カーボン・フットプリント入門　#1

～なぜ今「カーボン・フットプリント」が必要か～

2025年5月15日

掲載内容に関する最新の情報は、記事中に記載されている出典元や引用・参考資料にあたりご確認ください。

1.　はじめに

近年、カーボン・フットプリント（以下「CFP」）に取り組む企業が急速に増加してきています。2024年5月14日付け本コラム「カーボンニュートラルへの道　#13～カーボン・フットプリントとは～」に概要を示したように、企業が個々の製品のCFPを計算するためには、個々の企業が独自の方法で算定を行うのではなく、同一業界で算定法を統一し、これに基づく正確なデータの収集を行う必要があります。さらには、この算定法について第三者の認証を得るなどして、数値の信頼性と公平性を担保する必要性があります。

現在、当工業会においても共通の算定ルールについて作成準備を進めていますが、2025年5月13日付で環境省が“「CFP入門ガイド」の公表について”を公表しました。

今回は、この“「CFP入門ガイド」の公表について”の公開を機会に、CFPとは何か、なぜ企業がCFPに取組まなければならないのか、CFPに取組むメリット・デメリットから実際の測定までの概要をあわせて紹介したいと思います。

2.　CFPとは

カーボン・フットプリント（CFP）とは、企業の生み出す商品やサービスが温室効果ガスをどれだけ排出しているかを示す指標で、英語の「Carbon Footprint」は直訳すると「炭素の足跡」となります。個人や団体、企業などが直接的、間接的に排出した温室効果ガス（CO2など）の排出量を把握すること、または商品やサービスのライフサイクル全体をとおして排出される温室効果ガスの排出量をCO2に換算して表示する仕組みです。

似た考えにライフサイクルアセスメント（LCA）や環境フットプリント（EFP）などがありますが、LCAやEFPは製品別に製品の生産から廃棄までのライフサイクル（資源採取・製造・輸送・使用・廃棄・リサイクルなど）における全ての環境影響について把握するのに対し、CFPはGHG （温室効果ガス）のみに限定した点が異なります。簡単に言うと、LCAやEFPからGHGだけを取り出して計算すれば良いことになります。

図1　CFPの概念図（出典：環境省）

3.　企業にとって、なぜCFPが必要なのか？

近年、多くの企業が競うようにCFPに取り組み始めていますが、なぜその必要があるのでしょうか。

企業がCFPに取り組むことは、気候変動の抑制、ESG経営への対応、顧客からの信頼獲得など、様々な理由から重要です。特に、企業が排出するCO2は、人間が日常的に排出する量よりも圧倒的に多く、その削減は地球温暖化対策において不可欠です。また、脱炭素社会の実現に向けて、企業はサプライチェーン全体でCO2削減に取り組む責任があり、CFPの算出と開示は、その取り組みを可視化し、顧客や投資家とのコミュニケーションを深める上で重要な役割を果たします。

以下、一般的に言われている詳細な理由を示します（種々資料より筆者が整理して箇条書き）。

（1）気候変動への対応

CFPは、企業が直接的にも間接的にも排出する温室効果ガスの量を把握し、削減の具体的な目標を設定する上で不可欠なツールです。 CO2排出量の多い製品・段階を特定し、削減することで、気候変動の抑制に貢献できるため、企業の社会的責任として、取り組みが求められます。

（2）ESG経営への対応

企業が持続可能な社会の実現に向けて取り組むESG経営（環境、社会的責任、ガバナンス）において、環境問題は最も重要な要素の一つです。CFPは、企業の環境負荷を数値化し、ESG経営の目標達成を支援します。

（3）顧客からの信頼獲得

消費者や投資家は、企業の環境負荷や気候変動対策への取り組みを重視する傾向を強めつつあります。CFPの開示は、企業の環境への配慮を示すことで、顧客からの信頼を獲得し、ブランドイメージ向上に繋がります。

