EPAが12物質をTRIケミカルシートに追加

～TRIプログラムとは～

2023年1月18日

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1.　はじめに

EPA（米国環境保護庁）は、2022年12月4日付けメールマガジンで「EPA が 12 の化学物質を有毒物質排出目録（TRI）に追加しました」と発信しました。

米国の有害化学物質管理はTSCA（Toxic Substances Control Act of 1976）がよく知られており、本コラムにおいても何回か解説を行っていますが、これとは別にToxics Release Inventory (TRI) Programにより有害化学物質のリストが作られています。このTRIについては、本コラムでも過去に簡単な説明は行っていますが、現在33種類の物質群と787種類の化学物質が収載されていますので、これを機会にTRI及び今回追加された物質について解説をしたいと思います。

2.　PRTR制度とは

簡単に言うと、米国におけるTSCAは日本の化審法、TRIは化管法:PRTRに該当する制度と言えます。

PRTR（Pollutant. Release and. Transfer. Register：化学物質排出移動量届出制度）とは、有害性のある多種多様な化学物質が、どのような発生源からどれくらい環境中に排出されたか、あるいは廃棄物に含まれて事業所の外に運び出されたかというデータを把握し、集計し、公表する仕組みです。

元々は1986 年、米国において、「緊急対処計画及び地域住民の知る権利法」に基づき、この制度が開始されました。これがPRTRの始まりと言われています。

国際的には1992 年の地球サミットで採択された「アジェンダ 21」において、化学物質のリスクに関する情報交換の手法として、PRTR のようなデータベース・情報システムを充実させることが推奨されました。その後、OECD （経済協力開発機構）においても、PRTR に関するガイダンスマニュアルの作成等の取組が開始され、1996 年、OECD 理事会は加盟国に対し、3 年後までに PRTR制度を導入するよう勧告しました。理事会勧告は 2003 年に改正され、PRTR の中核をなすものとして、以下の要素が示されました。

(1)　環境中に放出され、又は敷地外に移動される化学物質、化学物質群又はその他の汚染物質のリスト
(2)　大気、水、土壌への排出と移動の統合的な他媒体の報告
(3)　適切な場合には点源と非点源を含む、排出源ごとの報告
(4)　定期的な報告（毎年が望ましい）
(5)　データを公衆に利用可能とすること

表1　2007年現在の世界のPRTR制度
（出典：環境省）

※世界のPRTR制度について2013年版は経済産業省が公開していますが、
記載事項が多いので環境省の2007年度版を引用しました。
現状最新の比較表が見つかりませんが、
実施国数、対象となる物質数は増加していると思われます。

3.　米国におけるPRTR制度TRIとは（以下、環境省の資料及びEPAの資料より抜粋）

3-1.　経緯

米国は、世界で初めて有害化学物質排出目録（TRI：Toxic Release Inventory）と呼ばれる PRTR 制度を導入した国です。

きっかけは、1984 年 12 月 4 日、非常に有毒なメチルイソシアネートガスの霧が、インドのボパールにあるユニオンカーバイドケミカルの工場から漏れ出した事故に起因しています。この事故が発生した夜、史上最悪の産業災害であると広く考えられているもので、何千人もの人々が亡くなりました。その後も、被ばくした数千人が死亡し、生存者も永久的な障害に苦しみ続けています。

また、1985 年、ウェストバージニア州の同様の工場でも重大な化学物質の放出が発生しました。

この事故の結果、TRI 制度は、1986 年に制定された「緊急対処計画及び地域住民の知る権利法（EPCRA：Emergency Planning and Community Right to Know Act）」第 313 条に基づくものであり、国民の知る権利の観点から、有害化学物質の排出の実態を明らかにしようとする制度です。

3-2.　TRIの対象となる物質

・ガンまたはその他の慢性的なヒトの健康への影響を与える物質
・重大な急性のヒト健康への悪影響を与える物質
・著しい環境への悪影響

3-3.　対象物質数

TRI 制度開始当初は、対象物質は 308 物質＋20 分類（328 物質）でしたが、制度導入後、数次にわたり対象物質が拡大されています。1994 年に286物質が追加されたのを始めとして、1999 年に残留性、生体蓄積性、毒性を有する化学物質（PBT 物質：Persistent,　Bioaccumulative, and Toxics：難分解性、高蓄積性、毒性を有する物質）7物質が追加されるなどの結果、2022年12月現在、 787物質＋33カテゴリー（化合物群）が対象物質となっています。

TRIリストはEPA 主導の審査と化学請願プロセスを通じて、変更（追加だけでなく、削除される場合もあり）が加えられます。その結果、報告対象の有毒化学物質の TRI リストは、毎年異なる可能性があります。

