気候変動の転換点（Tipping Point）とは

～ゆるやかな流れが滝になる時～

2024年4月15日

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1.　はじめに

「茹で蛙（ゆでガエル）の理論」というのがあります。誰もが知っていると思いますが「カエルは、いきなり熱湯に入れると驚いて逃げ出すが、常温の水に入れて徐々に水温を上げていくと逃げ出すタイミングを失い、最後には死んでしまう」。ゆでガエル理論とはこのように、ゆっくりと進む環境変化や危機に対応する難しさや大切さを説く言葉として使用され、時には「ゆでガエルの法則」、「ゆでガエル現象」という表現もされます。

このように「ゆっくりと進む変化」に対し、少しずつの変化が蓄積して行き、限界値に達すると後戻りのできない急激な変化が起こる現象、例えば「ゆるやかな流れが突然滝になって落ちる」あるいは「地殻の変動エネルギーの蓄積が一挙に放出される巨大地震の発生」、「コップに水を注ぎ続けて、貯まった水が溢れ出す現象」など小さな変化が蓄積した結果、ある時点を境に劇的な変化を起こす点を“Tipping Point（ティッピング・ポイント：臨界点）”と呼びますが、IPCC（気候変動に関わる政府間パネル）などが、温室効果ガスの排出が続き大気中の濃度が限界値を越えると、後戻りできない劇的な気候変動が起こると警鐘を鳴らしています。

今回は、この「気候変動の転換点」について解説したいと思います。

2.　気象変動の転換点（ティッピング・ポイント）とは

2021年8月23日付けで、国立研究開発法人国際農林水産業研究センターは自身のウェブサイトにおいて「気候変動の転換点（tipping point）」と題する報告を行っています。

ここでは、「2021年8月14日～16日にかけて、グリーンランドの氷山山頂にて、1950年に観測が始まって以来初めて降雨が観測され、7月グリーンランドの氷床の融解が進み、米フロリダ州を覆うに相当する水が溶けだした。」との報道が引用され、続けて「IPCC報告書では、科学者らが、最新の気候科学に基づき、気候変動が加速している結果、極端現象等の頻発化が予測されることを警告しました。気候変動に関する議論では、人為的な活動の影響で、地球が次第に不可逆性を伴い制御不能で大規模な変化を伴う転換点（tipping point）に達しつつあるとされています。このように突然に爆発的で不可逆的な変化をもたらすティッピング・ポイントを回避するために、温室効果ガス排出を削減する政治・経済的なアクションが求められています。気候変動のティッピング・ポイントとは具体的に何を意味するのでしょうか。」と述べられています。

環境省が発行している2020（令和2）年版の環境白書は、ティッピング・ポイントについて、以下のように記述しています。

「ティッピング・ポイント（tipping point）とは、少しずつの変化が急激な変化に変わってしまう転換点を意味します。気候変動についても、人為起源の変化があるレベルを超えると、気候システムにしばしば不可逆性を伴うような大規模な変化が生じる可能性があることが指摘されています。地球環境の激変をもたらすこのような事象は、「ティッピング・エレメント」と呼ばれています。現在指摘されているティッピング・エレメントの例として、グリーンランドや南極の氷床の不安定化などが指摘されています。」

図1　干ばつ地とサハラ砂漠（出典：PowerPointクリップアート及び筆者提供）

図2　スイスのアレッチ氷河及びオーストラリアのグレートバリアリーフ
（出典：PowerPointクリップアート及び筆者提供）
気象変動におけるティッピングポイント
図3　ティッピング・ポイントとは（出典：複数の資料から筆者が作成）

気象ティッピング・ポイントを引き起こす要因（ティッピング・エレメント）としては、表1に示すような例があると言われています。

表1　気候変動におけるティッピング・エレメントとその影響（出典：土木学会）

	ティッピング・エレメント	想定される影響
1	北極海の夏の海氷の喪失	温暖化の促進、生態系の影響
2	南極やグリーンランドの氷床の大規模融解	海面の上昇、海水の塩分濃度の変化
3	西南極氷床の不安定化と融解	海面の上昇、海水の塩分濃度の変化
4	大西洋熱塩循環の減速	地域的な寒冷化、海水位変動、熱帯収束帯の移動
5	エルニーニョ・南方振動の振幅拡大	東南アジア等における干ばつ
6	夏のインドモンスーン（循環の弱体化）	降水量減少、乾燥化、干ばつ
7	サヘル・西アフリカモンスーン地域の植生の変化	湿潤化
8	アマゾンの熱帯林の植生割合減少	生物多様性の喪失、降水量減少
9	北方林の植生割合の減少	植物群落の入れ替わり
10	熱帯サンゴ礁の死滅	海洋生態系の破壊