（4）競争優位性の獲得

CFPの削減は、コスト削減や資源効率化につながり、企業内の効率化を促します。また、脱炭素市場の需要が高まる中、早い段階でCFPに取り組むことで、競争優位性を確立することができます。

（5）法規制への対応

日本でも、企業に対して温室効果ガス排出量の報告義務が課されるなど、法規制が整備されつつあります。CFPの算出と開示は、法規制への対応だけでなく、より積極的に脱炭素社会の実現に貢献する姿勢を示す上で重要です。

また、欧州連合（EU）では、CFPの開示義務化が進んでいます。2023年10月から、EUへ輸出する企業は製品の排出量、すなわちCFPを報告する義務を負います。また、2026年から2027年には、CFPに相当する炭素価格に基づいた課税も予定されています。さらには2026年より順次導入が予定されているデジタル製品パスポート（DPP）においてもCFPが表示対象の1つになっています。特にバッテリーは先行してCFPの上限値が規制されています。

（6）サプライチェーン全体での取り組み

CFPは、サプライチェーン全体でのCO2排出量を把握し、削減に繋げることを狙っています。そのため、サプライチェーン全体でCFPの削減目標を設定し、協力して取り組みを進めることで、より大きな削減効果を期待できます。
従って、サプライチェーンの中で取引のある企業から自社のCFPを要求される可能性が強まります。

（7）従業員のモチベーション向上

CFPへの取り組みは、従業員自身の環境意識を高め、組織全体の環境負荷削減意識を高める効果があります。また、従業員が自ら積極的にCO2削減のアイデアを出すことで、企業全体の革新を促すことも期待できます。

CFPは自社だけではなく、サプライチェーンの上流と下流も含めた全体で取り組む必要があるため、特に下流の取引先である大手企業からデータが要求されるケースが増えると予想されます。さらには環境先進国のEUではCFP開示の義務化が進んでおり、我が国でも近い将来義務化される可能性がありますので、早めの準備が必要と思われます。

4.　企業がCFPに取組むメリット

企業がCFPに取り組む主なメリットは、CO2排出量を可視化し、削減に向けた具体的な対策を検討できること、環境意識の高い消費者からの支持を得やすくなること、そして国際的な評価を高めることなどが挙げられます。
以下、一般的に言われている詳細な理由を示します（種々資料より筆者が整理して箇条書き）。

（1）CO2排出量の可視化と削減

CFPの算出を通して、製品やサービスのライフサイクルにおけるCO2排出量を把握し、どの段階で削減努力を集中すべきかを特定できます。これにより、より効率的なCO2削減戦略を立てることが可能になります。

（2）消費者に対するアピールと業績向上

環境意識の高い消費者にとって、CFPは製品やサービスの環境負荷を判断する重要な指標となります。低炭素な商品を選びやすくなるため、企業は環境意識の高い消費者層にアピールし、業績向上につながる可能性があります。

（3）国際的な評価と差別化

CFPの取り組みは、企業の社会的責任を表明する一つの方法であり、国際的な評価を高めることができます。また、競争相手との差別化にもつながる可能性があります。

（4）ESG投資への対応

近年、ESG投資が注目されていますが、CFPの取り組みは、ESG投資家からの評価を高める上で重要な要素となります。

（5）サプライチェーン全体でのCO2削減

CFPは、製品のライフサイクル全体におけるCO2排出量を可視化するため、サプライチェーン全体でCO2削減に向けた連携を促すことができます。

（6）排出権取引への対応

将来、CO2排出量取引が義務化される可能性も考えられますが、CFPの取り組みは、排出量取引への対応をスムーズに進める上で役立ちます。

（7）コストの削減

CFPの削減は製品コストの削減に役立ちます。GHG排出量削減の対策として、原材料の効率的な使用や廃棄物の削減など、コスト削減にも繋がります。特にCO2排出量の削減は、エネルギーコストの削減にもつながることがあります。