4.　今回米国がTRIに追加した12物質

今回TRIに追加された12物質は表2のとおりです。

表2　今回TRIに追加された物質の詳細
（出典：EPA、及び（独法）製品評価技術基盤機構）

1	物質名	英名	Dibutyltin dichloride
		和名	・二塩化ジブチルスズ・ジブタン－1イル（ジクロロ）スタンナン
	CAS RN		683-18-1
	主な用途		塩ビ安定剤中間体、触媒、合成樹脂安定剤、
	備考		化審法：既存化学物質化管法：第一種安衛法：ラベル表示・SDS交付義務対象物質毒物及び劇物取締法：政令・毒物大気汚染防止法：有害大気汚染物質 REACH：高懸念物質（SVHC）その他：省略
2	物質名	英名	1,3-Dichloro-2-propanol
		和名	・1,3-ジクロロ-2-プロパノール・1,3－ジクロロプロパン－2－オール
	CAS RN		96-23-1
	主な用途		セルロース系材料架橋剤、合成樹脂溶剤、有機合成中間体
	備考		化審法：既存化学物質化審法：旧第二種監視化学物質化管法：第二種安衛法：名称公表化学物質毒物及び劇物取締法：政令・毒物中国：危険化学品目録（2015版）韓国：化評法( K-REACH)／化管法：有害化学物質、重点管理物質その他：省略
3	物質名	英名	Formamide
		和名	ホルムアミド
	CAS RN		75-12-7
	主な用途		有機合成薬品、有機溶剤、凍結防止剤、サルファ薬の製造やビタミンの合成、紙や繊維の柔軟剤
	備考		化審法：既存化学物質化管法：令和５年度分以降の排出量等の把握や令和５年度以降のSDS提供の対象) 安衛法：ラベル表示・SDS交付義務対象物質 REACH：高懸念物質（SVHC）韓国：化評法( K-REACH)／化管法：有害化学物質、重点管理物質その他：省略
4	物質名	英名	1,3,4,6,7,8-Hexahydro-4,6,6,7,8,8-hexamethylcyclopenta[g]-2-benzopyran
		和名	・1,3,4,6,7,8-ヘキサヒドロ-4,6,6,7,8,8-ヘキサメチルシクロペンタ[g]-2-ベンゾピラン・4,6,6,7,8,6－ヘキサメチル－1,3,4,6,7,8－ヘキサヒドロシクロペンタ［ｇ］イソクロメン
	CAS RN		1222-05-5
	主な用途		香料
	備考		化審法：優先評価化学物質化管法：令和5年度分以降の排出量等の把握や令和５年度以降のSDS提供の対象韓国：化評法( K-REACH)／化管法：有害化学物質、重点管理物質その他：省略
5	物質名	英名	N-Hydroxyethylethylenediamine
		和名	・N-ヒドロキシエチルエチレンジアミン・Ｎ－（2－アミノエチル）－2－アミノエタノール
	CAS RN		111-41-1
	主な用途		界面活性剤・金属イオン封鎖剤原料、腐食防止剤
	備考		化審法：既存化学物質安衛法：新規名称公表化学物質、ラベル表示・SDS交付義務対象物質毒物及び劇物取締法：政令・毒物韓国：化評法( K-REACH)：既存化学物質
6	物質名	英名	NiTRIloTRIacetic acid TRIsodium salt
		和名	・ニトリロ三酢酸三ナトリウム塩・トリナトリウム＝2,2’,2’’－ニトリロトリアセタート
	CAS RN		5064-31-3
	主な用途		キレート化剤
	備考		化審法：既存化学物質化管法：令和5年度分以降の排出量等の把握や令和5年度以降のSDS提供の対象韓国：化評法( K-REACH)：既存化学物質その他：省略
7	物質名	英名	p-(1,1,3,3-Tetramethylbutyl)phenol
		和名	・p-（1,1,3,3-テトラメチルブチル）フェノール・4－（2,4,4－トリメチルペンタン－2－イル）フェノール
	CAS RN		140-66-9
	主な用途		油溶性フェノール樹脂、界面活性剤原料、ゴム用配合剤および薬品原料、合成樹脂用重合調節剤
	備考		化審法：優先評価化学物質、既存物質、旧第二種監視化学物質、旧第三種監視化学物質化管法：第一種安衛法：強い変異原性が認められた化学物質水質汚濁防止法：指定物質 REACH：高懸念物質（SVHC）韓国：化評法( K-REACH)／化管法：有害化学物質、重点管理物質その他：省略
8	物質名	英名	1,2,3-TRIchlorobenzene
		和名	1,2,3-トリクロロベンゼン
	CAS RN		87-61-6
	主な用途		溶剤、染料・顔料中間体、トランス油、潤滑剤
	備考		化審法：既存化学物質、旧第二種監視化学物質、旧第三種監視化学物質化管法：第一種、令和５年度分以降の排出量等の把握や令和５年度以降のSDS提供の対象中国：危険化学品目録（２０１５版）その他：省略
9	物質名	英名	TRIglycidyl isocyanurate
		和名	・トリグリシジルイソシアヌレート・1,3,5－トリス（オキシラン－2－イルメチル）－1,3,5－トリアジナン－2,4,6－トリオン
	CAS RN		2451-62-9
	主な用途		粉体塗料（ポリエステル系の硬化剤）、ソルダー（はんだ）、レジストインク、光半導体封止樹脂、電気部品成形材料・強化プラスチック・接着用・耐熱レジストインキ・エポキシ樹脂改質材（耐熱性、剛性、硬度、反応性向上）・難燃プラスチックの安定剤、光半導体封止樹脂、
	備考		化審法：既存化学物質、旧第二種監視化学物質化管法：令和5年度分以降の排出量等の把握や令和5年度以降のSDS提供の対象安衛法：新規名称公表化学物質、ラベル表示・SDS交付義務対象物質、強い変異原性が認められた化学物質大気汚染防止法：有害大気汚染物質 REACH：高懸念物質（SVHC）韓国：化評法( K-REACH)／化管法：有害化学物質、重点管理物質台湾：TCCSCA：標準登録既存化学物質
10	物質名	英名	TRIs(2-chloroethyl) phosphate
		和名	・リン酸トリス(2-クロロエチル) ・トリス（2－クロロエチル）＝ホスファート
	CAS RN		115-96-8
	主な用途		ゴム・インキ・塗料難燃性可塑剤、繊維仕上げ剤・保護コーティング剤・プラスチック難燃剤、硬質ウレタンフォーム添加剤
	備考		化審法：既存化学物質、旧第二種監視化学物質化管法：令和5年度分以降の排出量等の把握や令和5年度以降のSDS提供の対象安衛法：名称等を表示し、又は通知すべき危険物及び有害物（ラベル表示・SDS交付義務対象物質）大気汚染防止法：有害大気汚染物質 REACH：高懸念物質（SVHC）韓国：化評法( K-REACH)／化管法：有害化学物質、重点管理物質台湾：TCCSCA：毒性化学物質
11	物質名	英名	TRIs(1,3-dichloro-2-propyl) phosphate
		和名	・リン酸トリス(1,3-ジクロロ-2-プロピル) ・トリス（1,3－ジクロロ－2－プロピル）ホスファート
	CAS RN		13674-87-8
	主な用途		難燃剤
	備考		化審法：既存化学物質韓国：化評法( K-REACH)：既存化学物質 TCCSCA/OSHA：既存化学物質その他：省略
12	物質名	英名	TRIs (dimethylphenol) phosphate
		和名	・リン酸トリス(ジメチルフェノール) ・トリス（ジメチルフェニル）＝ホスファート
	CAS RN		25155-23-1
	主な用途		可塑剤、難燃性作動油原料、農業用塩化ビニル樹脂難燃可塑剤、発電所等のタービン難燃作動油原料
	備考		化審法：既存化学物質安衛法：名称等を表示し、又は通知すべき危険物及び有害物（ラベル表示・SDS交付義務対象物質） REACH：高懸念物質（SVHC）韓国：化評法( K-REACH)／化管法：有害化学物質、重点管理物質台湾：TCCSCA/OSHA：既存化学物質その他：省略

