カーボンニュートラルへの道　#11

～我国の水素・アンモニア戦略～

2023年12月11日

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はじめに

外務省及び報道機関は、APEC首脳会議出席のため米国を訪問していた岸田総理大臣が、2023年11月17日にスタンフォード大学にて、尹錫悦（ユン・ソンニョル）韓国大統領とともに先端科学技術をテーマとする討論会に出席、脱炭素・クリーンエネルギー、量子技術、スタートアップなど先端技術において協調して行く考えを示し、特にクリーンエネルギーとしての水素とアンモニアに関して共同で供給網を整備して行く旨の声明があった、と報じました。

水素とアンモニアは、燃焼時にCO2を排出しないクリーンなエネルギーとして注目されており、日本政府は「2050年のカーボンニュートラルを達成するための足掛かり」として、水素とアンモニアの利用拡大を目指しています。

水素はさまざまな方法で製造することができますが、主な方法を以下に示します。

（1）石油や天然ガスに含まれるメタンなどの炭化水素を水蒸気と反応させて、水素と二酸化炭素（CO2）に分離する。
（2）石炭を蒸し焼きにして水素と一酸化炭素（CO）の混合物である石炭ガスをつくる。
（3）水に電流を流して水素と酸素に分解する。
（4）製鉄所、食塩電解などの工場で発生するガスから副産物として生じる水素を分離する（副生水素）。
（5）原子力発電所による余剰電力による水の電気分解または高温水蒸気からの水素生成。
（6）その他

現状の水素製造方法は天然ガスなどを原料とする方法がほとんどですが、水素を製造する過程で石炭や石油などの化石燃料を使用してCO2などの温室効果ガスを排出しては意味がありません。

太陽光、風力、原子力、水力などCO2を発生しない方法で発電した電力を用いて水を電気分解して作る水素がクリーンな水素と言えますが、課題は「製造コスト」にあります。

そこで、今回は経済産業省／資源エネルギー庁が2023年6月に示した「水素基本戦略」などの公的な資料を基にして、水素・アンモニアのエネルギー政策と今後の見通しなどについて、述べてみたいと思います。

我国の水素基本戦略

水素をエネルギーとすることはわかると思いますが、なぜアンモニアが注目されているのでしょう。水素とアンモニアをエネルギーとする事の違いには次のようなものがあります。

（1）水素は水を電気分解することによって得ることができます。
（2）アンモニアは、水素と窒素から生成されます。
（3）アンモニアは液体として運搬できるため、水素サプライチェーンの課題である貯蔵・運搬の難しさを解決します。

図1　経済産業省/資源エネルギー庁が公表している「水素・アンモニア戦略」における主な数値目標
（出典：経済産業省/資源エネルギー庁）

図2　福島水素エネルギー研究フィールド（FH2R）
（出典：経済産業省/資源エネルギー庁/東芝エネルギーシステムズ株式会社）

以下、水素基本戦略の概要（資源エネルギー庁/経済産業省、2023年6月）より抜粋して示します。

1.　水素基本戦略改定の背景・全体論

1-1　水素基本戦略

水素の技術を確立し、世界に先駆けて国内水素市場を作りあげることを念頭に置いて策定。他方、世界の水素市場は2050年までに2.5兆ドル/年の収益と、3,000万人の雇用創出が予測されることから、国内市場のみならず、海外市場の取り込みを念頭に置いた戦略の改定が必要。

1-2　グリーントランスフォーメーション（GX）

我国はグリーントランスフォーメーション（以下GX）を通じて、エネルギー安定供給、経済成長・国際的な産業競争力強化、脱炭素の同時実現を目指している。今後10年間に官民で150兆円超のGX関連投資を引き出すべく、国による20兆円規模の先行投資支援を行う方針を示している。

1-3　本戦略の重要な柱

（1）全体方針
（2）水素産業戦略（水素の産業競争力強化に向けた方針）
（3）水素保安戦略（水素の安全な利活用に向けた方針）
なお、本戦略ではアンモニアや合成メタン（e-methane）・合成燃（e-fuel）等も対象とする。課題や開発の時間軸を踏まえ、技術開発や実証、導入を戦略的に進めていくことで、カーボンニュートラルを推進していく。

2.　水素社会実現に向けた方向性のポイント【全体論】

2-1　我国の水素の導入に向けて

S（Safety：安全性）＋3E（Energy Security：エネルギー安全保障、Economic Efficiency：経済効率性、Environment：環境適合）を前提とする。

2-2　水素は我が国が技術的な優位性を有する分野である

（1）水素導入目標量
現状の2030年に最大300万トン/年、2050年に2,000万トン/年程度の水素等導入目標に加え、新たに1,200万トン/年程度（アンモニアを含む）の目標を掲げる。
（2）目標コスト
水素供給コスト（CIF）→ 30円/Nm3（2030年）、20円/Nm3（2050年）
アンモニア供給コスト（CIF）→10円台後半/Nm3（2030年）※水素換算の目標においては、グリーンイノベーション（以下GI）基金等も活用し、技術開発用等を通した供給コストの目標達成に努める。