CFPは国際的な潮流であり、できるだけ準備を進めることが優先的なメリットを得ることが出来ると思われます。

5.　企業がCFPに取組むデメリットと課題

企業がCFPに取組む場合に必ずしもメリットだけではなく、デメリットや課題があることも認識しておく必要があります。
以下、一般的に言われている詳細な理由を示します（種々資料より筆者が整理して箇条書き）。

（1）時間とコストの負担

CFPの算定には、製品のライフサイクル全体にわたるCO2排出量を計測する必要があり、初期段階で膨大な時間と労力がかかります。また、専門的な知識やツール、データ収集のコストも発生する可能性があります。

（2）データの正確性、公平性も確保が難しい

CFPの算定には、データの正確性や客観性の確保が不可欠ですが、製品のライフサイクルが複雑であったり、CO2排出量のデータが不足していたりするため、正確な算定が難しい場合があります。

（3）情報漏洩の危険性

CFPを算定し開示することで、調達先や物流ルートなど、競合他社に知られたくない情報が漏れてしまう可能性がありますので注意が必要です。

（4）消費者の理解不足

CFPの概念や意味を消費者全体がまだ理解していないため、CFPを基に製品を選び、購入するという行動につなげることが難しい場合があります。

（5）算定方法の問題点

CFPの算定方法によっては、ライフサイクル全体としてのCO2排出量は低くても、製造時のCO2排出量が多い製品が不利になる可能性があります。

（6）市場への影響

CFPを意識して製品開発を行った結果、CO2排出量を削減するために、製造コストが増加したり、製品の性能が低下したりするなど逆効果となることがあるので注意が必要です。その結果、売れ行きが悪くなる可能性もあります。

これらのデメリットを考慮し、企業の状況や目標に合わせて、適切なCFPの取り組み方を選択することが重要です。

6.　第三者認証の必要性

CFPの算定は製品のライフサイクル全体にわたるCO2排出量を計測する必要があり、専門的な知識やツール、データ収集など複雑な作業となります。国際規格のISO14067などカーボンフトプリントに関するガイドラインはありますが、業種別・製品別に特化したガイドラインを策定する必要性があるため、データの正確性・妥当性・公平性などについて第三者認証を受ける必要性が生じます。

（1）算定結果の信頼性

CFPは、企業が自社で算定することが一般的ですが、第三者認証を受けることで、算定方法の妥当性やデータのトレーサビリティが担保され、信頼性が高まります。

（2）ステークホルダーの訴求

第三者認証を受けたCFPは、取引先や消費者、投資家など、様々なステークホルダーに対して、環境への取り組みをより明確に伝えることができます。

（3）義務化への対応

EUなど、一部の地域では、企業に対してCFPの開示が義務付けられています。第三者認証を受けることで、義務化されたCFPの開示にスムーズに対応できます。

7.　CFP算定のためのガイドラインと実践

CFPに取り組む際の業界における共通ガイドラインとしては、国際規格のISO14067や、TfS Initiative（化学産業のための製品カーボン・フットプリントガイドライン）などが挙げられます。特に、ISO14067は、LCA（ライフサイクル評価）に関するISO14040、ISO14044に基づき、カーボン・フットプリントの国際規格として広く利用されています。また、化学産業では、TfS Initiativeが提供するガイドラインが、スコープ3排出量に焦点が当てられ、化学製品のPCFを統合するのに役立つとされています。

国内では、経済産業省と環境省が2025年3月に作成したカーボン・フットプリントガイドライン（別冊）CFP 実践ガイドが有効な教科書と言えます。
しかしながら、各業種や製品によって異なる特性やプロセスを持つため、データや計算方法が異なります。そのため各業種一律のガイドラインでは適切なCFP算定や開示が難しくなるため、業種別・製品群別にCFPガイドラインを策定する必要性があります。

業種別のガイドラインは、各業種が持つ課題や特徴に合わせたCFP算定方法を明確にし、より正確なCFP情報を開示できるようにするため、各工業会などで個別ガイドラインを策定する必要性があります。