以上のほかにも、海洋の大規模循環の停止、北極圏の永久凍土の融解、ラブラドール海の対流の変化、バレンツ海の海氷融解などがティッピング・エレメントと言われています。

3.　気候変動におけるティッピング・ポイントは何℃？

もともと、IPCCが20年ほど前にティッピング・ポイントという概念を導入した際には、気候システムの大規模な非連続性が起きるのは、温暖化が産業革命と比べて5℃以上超える場合と想定されていたそうです。

しかし、最近のIPCCにおける研究では、ティッピング・ポイントは1℃～2℃の気温上昇で起こる可能性があるとしています。このため、パリ協定では温暖化を2℃以下、可能な限り、1.5℃以下に抑えようという方向になっています。

実際にはティッピング・ポイントが何℃なのかは、よりそこに近づかない限り、正確な値はわかりませんが、昨今の異常気象の発生をみると、確実に近づいていることは実感せざるを得ない気がします。

では、なぜ気候変動においてティッピング・ポイントを越えた場合に気候は制御不能で不可逆になると言われているのでしょうか？

（1）グリーンランド、北極海、南極大陸における氷床の大規模融解

グリーンランドの氷床は平均で1,700mの厚さがあり、地球上の淡水の約11%に及びますが、産業革命時と比べ7倍もの早さで融解しているそうです。

南極の氷床の厚みは平均で2,000ｍあり、地球上の淡水の88%にも及びます。南極における降雪量は温暖化により増加しているとも言われ単純ではありませんが、南極の西側にある棚氷（陸上の氷河や氷床が海面に押し出され海上の氷床と繋がった巨大な氷塊）が2017年の夏に崩壊し、これによって堰き止められてした巨大な氷床（東京23区の9倍以上）が海洋に流出しました。また北極海は温暖化の影響を最も早く、かつ強く受けており、2000年代に入り、1970～1980代と比べて氷床の面積は半分程まで減少しています（出典：国際農林水産業研究センターなど）。

これらの現象により、海水の塩分濃度の変化は生態系への影響や海面上昇などを引き起こしますが、これは氷河期に形成されたため、温室効果ガス排出量を減らしても元には戻らない現象と言えます。

（2）熱帯サンゴ礁の死滅

サンゴ礁は魚類を始めとする多くの海洋生物の生活の場のような存在であり、サンゴ礁が消失した場合には、ここで生活する水生生物が生活の場を失うことを意味します。地球温暖化がもたらす海水温の上昇によって、1970年代後半にサンゴ礁の白化現象が世界中で観察されるようになって来ました。2016年には記録的な海水温の上昇によって、世界最大のサンゴ礁であるオーストアリアのグレートバリアリーフで90%以上のサンゴ礁が白化してしまったと言われています。世界の平均気温が2℃上昇した場合、世界のほぼ全てのサンゴが死滅してしまうと危惧されています。もし、そのような事態になればサンゴだけでなく、海の生態系に多大な影響が及ぶことになり、元に戻る可能性は低くなるといえます（出典：CNN他）。

（3）気温の変化や降水量、海の酸性化による植生・生態系の変化

海水温の上昇によって従来乾燥地帯だった場所の降水量が増えて湿潤となったり、逆にアマゾンのような熱帯雨林地域の降雨量が減少する、あるいはCO2の吸収による海水の酸性度が強くなったりするなど、生物にとっての生育環境が大きく変化することによって植生の割合が増減することが予想できます。

これらの生態系へ大きく影響を及ぼす環境の変化は、簡単には回復できないものと言えます。

（4）大気循環や海流の変化

海水には何千年もかけて地球全体をめぐる「海洋大循環」という大きな流れがあります。このうち、大西洋の南北方向を流れる海洋システムは「大西洋南北熱塩循環（AMOC）」と呼ばれ、塩分濃度や水温の差によって生じています。

MOCは地球規模で熱を運ぶため、気候に大きな影響を与えていますが、ここ数年、温暖化の影響などによって循環が弱まっており、やがては停止するとする海外チームの研究結果が報告されました（出典：気象庁など）。

