2030年温室効果ガス排出量26％削減への道　#7

～温室効果ガス算定の国際基準GHGプロトコルScope3とは～

2017年8月22日

掲載内容に関する最新の情報は、記事中に記載されている出典元や引用・参考資料にあたりご確認ください。

はじめに

1997年12月に京都で開催されたCOP3（第3回気候変動枠組条約締約国会議）において採択（発効は2005年2月16日）された地球温暖化防止を目的とした温室効果ガス排出量削減のための条約である「京都議定書」時代においては、排出量1位の中国と2位のアメリカが離脱し、多くの民間企業も「温室効果ガス排出量削減は経済的にマイナス」という認識を持っていました。

しかし、2015年12月にパリで開催されたCOP21において採択（発効2016年11月4日）されたパリ協定は、批准後に米国のトランプ大統領が離脱を表明したものの、本コラムの2017年7月26日付け「2030年温室効果ガス排出量26％削減への道　#6」で紹介した通り、各国政府よりも民間企業、特に世界的な有力企業がSBTi（Science Based Targets Initiative）と呼ばれる認証を得るなど、積極的に自社の温室効果ガス削減目標を掲げて活動する傾向が強まってきています。この現象は、京都議定書時代とは大きな変化であり、世界的な大手有力企業が「温室効果ガス排出量削減活動」を「経済活動にとってマイナス」という考えから「大きなビジネスチャンスと捉え多くのイノベーションを他社より先行させることや、コストダウンにも繋がるなど経済活動としてプラスになる」という考え方に方向転換した事が一因といえます。

ここで問題になるのが「企業が自社の事業活動において排出する温室効果ガスを算定する基準・算定方法」で、全ての企業が同一の方法を用いて算定する必要があり、これを満たすために国際基準として提唱されたのが「GHGプロトコルScope3」です。

今回は、GHGプロトコルScope3とは何か、その概要について解説します。

サプライチェーン排出量とは

企業が事業活動を行う事に伴う温室効果ガス排出量とは、環境省/経済産業省によると自社が関わるサプライチェーン（原料調達・製造・物流・販売・廃棄等、一連の流れ全体）から発生する全ての排出量を言い、これをサプライチェーン排出量と呼びます。具体的には図1に示すScope1（事業者自らによる温室効果ガスの直接排出量<燃料の燃焼、工業プロセス>）、Scope2（他社から供給された電気、熱、蒸気の使用に伴う間接排出量）、Scope3（Scope1、Scope2以外の間接排出<事業者の活動に関連する他社の排出>の合計を言います。

これまでは、地球温暖化対策の推進に関する法律に基づく算定・報告・公表制度や一部の地方公共団体の条例に基づく各算定・報告制度に基づき、企業が自社で直接排出する、「Scope1（直接排出量：自社の工場・オフィス・車両など）」、及び、「Scope2（エネルギー起源間接排出量：電力など自社で消費したエネルギー）」で排出内容が定義され、それぞれの算定方法に従って算出されていました。しかしながら、現行の制度下では事業者のサプライチェーンを通じた削減ポテンシャルが明らかにならず、自社以外での排出削減行動のインセンティブが働かないという課題が残っていました。

近年、これまで算定対象外であった「Scope3（その他の間接排出量）」を含むサプライチェーン全体の排出量、つまり自社排出量のみならず、企業活動の上流から下流に関わる内容を算定範囲とする動きが広まっています。これにより、サプライチェーン全体において排出量や排出削減のポテンシャルが大きい段階が明らかになり、事業者が効率的な削減対策を実施することで透明性を高めつつ競争力強化を図ることが期待されます。また、サプライチェーンを構成する事業者への情報提供等の働きかけにより、他の事業者の理解促進及び事業者の連携を図り、関係事業者で協力して温室効果ガスの削減を推進することができます。

サプライチェーン排出量が求められる背景

企業が生産する製品を対象として原料調達・製造・物流・販売・廃棄までの排出量を評価することを「製品のLCA（ライフサイクルアセスメント）と言いますが、これに対してサプライチェーンの排出量（※）を評価することを「組織のLCA」とも呼びます。製品だけではなく組織のサプライチェーン上の活動に伴う排出量を算定対象とすることは企業活動全体を管理することにも繋がるため、企業の環境経営指標や機関投資家の質問項目として使用される動きが見られます。
※サプライチェーンの排出量：原料調達・製造・物流・販売・廃棄並びに資本財・出張・通勤などの事業者の組織活動全体を対象とした温室効果ガス排出量

