カーボンニュートラルへの道　#16

～人工光合成の現状と可能性～

2025年5月15日

掲載内容に関する最新の情報は、記事中に記載されている出典元や引用・参考資料にあたりご確認ください。

1.　はじめに

カーボンニュートラルを達成するためには、省エネや化石燃料への依存度を低減して風力・太陽光などの再生可能エネルギーへの切り替えを進めるだけでは不十分であり、脱炭素化のための新技術開発が必要です。

現在、水素・アンモニアの利用、バイオマスエネルギーの利用、核融合エネルギーの開発、CO2の回収・貯留技術の適用など種々の新技術も模索されています。

そのような脱炭素技術の1つとして、植物がCO2と水を原料にして、太陽光エネルギーによって有機物（デンプン）と酸素を生成する「光合成」を、人工的に効率よく行おうとする「人工光合成」の技術開発が行われています。

本コラムでは、2013年8月26日付け「今後のエネルギー問題を考える　#3人工光合成とは、そして可能性は」において、人工光合成の可能性などについて紹介を行いました。

それから10年以上が経過し、現状における人工光合成の開発状況とその実用化への可能性などについて調査を行いましたので、概要についてお伝えしたいと思います。

2.　人工光合成について

以下、経済産業省/資源エネルギー庁の調査資料を中心に、人工光合成の原理や現状、将来性などについて述べてみたいと思います。

上述したように、植物が太陽光をエネルギーとしてCO2と水から酸素と有機物（デンプン）を生成する光合成を行って生育することは万人の知るところであり、CO2吸収のために植林を行うことが有用とされています。

この植物が行う光合成を人工的に効率よく行おうとするのが人工光合成です。

人工光合成と植物の光合成を比較して概念を説明した図です。
図1　人工光合成の概念（出典：資源エネルギー庁）

図1に示すように、植物で行われる光合成は、マンガンクラスターを触媒とし太陽光により水が水素イオン・電子と酸素に分解され、酸素は放出され、電子・水素イオンがCO2と反応してデンプンやブドウ糖を生成します。

ここで、太陽エネルギーを使ってどのくらい水から水素を作り出すことができるのかを「太陽エネルギー変換効率」と言いますが、植物の場合は0.2～0.3%と計算されます。

人工光合成では光に反応する人工的な触媒を用いて同様に水を水素と酸素に分解します。開発を開始した当時の変換効率は植物と同じ0.2～0.3%程度でしたが、2017年には3.7％、2019年には5.5％、2021年には7.0％まで向上し、当面の目標である10％まであと一歩のところまで来ています。

3.　人工光合成におけるキーパーツ（1）「光触媒」

人工光合成においては、上述したように太陽エネルギーをいかに効率よく変換できるかが重要ですが、太陽光に反応して水を酸素と水素に分解する「光触媒」がキーパーツになります。
この太陽エネルギーの変換効率を高める方法として2つの方法があります。

紫外線だけでなく、可視光線まで吸収することでより多くの太陽エネルギーを利用する技術（従来の光触媒は紫外線しか吸収できませんでした）
光の粒子である「光子」を利用する技術、すなわち量子収率を高める技術

今までの光触媒では量子収率が50％程度でしたが、2020年5月には、NEDOと人工光合成化学プロセス技術研究組合・信州大学・山口大学・東京大学・産業技術総合研究所の共同研究により、世界で初めてとなる100%に近い「量子収率」の粉末状光触媒が開発されました。

光触媒の技術は日本が世界の先端を進んでおり、水槽に光触媒を沈めて光を当てることにより水素と酸素を得ることが可能になってきています。

4.　人工光合成におけるキーパーツ（2）「分離膜」と（3）「合成触媒」

図2　人工光合成のフロー図（筆者作成）

植物が行う光合成を人工的に模す場合には、図2に示すように、（1）水を水素と酸素に分解する工程、（2）　水素と酸素の混合ガスから水素を分離する工程、（3）二酸化炭素を改質（既存技術）して一酸化炭素を生成し、分離した水素を反応させて有用な有機物を合成する工程の3段階に分割されます。従って効率の良い人工光合成を行う場合には、これら（1）～（3）の3つについての技術開発を行う必要があります。これらは各々「光触媒」、「分離膜」、「合成触媒」と呼ばれる技術です。

