カーボンニュートラルへの道　#17

～水素、アンモニア、e-メタン市場の現状と将来～

2025年9月18日

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1.　はじめに

2025年の8月は九州地方、特に熊本県で線状降水帯が発生し大規模水害が発生しました。例年であれば、太平洋からの夏の高気圧が大陸からの冬の高気圧を北に押し上げて安定した気候が続きますが、今年は偏西風の蛇行により冬の高気圧である大陸の高気圧が南下し、梅雨の末期のように前線が日本列島の上で停滞したこと、また、日本近海の海水温が異常に高かったことにより、継続して大量の水蒸気が供給されたことが原因と言われています。

この偏西風蛇行の原因は、地球温暖化により北極の気温が上昇して極渦がアメーバー状に歪んだことと言われています。

本コラムでも前月に述べましたが、アジア地域の平均気温変化は世界平均の2倍の速さで進んでおり、夏の気温が連日40℃を超えることも常態化するのではと危惧され、これ以上の温室効果ガス排出量増加は何としても防がなければならない瀬戸際にきていると感じます。

さて、このように温室効果ガス排出量削減が待ったなしの状況において、燃焼させてもCO2を排出しない水素・アンモニア、燃焼しても天然ガスの主成分（メタン）と同じで比較的CO2の排出が少ないe-メタン（合成メタン）はカーボンニュートラルに向けた有望な持続可能なエネルギーと言われています。

「我国の水素・アンモニア戦略」については、2023年12月11日付コラム「カーボンニュートラルへの道　#11～我国の水素・アンモニア戦略～」において、一度概略を述べていますが、今回は水素やアンモニア及びCO2（二酸化炭素）と再生可能エネルギー由来の水素を原料として合成されるｅ-メタンも含めて、それぞれの市場の現状と将来展望について、海外（特に欧米）も含めて現状を整理しました。

2.　国内市場の現状と見通し

2-1.　水素の国内市場の現状と見通し

水素市場は、カーボンニュートラル社会の実現に向けて世界的に急成長している分野です。以下に、現状と将来展望をわかりやすくまとめました。

表1　水素市場の現状と見通し

現状：水素市場の構造と動向	主な用途 (1)　産業用：石油精製、アンモニア・メタノール製造、製鉄など（現状の中心） (2)　モビリティ分野：燃料電池車（FCV）、バス、トラック、船舶、航空機 (3)　発電分野：水素ガスタービン、アンモニア混焼などの技術が進展中
技術と供給形態	種類	特徴
	グレー水素	化石燃料由来。CO2排出あり
	ブルー水素	化石燃料由来＋CCUS（CO２回収）で低炭素
	グリーン水素	再生可能エネルギーで水を電気分解。CO２排出ゼロ
日本の取組	2023年に「水素基本戦略」改定。2040年までに年間1,200万トンの水素供給を目指す 2024年に「水素社会推進法」成立。供給コスト低減と需要拡大を支援
将来展望	将来展望：2030〜2050年の水素市場世界市場の成長予測（出典：富士経済調査）
	項目	2040年予測	成長率（2023年比）
	水素ガス市場	約58兆円	+　30.5％
	水素製造設備	約12兆円	約12倍
	水素関連総市場	約95兆円	約2.1倍
注目分野	(1) 発電用水素：2040年には構成比20%以上に拡大 (2) 大型車両向けFCV：トラック・バスなどで需要増 (3) 水素ステーション：2030年までに国内1,000基整備目標
国際動向	(1) 欧州：水素銀行、H2グローバルなどの支援制度 (2) 米国：インフレ削減法による税控除、水素ハブ整備 (3) 日本：オーストラリア・中東・米国との水素輸入連携
課題とリスク	(1) コストの高さ：グリーン水素は依然として高価。製造・輸送・貯蔵すべてが課題・2030年：供給量最大300万トン、コスト30円/Nm³を目指す。・2050年：供給量2000万トン、コスト20円/Nm³以下を目標。 (2) インフラ未整備：価格指標や取引プラットフォームが未成熟 (3) 輸入依存の懸念：日本は水素供給を海外に依存する構造になりつつある
まとめ水素は未来の主役か？	水素は、鉄鋼・化学・輸送・発電など「代替困難な分野」での脱炭素化に不可欠なエネルギーです。特にグリーン水素の普及が進めば、カーボンニュートラルの実現に大きく貢献します。ただし、コスト・インフラ・国際連携という三つの壁を乗り越える必要があります。