GHGプロトコルScope3排出量について

図1に示しましたが、灯油、重油、天然ガス、石炭など燃料や電力などの使用に伴い排出される温室効果ガス排出量のうち、自社で直接排出する量をScope1排出量（直接排出量）、電力会社などから供給される事により排出される量をScope2排出量（間接排出量）と言います。従来、Scope1、2排出量を対象とした国への報告制度などもあり、我が国のScope1、Scope2排出量の算定や削減は効果を上げています。しかし、最近自社が関係する排出量のさらなる削減を目的として、Scope1、2以外の排出量であるScope3排出量が注目されるようになってきました。Scope1、2排出量にScope3排出量を算定し加えることでサプライチェーン排出量を把握することができます。
Scope3排出量は図1に示すように15のカテゴリと任意の「その他」に分かれます。「その他は環境省/経済産業省の基本ガイドラインに示された独自のカテゴリですが、それ以外の15のカテゴリはGHGプロトコルScope3基準と同じです。
なお、温室効果ガス（GHG：greenhouse gas）排出量は二酸化炭素（CO2）の他にメタン（CH4）、一酸化二窒素（N2O）、ハイドロフルオロカーボン類（HFCs）、パーフルオロカーボン類（PFCs）、六フッ化硫黄（SF6）、三フッ化窒素（NF3）です。
「GHGプロトコル」は米国に本拠を置くWRI（非営利組織 World Resources Institute：世界資源研究所）とWBCSD（World Business Council for Sustainable Development：持続可能な開発のための世界経済人会議）が共催している組織で、WBCSD1992年の地球サミットに対応して、1991年に世界33カ国から経済人が集まって設置された会議で、現在では35を超える国の約170の国際企業によって構成され、会社として運営されています。Scope3基準はそのGHGプロトコルが2011年11月に発行した「組織のサプライチェーン全体の排出量の算定基準です。正式な名称は「Corporate Value Chain（Scope3） Accounting and Reporting Standard」で、Scope3基準と同時に、製品の排出量の算定基準である「Product Life Cycle Accounting and Reporting Standard」も発行しています。Scope3基準は民間が作った基準ではありますが、格付け機関等による各種調査項目に取り入れられるなど、現在、広く使用されています。
なお、Scope1、2排出量の総和は、我国の企業活動による排出量の総和になりますが、サプライチェーン排出量の総和は、企業間の輸送に伴う排出量などにおいて重複してカウントされる部分があるため、総和が我が国全体の排出量を表すものではなく、各企業における企業活動全体での排出量削減の取り組みを推進するための指標と言えます。

まとめ

（1）地球温暖化防止を目的とした二酸化炭素やメタンなどの温室効果ガス排出量削減を目指す条約において、京都議定書時代には民間企業は「経済活動にマイナス」という意思が強かったが、パリ協定時代になると「経済活動にプラス」という意識に変革されました。これは、温室効果ガス排出量削減活動が種々のイノベシーションやコストダウンに繋がるとの認識を強めたためで、積極的に自社の温室効果ガス削減活動を公表しています。
（2）企業における温室効果ガス排出削減量を提示するに当たり、世界の全ての企業が同じ手法によって削減量を算定する必要があり、このために提唱されているのが「GHGプロトコル」です。GHGプロトコルは民間組織であるWRIとWBCSDが提唱しているにも関わらず広く使用されています。これはWBCSDが世界の35を超える国の有力企業約170社により運営されているためだと思われます。
（3） GHGプロトコルはScope1（自社直接排出量）、Scope2（電力や化石燃料など他社が温室効果ガスを排出して得たエネルギーや材料など間接排出量）とScope3（Scope1,Scope2以外の間接排出<事業者の活動に関連する他社の排出>量）の合計によって算定されます。これをサプライチェーン排出量と呼びます。
（4） Scope3はScope1、2と異なり他社の領域と重複しますので、GHGプロトコルに従い算定された排出量の合計は統計上の数値には使用されず、企業活動の結果のみを示す指標として使用されます。

引用・参考資料

・GHGプロトコルScope3基準について　（みずほ総研/経済産業省、2011年10月25日）
・温暖化ガス算定の国際基準スコープ3　（城西国際大学、島崎規子）
・GHG プロトコルスコープ 3 排出量の算定技術ガイダンス　（環境省）
・グリーン・バリューチェーンプラットフォーム　企業の方へ　（環境省/経済産業省）
・サプライチェーン排出量算定の考え方　（環境省）
・GHGプロトコルにおけるScope3算定報告基準について　（環境省）
・Corporate Value Chain （Scope 3） Standard | Greenhouse Gas Protocol　（WRI：世界資源研究所/WBCSD：持続可能な開発のための世界経済人会議）
・グリーン・バリューチェーンプラットフォーム～サプライチェーン排出量とは～　（環境省/経済産業省）
・サプライチェーン排出量算定の考え方　（環境省）