2-3　カーボンニュートラルを着実に進めるに当たって

我国において水素・アンモニアの炭素集約度（Carbon Intensity）の目標を定める必要がある。

筆者注1）　炭素集約度とは、水素社会において、水素の製造から利用までの過程で排出されるCO2の量を、水素のエネルギー量で割った値。IPHE (International Partnership for Hydrogen and Fuel Cells in the Economy)が提示する算定方法に乗っ取り、国際的に遜色ない低炭素目標を掲げ、この目標に適合した水素の導入を推進していくことが求められています。
筆者注2）　IPHEは23の加盟国と欧州委員会で構成される国際的な政府間パートナーシップです。IPHEの目的は、アプリケーションやセクター全体で水素および燃料電池技術を使用して、クリーンで効率的なエネルギーおよびモビリティシステムへの移行を促進および加速することです。

3.　水素社会実現に向けた方向性のポイント【供給面】

3-1　エネルギー安全保障の強化

国内における水素製造が重要であることから、例えば、既存燃料との価格差に着目した支援を行う場合、十分な価格低減が見込まれ、将来的に競争力を有する見込みのある国内事業を最大限支援していく。（水素のエネルギー利用にはコストが最重要）

3-2　世界の水電解装置の導入量

（1）2030 年には134GW に到達する可能性があり、上流市場に国内外問わず日本製品が導入されれば、世界中のエネルギー供給における我が国のプレゼンスを高めることにもつながる。低炭素水素の購入に対するインセンティブがつくような市場設計の検討。
（2）低炭素水素の供給に対する規制的誘導措置の設置。※黎明期には需要側が低炭素水素に一定程度のコストを支払うことを可能とする施策

3-3　低炭素水素製造水

電気分解だけでなく、製造過程でCO2を発生する水素に対して、低炭素水素の製造に当たってはCCU（二酸化炭素回収・有効利用）／カーボンリサイクルの取組が不可欠であることから、CCU／カーボンリサイクルに対する技術開発や社会実装への支援を行うほか、2030 年までのCCS（二酸化炭素回収・貯留）事業開始に向けた事業法整備含め事業環境整備を加速化し、2030年までに年間貯留量600万トンから1,200万トンの確保にめどをつける。
※その他省略

4.　水素社会実現に向けた方向性のポイント【需要面】

4-1　水素の応用

水素は熱利用の脱炭素化、電源のゼロエミッション化、合成燃料（e-fuel）・合成メタン（e-methane）等のカーボンリサイクル製品の製造など多様な貢献が期待できるため、その役割は今後一層拡大することが期待される。

4-1-1　発電分野

2020年代後半から2030年に向けて、水素・アンモニア発電において、従来の混焼率のみならず専焼を含めた幅広い混焼率の実現を目指す。

4-1-2　燃料電池分野

我国が技術的強みを有する燃料電池について、世界の市場で、我国の燃料電池が「いつでもどこでも入っている」状態を作り出すことで、プラットフォーマーとしての地位の確立を目指す。

4-1-3　熱・原料利用

水素・アンモニアバーナーやボイラーの技術開発・実証の実施、水素ガスタービンによるコージェネレーションシステムの導入普及を図る。また、鉄鋼業・石油化学産業等においても、水素の利用を促進すべく技術開発等への支援を行う。

4-2　改正省エネ法に基づく義務化

4-2-1　定事業者等に対し、非化石エネルギーへの転換に関する中長期計画の提出及び定期報告を義務化

省エネ法に基づく非化石エネルギーへの転換に関する措置において、現行の目標年度である2030年度より先の将来において、炭素集約度等に応じた評価を行うことで、産業部門等のクリーン水素への移行を促進。
※その他省略

5.　水素社会実現に向けた方向性のポイント【支援制度】

5-1　大規模かつ強靭なサプライチェーン構築に向けた制度整備

2030年頃までに我が国において低炭素な水素・アンモニアの供給を開始する予定である事業者については、事業者が供給する水素・アンモニアに対し、基準価格（コストを回収しつつ、適正な収益を得る価格）と参照価格（既存燃料のパリティ価格）の差額（の一部又は全部）を長期にわたり支援する。（優遇制度）

5-2　需要創出に資する効率的な供給インフラの整備に向けた制度整備

➡　国際競争力ある産業集積を促すため、タンク、パイプライン等の供給インフラの整備を支援
➡　今後10年間で、産業用に大都市圏を中心に大規模拠点を3ヶ所程度、相当規模の需要集積が見込まれる地域ごとに中規模拠点を5ヶ所程度整備する。
➡　現時点で、サプライチェーンへの官民による投資金額は、15年で15兆円を越える計画となっている。
※その他省略

6.　水素産業競争力強化に向けたポイント

6-1　我国の技術優位性を生かす

6-1-1　水素コア技術（燃料電池・水電解・発電・輸送・部素材等）活用を目指す。

（1）水素供給（水素製造、水素サプライチェーンの構築）
（2）脱炭素型発電
（3）燃料電池
（4）水素の直接利用（脱炭素型鉄鋼、脱炭素型化学製品、水素燃料船）
（5）水素化合物の活用（燃料アンモニア、カーボンリサイクル製品）