2-2.　エネルギーとしてのアンモニア市場の現状と見通し

アンモニアは、カーボンニュートラル社会の実現に向けた「ゼロエミッション燃料」として、大きな注目を集めています。現在、世界のアンモニア生産量は約2億トン/年、日本では約108万トン（主に肥料用途）。燃料用途ではCO2を排出しない特性から、石炭火力との混焼実証が進行中です。

以下に、現状と将来展望を整理してご紹介します。

表2　エネルギーとしてのアンモニア市場の現状と見通し

アンモニアのエネルギー利用の現状	特徴と利点 (1) 燃焼時にCO2を排出しない：アンモニアは燃焼してもCO2を生成しないため、火力発電や船舶燃料などでの利用が期待されています。 (2) 水素キャリアとしての役割：水素を運搬・貯蔵する媒体としても有効。液化が容易で、インフラ整備の面でも優位性があります。 (3) 既存インフラの活用：石炭火力との混焼が技術的に可能で、既存設備を活かしながら導入できる点も魅力です。課題 (1) 製造時のCO2排出：現在のアンモニア製造は主に化石燃料由来で、1トンの製造に約1.6トンのCO2を排出。 (2) コストの高さ：アンモニア専焼発電は現時点で23.5円/kWhと高コスト。混焼でも石炭火力の1.2倍程度。 (3) 国内生産の縮小：日本のアンモニア生産能力はピーク時の約1/5に減少。今後は輸入依存が不可避。
将来展望：技術開発と政策支援	技術開発の方向性 (1) グリーンアンモニアの製造：再生可能エネルギー由来の水素を使った製造技術（電気分解＋ハーバー・ボッシュ法）に注力。 ※ハーバー・ボッシュ法は、窒素と水素からアンモニアを合成する工業的な方法です。 (2) NOx排出抑制技術：燃焼時の窒素酸化物（NOx）を抑える技術も進展中。 (3) 専焼技術の確立：将来的にはアンモニア専焼による発電設備の普及を目指す。政策と市場動向 (1) 政府の後押し：水素社会推進法などの法整備により、アンモニアの利用促進が進められています。 (2) 2030年・2050年の需要見通し：・ 2030年：年間300万トン（20％混焼）・ 2030年：国内需要300万トン（燃料用途）、ブルーアンモニアの供給拡大。・ 2050年：年間3000万トン（専焼・高混焼）・ 2050年：国内需要3000万トン、専焼化（アンモニア火力）や船舶燃料としての利用が拡大。 (3) 国際サプライチェーンの構築：輸入拡大に向けて、商社や政府が海外との連携を強化中。
まとめ	アンモニアの可能性と現実的な課題アンモニアは、脱炭素化の切り札の一つとして期待される一方で、製造時のCO２排出やコスト、供給体制などの課題も多く残されています。特にシステム全体を俯瞰する視点から見ると、アンモニアは「理想と現実のギャップを埋めるための技術的・社会的インフラ整備」が鍵となるエネルギーです。

2-3.　エネルギーとしてのe-メタン（合成メタン）市場の現状と見通し

ｅ-メタン（合成メタン）は、カーボンニュートラル社会の実現に向けて、都市ガスや産業用燃料の脱炭素化を可能にする次世代エネルギーとして注目されています。以下に、現状と将来展望を体系的にまとめました。