5.　人工光合成の実用化に向けての現状と今後

人工光合成の実用化に向けての課題には、（1）コストと安全性、（2）施設の耐久性と環境への負荷、（3）その他があります。従来こうした課題への対策は、室内の実験設備において「光触媒」、「分離膜」、「合成触媒」など個々の技術開発として進められてきましたが、人工光合成の実用化のためには、これら技術を統合して、屋外での実証実験を行う必要があります。

これらの実証実験は、信州大学における3 m²の野外施設から始まり、2021年には信州大学を中心としたNEDO（国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構）のグループが人工光合成化学プロセス技術研究組合（ARPChem）として、人工光合成システムの社会実装に向け、東京大学、富士フイルム、TOTO、三菱ケミカル、明治大学とともに、100 m²規模の太陽光受光型光触媒水分解パネル反応器（以下、光触媒パネル反応器）と水素・酸素ガス分離モジュール（以下、ガス分離モジュール）を連結した光触媒パネル反応システムを開発し、世界で初めて実証試験に成功しました。
これに続き、2025年度に長野県飯田市に、世界最大規模5,000 m²の人工光合成の大規模実証施設が整備される予定です。

＜大規模実証実験の実施＞

※詳細は以下、信州大学の公表資料参照

（1）実験施設…信州大学を中心としたプロジェクトが2025年度に長野県飯田市に、世界最大規模の人工光合成の実証施設を整備中。
（2）施設の規模…この施設は、従来の30倍（約5,000 m²）の規模で世界最大級となります。
（3）実証試験の目的…この実証試験では、二酸化炭素と水から、太陽光の力を利用してエネルギーや化学原料を製造する人工光合成の実用化に向けた可能性を検証します。
（4）実施の実態は日本の企業や研究機関がプロジェクトチームを結成し、人工光合成の実用化に向けて研究・開発に臨み、実証実験において課題を抽出します。

＜人工光合成の長短所と今後の課題＞

（1）メリット
人工光合成は、CO2の削減に役立つことや、化石資源の枯渇防止になる可能性が指摘されています。
（2）デメリットと今後の課題

光合成時に発生する混合ガス（水素と酸素）が爆発する危険性があることへの安全性対策が必要
実用レベルの施設はプラント規模であり、建設するには広大な土地が必要
プラント建設による森林伐採など環境負荷への配慮が必要
研究段階ということもあるが現状では運用コストが高い
コスト低減のための個々のキーパーツの耐久性、安全性、高効率のさらなる追及が必要（多くの研究機関や民間企業がキーパーツの開発を継続中）
特に人工光合成に必要な光触媒と混合ガス分離膜の効率とコスト、耐久性が重要。例）NTTグループが半導体を利用した長時間運転可能な光触媒を開発

＜参考：信州大学グループの大規模実証実験の詳細＞

図3　信州大学に設置された100m²規模の光触媒パネル反応器の外観（出典：NEDO）

続けて、信州大学の公表資料より引用します。

（1）信州大学アクア・リジェネレーション機構による人工光合成

久富隆史教授は、堂免一成特別栄誉教授らと共同で、100 m²という大規模で、光触媒（※1）によりソーラー水素（※2）を製造する人工光合成（※3）システムの実証実験を世界で初めて行い、安全かつ安定的に高純度の水素を製造することに成功しました。これまで光触媒による水分解反応を利用した水素製造研究の多くは実験室内で行われてきました。しかし、その技術を実用化して社会実装するためには、屋外での大規模な実証実験が必要です。こうしたことから、久富教授らは本実証実験を行い、その安全性などを確認しました。本研究はソーラー水素を社会で実際に活用するための足掛かりとなるものと言えます。

（2）ソーラー水素実用化への足掛かりに

人工的に水素を製造する研究が進められており、特に自然エネルギーを活用したCO2排出ゼロの「グリーン水素」（※4）の大規模生産が求められています。その中でも、太陽光を利用して水を分解し水素を生成する「ソーラー水素」が注目されており、光触媒を活用することで低コストによる「人工光合成」の実現が期待されています。しかし、現時点では実験室内の研究が中心であり、実用化に向けた屋外環境下での安全性確認などの課題が残されています。

