　結論

Scope3は2025年時点では義務ではありませんが、SSBJ基準により将来的な義務化が明確に示されており、企業は対応準備を進める必要があります。

6.　まとめ

有価証券報告書のサステナビリティ情報開示義務（要点）
（1）制度概要：
金融庁とSSBJが国際基準に準拠し、企業の時価総額に応じて段階的に開示義務を導入（2027年～）
（2）対象項目：
温室効果ガス排出量（Scope1,　Scope2は義務、Scope3は将来的に検討）、ガバナンス、人的資本など。
開示スケジュール：企業時価総額3兆円以上：2027年開始、1兆円以上：2028年開始、5,000億円以上：2029年開始

二段階開示：初年度は基本情報を先に開示し、詳細は半期報告書で補足。
保証制度：Scope1、Scope2に限定的保証を義務化（翌年度から）
CFPとの関係：Scope3の定量化にCFP（カーボンフットプリント）が不可欠。
国際連携：ISSB基準、GXリーグ、EU CBAMなどと整合性が求められる。
Scope3の現状：2025年時点では義務ではないが、段階的義務化に向け準備が進行中。
企業時価総額5,000億未満の企業

（3）中小企業もサプライチェーンの一員として影響を受けるため、早期対応が重要。
（4）大企業の開示義務は取引先にも波及するため、中小企業も無関係ではいられない。
（5）取引関係を通じて情報提供を求められる可能性があるため、準備は不可欠。
（6）規模にかかわらず、サステナビリティ対応は全企業にとって喫緊の課題。

引用・参考資料

サステナビリティ情報の開示に関する特集ページ　（金融庁）
企業情報の開示に関する情報（記述情報の充実）　（金融庁）
2025年3月期　有価証券報告書サステナビリティ情報の開示分析　（EY新日本有限責任監査法人）
サステナビリティ開示基準の適用及び保証制度の導入に向けたロードマップ　（金融庁、2025年7月17日）
金融庁、サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ「中間論点整理」を公表　（あずさ監査法人）
「有価証券報告書の作成要領（サステナビリティ関連財務開示編）」（2025年3月期提出用）の公表　（サステナビリティ基準委員会/SSBJ）
「有価証券報告書の作成要領（サステナビリティ関連財務開示編）」（2025年3月期提出用）の概要　（サステナビリティ基準委員会/SSBJ）
カーボンフットプリントと企業法務の最新動向 ― 規制対応と戦略的アプローチ ―　（弁護士三澤充公式サイト、2025年2月8日）
有価証券報告書におけるサステナビリティ情報開示の現状と課題　（KPMGあずさサステナビリティ株式会社、2024年10月）
Scope3の義務開示にどう対応すべきか　国と先進企業らが議論　（サステナブル・ブランド・ジャパン、2025年7月4日）
注目高まるスコープ3の開示の現状と課題　（年金積立金管理運用独立行政法人/GPIF、月間資本市場、2024年11月号）
カーボンニュートラルへの道　#14～サステナブル会計基準が義務化される方向へ～　（日本バルブ工業会、2024年6月17日）
義務化が近い温室効果ガス排出量の開示　～日本版SSBJ開示基準とは～　（日本バルブ工業会、2025年6月12日）

注意

無断で本情報を二次使用すること及び転載することを禁じます。
本情報は不確実な情報が含まれる可能性がありますので、本情報を利用される場合は参考文献及び引用先の情報も合わせてご覧のうえ、自己の責任において判断をお願いします。
英文による引用・参考資料部分においては、英語の専門家でない筆者が仮和訳していますので、本情報を重要な場面で利用される場合は、引用先の原文を参考に自己責任にて判断願います。

前の記事へ