表3　エネルギーとしてのe-メタン（合成メタン）市場の現状と見通し

現状：ｅ-メタンの定義と技術的背景	基本概要 (1) ｅ-メタンとは：再生可能エネルギー由来の水素（グリーン水素）とCO₂を反応させて合成されるメタン（CH₄） (2) 既存インフラとの互換性：天然ガスと化学的に同一のため、既存のガス配管・LNG設備・燃焼機器がそのまま使える。 (3) カーボンニュートラル性：燃焼時にCO2を排出するが、原料として同量のCO2を使用するため、全体として排出量ゼロにできる。技術構成 (1) メタネーション反応：水素とCO2を触媒で反応させる「サバティエ反応」などが主流。微生物を使った生物学的手法も研究中。 ※サバティエ反応：二酸化炭素（CO2）と水素（H2）からメタン（CH4）と水（H2O）を生成する化学反応です (2) CO2の供給源：工場排出ガス、バイオマス、DAC（直接空気回収）など多様なルートが検討されている。
現状の課題と取り組	主な課題 (1) 製造コストの高さ：水素製造とCO₂回収に高コストがかかり、商業化には技術革新が不可欠。 (2) 供給量の少なさ：現在は実証段階で、2030年時点でも世界の天然ガス消費の0.03％程度にとどまる見込み。国内の実証事業 (1) 大阪ガス・日立造船・デンソーなど：国内で複数のメタネーション実証プロジェクトが進行中。 ※東京ガス・大阪ガスなどが2030年に都市ガスの1％をe-メタンに置き換える目標を表明。 (2) 米国キャメロン・トールグラスプロジェクト：日本向け輸出を見据えた海外製造拠点の構築も進行。
将来展望：政策と市場の動	政策支援 (1) 第7次エネルギー基本計画（2025年）：2030年に都市ガスの1％をｅ-メタンまたはバイオガスに置き換え、全体で5％のカーボンニュートラル化を目指す。 (2) 排出係数の制度整備：ｅ-メタンの環境価値を認証・反映する制度が整備されつつある。市場成長予測 (1) 世界市場規模：2022年の約130億円から、2032年には約480億円へと約3.7倍に成長する見込み。 (2) 用途拡大：発電・産業熱源・家庭用都市ガス・車両燃料など、幅広い分野での利用が期待されている。将来予測 (1) 2050年：都市ガスの90%をeメタンに置き換える構想がある。 (2) LNGインフラやガス管網を活用し、柔軟な供給体制を構築。 (3) 製造コストの低減とCO₂回収技術の高度化が課題
まとめ	ｅ-メタンは、既存インフラを活かしながら都市ガスの脱炭素化を進める「実装可能な未来技術」として、非常に理にかなった選択肢です。システム全体の最適化と社会的受容性を重視する視点から見ると、ｅ-メタンは「技術革新 × インフラ活用 × 制度設計」の三位一体で進めるべき戦略的エネルギーです。

3.　総合的な展望と課題

水素、アンモニア、e-メタンの総合的な展望と課題をまとめると、以下のとおりです。

表4　水素、アンモニア、e-メタンの総合的展望と課題

項目	水素	アンモニア	ｅ-メタン
主な用途	発電、製鉄、燃料電池	火力発電、船舶燃料	都市ガス代替、産業用燃料
供給目標（2050年）	2,000万トン	3,000万トン	都市ガスの90％
技術課題	製造コスト、インフラ整備	専燃技術、製造効率	CO2回収、メタネーション効率
政策支援	水素社会推進法、GI基金	混焼実証、国際連携	メタネーション官民協議会

4.　海外、特にRU及び米国おけるエネルギーとしての水素、アンモニア、ｅ－メタンに関する状況

EUやアメリカなどの先進国では、水素・アンモニア・ｅ-メタン（合成メタン）をカーボンニュートラル実現の鍵として位置づけ、政策・技術・インフラの面で積極的な取り組みが進められています。以下にそれぞれのエネルギーについて、地域別の状況を整理しました。