6-1-2　水素供給

（1）水素製造
装置構成部材の性能や耐久性向上に関する技術開発を続けつつも、装置の大型化・モジュール化等に関する実証を支援し、水電解装置及び部素材の製造能力増強について支援を検討。
（2）水素サプライチェーンの構築
国内では生産設備の増強や関連分野の人材育に、海外ではパートナー企業との連携やトップセールスによって欧州をはじめとした市場におけるプレゼンス向上、大規模輸送に資する運搬船の社会実装を進める。

6-1-3　脱炭素型発電

サプライチェーン全体でのコストダウン

6-1-4燃料電池

我国が技術的強みを有する分野、企業群による世界で勝ち抜いていける体制を早期に構築する必要性

6-1-5水素の直接利用

（1）脱炭素鉄鋼
水素による低炭素技術実装と水素供給インフラ整備に対する支援を拡充する。
※鉄鋼業は国内の産業で最も多くのCO2を排出しており、日本のCO2排出量全体の14%を占めています。鉄鋼業のCO2排出量が多い大きな理由は、製鉄プロセスで大量のコークスを必要とするためです。脱炭素鉄とはコークスの代わりに水素で鉄鉱石を還元する方法。
（2）脱炭素型化学製品
CO2を原料としたプラスチック等の市場を実現する技術確立に向けた支援に加え、水素供給インフラ整備に対する支援なども行う。
（3）水素燃料船
海運、造船・舶用及び船員の各分野において、ゼロエミッション船等の普及に必要な取組を進める。

6-1-6　水素化合物の活用

（1）燃料アンモニア
アンモニアは水素キャリヤーとして注目物質。
アンモニア製造においては、世界で限られたライセンサーが技術を保有して実質的に寡占状態。
海外のライセンサーとアンモニア製造設備の設計・調達・建設等のプロジェクトに関わるアライアンス契約を結び、国際市場獲得を目指す。
（2）カーボンリサイクル製品
合成メタン（e-methane) 、合成燃料（e-fuel）、化石燃料によらないLPガス、化学品などのカーボンリサイクル製品は、製造時に水素が必要不可欠。

6-1-7　水素保安戦略

安全・安心な水素社会の実現のためには、保安という観点が重要。水素は爆発性気体であり、サプライチェーン全体をカバーした保安規制体を取るため、現行法規の見直しを含めて検討。
（1）科学的データ・根拠に基づく取組
（2）ルールの合理化・適正化
（3）水素利用環境の整備

（“水素基本戦略の概要”からの引用ここまで）

まとめ

（1）我国が2050年度のカーボンニュートラルを目指す上で、水素及びアンモニアを化石燃料に代わるエネルギーの1つとして位置づけ、産業、家庭、輸送などにおける燃料電池や熱源として利用するほか、水素とアンモニアを用いた発電用エネルギーとしての利用も計画しており、全発電量に対し2030年に1%、2050年には10%とする目標を掲げている。
（2）水素はいくつかの方法で製造される。現状では化石燃料を分解して製造する方法が大半で、製造過程でCO2を生成するため、太陽光や風力による再生可能電力により水を分解する手法が理想であるが、コストをいかに低減するかが課題。
（3）アンモニアは水素と窒素から生成するが、水素と異なり液化できるため、輸送や貯蔵に便利。燃焼時にCO2を排出しないが、窒素酸化物を生成するので、この処理が課題。
（4）CO2の排出に関してはCCU（二酸化炭素回収・有効利用）とCCS（二酸化炭素回収・貯留）があり、この研究開発も進める方針。

引用・参考資料

岸田総理大臣のスタンフォード大学における日韓行事出席　（外務省）
日本・韓国、水素とアンモニア共同供給網　両首脳表明へ　（Web版日本経済新聞、2023年11月10日）
第2回日韓エネルギー協力対話を実施しました　（経済産業省、2023年5月25日）
総合資源エネルギー調査会省エネルギー・新エネルギー分科会水素政策小委員会/資源・燃料分科会アンモニア等脱炭素燃料政策小委員会合同会議報告書　（経済産業省）
水素基本戦略の概要　（資源エネルギー庁／経済産業省、2023年6月）
水素基本戦略（案）　（再生可能エネルギー・水素等関係閣僚会議、2023年6月6日）
第8章カーボンニュートラル実現に向けた水素・アンモニアの導入拡大　（資源エネルギー庁／経済産業省、2022年3月）
原子力発電所で水素エネルギー製造に挑戦！　（資源エネルギー庁／経済産業省、2023年5月19日）
2050年カーボンニュートラルを目指す　日本の新たな「エネルギー基本計画」　（経済産業省／資源エネルギー庁、2022年1月14日）
CO2等を用いた燃料製造技術開発プロジェクトの研究開発・社会実装の方向性（案）　（経済産業省／資源エネルギー庁、2021年10月）

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