（3）長期間・安全に製造できることを確認

久富教授らは、光触媒水分解パネル反応器と水素・酸素ガス分離モジュールを連結した反応システムを開発し、屋外での自然太陽光下で世界初となる100 m²規模の実証実験を実施しました。1年間の試験で、水素と酸素の混合気体の生成と、安全な分離（水素濃度約94%、酸素濃度60%以上）に成功。さらに、爆発のリスクなく屋外環境で安定運用できることを確認し、水素分離の回収率は約73%を達成しました。その後の研究で、純度と回収率のさらなる向上が図られています。

（4）長野県飯田市で5000 m²規模の大規模実証も計画

今回の実証実験では、100 m²の大面積で太陽光による水分解とソーラー水素の安全な分離・回収が可能であることを証明しました。現在、久富教授らは長野県飯田市で5000 m²規模のさらに大規模な実証実験を計画しており、安全性の確認や低コストの大量生産システムの開発に取り組んでいます。この技術は、エネルギー分野だけでなく、工業製品や肥料などの化学製品にも活用が期待されています。

※1 光触媒：太陽などの光に当たることで、化学反応を起こす物質のこと。
※2 ソーラー水素：グリーン水素の中でも、太陽光を利用して造られたもの。光触媒を用いた製造システムの研究が活発に行われている。
※3 人工光合成：植物の光合成を模倣して、太陽光エネルギーを利用して水と二酸化炭素から有用な化学物質（例えば水素や有機化合物）を生成する技術。
※4 グリーン水素:自然エネルギーを用いることにより製造過程でCO2の排出を伴わない水素。製造過程で化石燃料を使用してCO2の排出を伴うものは、いわゆる「グレー水素」「ブルー水素」と呼ばれる。

6.　まとめ

（1）人工光合成とは、植物の光合成を人工的に再現する技術。太陽光を利用して水を分解し、水素を生成することで、クリーンなエネルギーを生み出すことができる。さらに、二酸化炭素と水素を反応させて有機化学品を合成することも可能。
（2）この技術は、化石燃料に依存しない持続可能なエネルギー供給を目指しており、CO2削減やエネルギー問題の解決に貢献すると期待されている。特に光触媒を活用することで、低コストでの水素製造が可能になるため、実用化に向けた研究が進められている。
（3）人工光合成実用例としては、以下のようなものがある。
水素製造：太陽光を利用して水を分解し、水素を生成する技術。これにより、化石燃料を使わずにクリーンなエネルギーを得ることができる。
化学品の合成：二酸化炭素と水素を反応させて、プラスチックの原料となるオレフィンや、燃料として利用できるメタンなどの有機化合物を生成することが可能。
環境負荷の低減：人工光合成を活用することで、CO2を有効活用しながら化学品を生産できるため、カーボンニュートラルの実現に貢献。
（4）人工光合成技術は未だ開発段階にあるが、世界に先駆け日本がリードしており、世界各地で人工光合成の実証試験が進められている。例えば、日本では信州大学が100 m²規模のソーラー水素製造実験を成功させ、安全性を確認した。さらに、長野県飯田市で5,000 m²規模の大規模実証試験を計画しており、社会実装に向けた取り組みが進んでいる。これは世界最大級の人工光合成実証施設であり、2025年度に完成する予定と発表された。
（5）人工光合成の個別技術としては、多くの研究機関や民間企業がキーパーツのコスト、耐久性、効率向上や安全性の開発を継続しており、例えば人工光合成における最大のキーパーツである光触媒についてNTTは2023年10月に「半導体光触媒を用いた人工光合成において世界最長の連続動作時間を実現～樹木が年間で固定する炭素量を上回る炭素固定量を350時間連続動作で達成～」とする半導体を用いた高性能な光触媒の世界最長の運転に成功したと発表。炭素固定量の向上に成功したことを発表した。
（6）人工光合成は、エネルギー問題や環境問題の解決に向けて、世界的に注目されている技術であり、現状で大規模実証実験の建設・運転準備が進められ実用化に近づいていると感じるが、今後の課題はコストと耐久性の問題を、どのように解決できるかに掛かっていると思われる。