表5　EUの状況

水素	(1) REPowerEU計画（2022）：2030年までに水素の生産・輸入をそれぞれ1000万トンに拡大し、ロシア依存から脱却。 (2) European Hydrogen Backbone（EHB）構想：域内に水素回廊を整備し、北アフリカなどからの輸入も視野に入れる。 (3) 水素銀行・H2グローバル：価格差支援や市場形成を目的とした制度が稼働中。 (4) 用途の重点：鉄鋼・化学・航空・海運など「hard-to-abate」分野に集中。暖房用水素はコスト面から縮小傾向。
アンモニア	(1) 直接利用よりも水素製造の中間体としての位置づけ：EUではアンモニアは主に肥料や水素キャリアとして扱われ、発電用途は限定的。 (2) NOx排出への懸念：環境規制が厳しいEUでは、アンモニア燃焼に伴う窒素酸化物の排出が課題。
e-メタン	(1) 水素との比較で劣勢：欧州では都市ガスの脱炭素化において、e-メタンよりも水素直接利用が主流。 (2) 導管事業者中心の構造：ガス需要が縮小しても、水素を導管に通せば事業継続可能という発想が背景にある。

表6　米国の状況

水素	(1) インフレ削減法（IRA）：グリーン水素に最大3ドル/kgの税額控除を提供。水素ハブも7か所選定。 (2) 2050年目標：水素生産量5000万トン、CO₂排出10%削減を目指す。 (3) 原子力由来水素にも注目：再エネに加え、原子力を活用した水素製造も検討中。
アンモニア	(1) 輸出志向の強さ：米国はアンモニア製造能力が高く、日本やアジア向けの供給基地としての役割も担う。 (2) 船舶燃料としての実証：海運業界でのアンモニア利用に向けた技術開発が進行中。
e-メタン	実証段階：米国でもe-メタンはまだ実証フェーズ。天然ガス代替としての可能性は認識されているが、水素の方が政策的に優先されている。

5.　まとめ

(1) e-メタンは日本独自の戦略：既存インフラを活かす合理性はあるが、国際的には水素優勢。
(2) EUは水素直接利用を重視：導管事業者中心の構造と電化の進展を前提に、e-メタンより水素を選好。
(3) 米国はインセンティブ重視で水素を加速：税制優遇とインフラ整備でグリーン水素の普及を後押し。
(4) アンモニアは補完的役割：水素キャリアや特定用途（船舶・肥料）での利用が中心。

引用・参考資料

今後の水素政策の課題と対応の方向性中間整理（案）　（経済産業省、2021年3月22日）
第8章カーボンニュートラル実現に向けた水素・アンモニアの導入拡大　（資源エネルギー庁）
エネルギー基本計画　（資源エネルギー庁、2025年2月）
水素を取り巻く国内外情勢と水素政策の現状について　（経済産業省/資源エネルギー庁、2024年9月6日）
第4節　燃料アンモニアの導入拡大に向けた取組　（経済産業省/資源エネルギー庁）
エネルギー「次」の担い手へ高まる期待【注目のアンモニアを徹底解説第1回】　（Chematels、2025年3月11日）
合成メタン（e-methane）等をめぐる状況について　（経済産業省、2025年6月）
水素先進国が直面する種々の現実的困難と対応 vs. 日本の脳天気　（GEPR、2024年06月22日)
水素を取り巻く国内外情勢と水素政策の現状について　（経済産業省/資源エネルギー庁、2024年9月6日）
日本のeメタン vs. 欧州の水素：都市ガス事業カーボンニュートラル化への二つの道　（国際貿易投資研究所、2025.07.21）
カーボンニュートラルへの道　#11～我国の水素・アンモニア戦略～　（日本バルブ工業会、2023年12月11日）

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