以下、一般的に言われている理由を示します。

（1）業種ごとの差異

各業種は原材料、製造プロセス、サプライチェーン、製品の寿命など、様々な点で異なり、それによってCO2排出量も大きく異なります。例えば、製造業とサービス業では、排出量の主要因が異なり、一律のガイドラインでは正確なCFPを算定することが困難です。

（2）正確なCFP算定

業種別のガイドラインは、各業種が持つ特性やプロセスに合わせたCFP算定方法を明確にすることで、より正確なCFPを算定できるよう支援します。これにより、企業は自社の排出量を正確に把握し、削減目標を設定しやすくなります。

（3）CFPの可視化と開示

業種別のガイドラインは、CFPの開示を促進し、消費者や投資家が企業の環境負荷を理解しやすくなるようにします。これにより、低炭素な社会の実現に貢献します。

（4）国際的な動向

EUが2023年10月から、EUに輸出する企業に対して製品のCFPを報告する義務を設けたように、国際的な規制や標準化の動きも進んでいます。業種別のガイドラインは、これらの国際的な要件に適切に対応できるよう、各国や業界で共有されるガイドラインとして、その重要性が高まっています。

（5）データ収集の効率化

業種別のガイドラインは、各業種が持つデータを収集しやすく、より効率的にCFPを算定できるようします。これにより、企業は負担を軽減し、CFP算定に集中できるようになります。

このように業種別のCFPガイドラインは、各業種の特性に合わせたCFP算定方法を明確にし、より正確なCFP情報を開示することで、低炭素社会の実現に貢献します。また、国際的な規制や標準化に対応するためにも、業種別のガイドラインは重要です。

8.　まとめ

（1）CFPとは、企業の生み出す商品やサービスが温室効果ガス（CO2など）をどれだけ排出しているかを示す指標で、個人や団体、企業などが直接的・間接的に排出した温室効果ガスの排出量を把握すること、または、商品やサービスのライフサイクル全体をとおして排出される温室効果ガスの排出量をCO2に換算して表示する仕組み。
（2）企業がCFPに取組む必要性は企業の社会的責任、法規制対応など多くのものがある。
（3）企業がCFPに取り組む主なメリットは、CO2排出量を可視化し、削減に向けた具体的な対策を検討できること、環境意識の高い消費者からの支持を得やすくなること、そして国際的な評価を高めることなどが挙げられます。
（4）CFPに取組むことによるデメリットや課題もある。CFPの算定には製品のライフサイクル全体にわたるCO2排出量を計測する必要があり、初期段階で膨大な時間と労力を必要とする。また、専門的な知識やツール、データ収集のコストも発生する可能性がある。
（5）CFPを算定する場合、ISO規格や環境省/経済産業省が示すガイドラインがあるが、各業種や製品によって異なる特性やプロセスを持つため、データや計算方法が異なり業界としてガイドラインを作成する必要がある。
（6）業界別のガイドラインに従いCFPを算定するにあたり、データの正確性、公平性を担保するためには第三者認証が必要となる。
（7）EUでは輸入品を含め、2023年よりCFPに表示が必要になっており、国内でも表示の義務化が近い将来必要になると思われ、CFPの取組は必須となってきている。
（8）次回以降、CFPガイドライン策定の方法、手順などについて解説予定。

引用・参考資料

「CFP入門ガイド」の公表について　（環境省、2025年3月13日）
CFP入門ガイド(PDF)　（環境省、2025年3月13日）
【参考】CFP実践ガイド（改訂版） (PDF)　（環境省、2025年3月13日）
サプライチェーン排出量全般　（環境省）
カーボン・フットプリントガイドライン　（経済産業省/環境省、2023年5月）
化学産業のための製品カーボン・フットプリントガイドライン　（TfS：Together for Sustainability）
カーボンニュートラルへの道　#13～カーボン・フットプリントとは～　（日本バルブ工業会、2024年5月14日）

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