5.　まとめ

（1）EPA（米国環境保護庁）は、2022年12月4日付けメールマガジンで「EPA が 12 の化学物質を有毒物質排出目録（TRI）に追加した」と発信した。
（2）有毒物質排出目録（TRI:：Toxics Release Inventory）とは、日本の化管法に相当するプログラムで、1）ガンまたはその他の慢性的なヒトの健康への影響を与える物質､2）重大な急性のヒト健康への悪影響を与える物質、3）著しい環境への悪影響として認定された有毒物質が収載されたリスト。
（3）TRIは逐次更新され、2022年12月現在 787物質＋33カテゴリー（化合物群）が対象物質となっている。
（4）TRIは有害性のある多種多様な化学物質が、どのような発生源からどれくらい環境中に排出されたか、あるいは廃棄物に含まれて事業所の外に運び出されたかというデータを把握し、集計し、公表する仕組みである。
（5）日本の化管法によるPRTR制度は米国の当該TRI制度が発端であり、現在多くの国が採用している。
（6）TRI収載物質は、各国の同等制度による登録物質と重複している場合もあるが、各国独自にリスト化されている可能性もあるので、輸出する場合には、対象国のPRTR制度の対象物質を含む場合には留意する必要がある。

引用・参考資料

Final Rule: Addition of 12 Chemicals to the Toxics Release Inventory　（EPA、2022/12/4）
TRI-Listed Chemicals　（EPA）
Toxics Release Inventory (TRI) Program　（EPA）
What is the Toxics Release Inventory?　（EPA）
海外におけるPRTR制度の概要　（環境省）
PRTRインフォメーション広場　（環境省）
NITE-CHRIP：化学物質総合情報提供システム　（独立行政法人製品評価技術基盤機構）

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