また、世界各地の海水温の変化が海流に影響を与える可能性もあります。

大気の循環においても、北極の気温上昇による極渦の乱れによる偏西風の蛇行現象も近年多く観察され、異常気象の発生に多大な影響を与えていると考えられています。

このような地球規模での様々な異変は、パリ協定で目標とする産業革命以降の世界の気温上昇を1.5℃以下に抑えない限り地球環境に後戻りのできないダメージを与え続けて、やがてこの地球上に人間が住むことが困難になる危険性があると言えます。

2020年5月6日付けでCNNは考古学や気候学、生態学の専門家でつくる国際チームの研究により「もしも今のままのペースで地球温暖化が続いた場合、現在30億人が暮らしている場所が、50年後には暑すぎて人の住めない場所になるかもしれない。」と危惧を表明しています。

また、ブラックホールと一般相対性理論に関する研究でよく知られていたスティーブン・ホーキング博士（1942－2018）は、地球や人類の将来的な危機に関する予言をいくつか残していますが、その中の1つに気候変動に関するものがあります。

彼は現状で一番差し迫った脅威は地球温暖化であると考え、地球温暖化が取り替えしの付かないものになる、いわゆるティッピング・ポイントを懸念していたといわれています。

また、2017年にトランプ元アメリカ大統領がパリ協定からの離脱を決定したことにも懸念を示し、「彼の行動によって、地球は瀬戸際に追いやられ、金星のようになり、気温は250度、硫酸の雨が降るようになるかもしれない。」とまで述べています（出典：ニューズウイーク日本版）。

これらの、この予言・予見が当たらないように祈りたいと思いますが、同時に地球上に住む我々の責任としてカーボンニュートラルを達成し、気候変動のティッピング・ポイントを迎えないように最大限努力する必要があると強く感じます。

4.　まとめ

（1）温室効果ガスの排出による気候変動は、温室効果ガス排出量の積算量が転換点（ティッピング・ポイント：Tipping point、臨界点または閾値とも言う）を越えると、コップから水が溢れ出すように、今までとは異なる急激で大規模な変化を地球環境に及ぼす危険性があり、これは後戻りできない現象であるとIPCCなどが警告を出している。
（2）IPCCは当初、産業革命以前より5℃の気温上昇がティッピング・ポイントと予測していたが、検討を重ねた結果、ティッピング・ポイントは1.5～2℃と結論し、パリ協定での目標値が設定された。※正確なティピング・ポイントはより近づかないとわからないが、近年の異常気象の増加などから着実に近づいていると感じられる。
（3）温室効果ガスの排出量が増加し続けてティッピング・ポイントを越えた場合は、地球の自然回復力を上回り、もはや回復不可能な変化を生み、この時点で温室効果ガス排出量を減らしても手遅れとなる。ブラックホールと一般相対性理論に関する研究でよく知られていたスティーブン・ホーキング博士は「気象変動のティッピング・ポイントを越えた場合は地球も金星と同じ様に、気温は250℃、硫酸の雨が降るようになるかも知れない」と述べており、この予言が当たらないように祈りたいと思うと同時に、地球上に住む我々の責任としてカーボンニュートラルを達成し、気候変動のティッピング・ポイントを迎えないように努力する必要があると強く感じる。

引用・参考資料

気候変動の転換点（tipping point）　（国立研究開発法人国際農林水産業研究センター、2021年8月23日）
ティッピング・ポイントを考える　（地球環境市民会議）
ティッピング・ポイント　（地球環境研究センター、2011年10月）
温室効果ガスが気候変動を引き起こすメカニズム　（気候変動適応情報プラットフォーム、）
第３章気候変動による影響　（環境省）
気候変動問題をはじめとした地球環境の危機　（環境省）
猛暑や大雨によって起こる災害にどう備える？」　（環境省）
将来の気候変動下におけるティッピングエレメントティッピングポイントの超過可能性　（土木学会論文集、2016）
深層循環の変動について　（気象庁）
世界中のサンゴ礁、２１００年までにほぼ全滅の恐れ　最大要因は気候変動　（CNN、2020年2月21日）
「地球の気温は250度まで上昇し硫酸の雨が降る」ホーキング博士　（ニューズウイーク日本版、2017年7月4日）
35億人を襲う熱波、2070年までに居住不可能に　国際研究　（CNN、2020年5月6日）

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